第19話:鬼人族の猛者たち:再開


***



 新しい装備を手に入れてからと言うもの、アークフィートの剣の腕は、神懸かり的な……否、悪魔憑き的な勢いで上達している。考えられる理由は、2つだろう。


 1つ目は、いわゆる気合いの問題である。

 新しい。専用。魔王からの下賜……。やる気を上げる要素は十分に揃っている。


 2つ目は、装備品の効果である。

 魔王がアークフィートに与えた魔剣は、S級冒険者愛用の特注品をアレンジしたものである。剣身そのものが魔力の源泉となり、アークフィートのツノを補う役割を果たしている。おまけに、この剣身は生き血を吸って切れ味や魔力を増すらしい。未だ生き血を吸わせたことはないが、ひとたび実戦に出れば、極めて凶悪な武器となるだろう。


 アークフィートは、簡易な火炎魔法と雷撃魔法を修得し、それを魔剣に纏わせる戦い方を磨いている。


「もはや、俺の出る幕なし……」


 アークフィートが鍛錬に打ち込む中庭で、ベリアルは退屈そうに呟いた。

 ベリアルは赤紫色の具足を身に着けたまま、切り株の上に鎮座している。


「──どうしたんだい。ベリアル。その鎧は、お気に召さなかったかな?」


 魔王ディアボロスが話し掛けてきた。


「ぃや。……どうもこぅ、気分が悪い」


 アルベリは言った。

 魔王は首を傾げる。


「一応言っておくけど、その鎧に冒険者たちの亡霊とかは宿ってないよ?」

「別に、死んだ奴から装備を剥ぎ取って、それを使うこと自体にそこまでの抵抗はない。そういう経験は、いくらでもある。……それより気になっているのが、……魔法酔いって言うのか? ……この、ずっと眉間に指を当てられているみたいな、モヤモヤとした感じが、何とも言えず気持ち悪い」


「典型的な魔法酔いだね。しばらくすれば治るよ」


 二人が雑談している間に、アークフィートは3体の木人形を斬り倒した。


「大した腕だね。彼女」

「あいつ一人が強くなっても、軍隊は強くならない。むしろ、兵士の腕はある程度均一な方が望ましい。……ところで魔王」


「何だい?」

「エルトルトからは、質問ばかりで情報が共有されない。現段階で、魔王軍創設はどのくらい進んでいるんだ」


「ぼちぼちってところだよ。兵隊の目星は付いている。先の厄災で大量に生まれた浮浪者や孤児、失業者が大多数になるだろうね。気位の高い種族には、役職や商業利権を餌に、ある程度取り込みが進んでいる。とは言え、金もコネも有限だから、順風満帆とは言えないね」

「簡単じゃないことくらい、最初から分かっていたんだろう?」


「まぁね。だからこそ、君みたいな人間を飼っているわけだし」

「……今更になって訊くのも変な話だとは思うが。俺は、どういう立場で魔王軍に関わっていけば良いんだ?」


「人間族のベリアルとして。……それ以外に何があるんだい?」

「俺が人間族だってことは、魔族的には、嫌悪や禁忌の対象にはならないのか?」


「闇オチした人間は、むしろ好印象だよ。初代の魔王だって元天使だてんしじゃないか」

「箔が付く。……みたいなものなのか」


「まぁ、そんな感じだね。……何にせよ、君の方からそういう話を振ってくるようになったってことは、いい加減、君の心も固まった。ということで良いのかな?」


 ベリアルは、答えの前に一呼吸置く。


「……魔王軍を創って、人類と魔族の間に、抑止力のバランスを作るところまでは協力する。……だが、お前が人間族の絶滅を望んだり、魔王軍がイスタニアの軍部並みに腐敗した場合は、その限りではない」

「それで構わないよ」


「──ディアボロス様。客人でございます」


 中庭を囲む柱廊から、エルトルトが声を掛けてきた。

彼女の隣には、一角鬼人族の優男が立っている。ロン毛に紫色のコートという、目を引く出で立ちである。彼は痩せぎすの鬼人と、えらく体格の良い巨漢の鬼人を従えている。


「あいつらは?」

「新しい金蔓だよ。一角鬼人族の富豪オルガニア家の四男クルート君さ」


「……アングエルさん?」


 ふと、アークフィートが呟いた。

 彼女は、巨漢の鬼人に駆け寄っていく。


「……まさか、お嬢?」

「やっぱり。……この人、私の下僕です」


 アークフィートは、巨漢を指差してベリアルに言った。


「何?」

「あるべ、……ベリアルさんも、会ったことがあります」


「ぇ?」


 ベリアルは、アングエルと呼ばれた巨漢の鬼人を見た。

 言われてみれば、どこかで見たような気もする。ベリアルは、記憶の海からそれらしい顔を釣り上げる。


「ぁっ、おまっ、……俺のウ●コを見張ってた奴じゃねぇか!」

「拙者も思い出したでござる……。貴様はお嬢のサンドバッグ」


 忘れもしない、あの拷問の日々。アークフィートを手伝い、排便中のアルベリを見張っていたレオーガス家の使用人である。


「……君たち、ひょっとして知り合いなのかい?」


 魔王はアークフィートに訊いた。


「はい。この人はアングエルさんと言って、レオーガス家の使用人でした」

「拙者、……お嬢が家を離れてから、解雇された次第。……現在は、クルート様のボディーガードでござる。単眼鬼人族のモノとユニも、同じ仕事でござる」


「へぇ。そんな偶然もあるんだね。再会。良かったじゃないか」


 アングエルの今の主人──クルートは、穏やかな顔で言った。


「めでたいね。……会談の結果も、これくらい心温まるものであって欲しいけど」


 魔王は釘を刺すように言った。


「そうですね。一応、お土産の用意はありますよ」


 クルートと魔王は、玉間に向かって歩き出した。

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