第20話:鬼人族の猛者たち:登用


 魔王城の玉間にて。

 執務用にセッティングされた机を挟み、魔王とクルートは向かい合って座る。

 魔王の傍らにはエルトルトが、クルートの傍らには細身の青年鬼人が控える。


「ボディーガードは下に置いてきたみたいだけど。良かったのかい?」


 魔王は訊いた。


「陛下は、私のタマを取るおつもりで? あいにく、財産を狙うのなら、もう少し羽振りの良い者を狙った方が宜しいかと。例えば、私の兄貴たちとか」

「まさか。イスタニアじゃあるまいし……僕にそんなつもりはないよ」


「であれば、ガードマンは不要でしょう。あのまま、彼は少女の元に返します」

「で。……お土産って言うのは何かな?」


「まずは、彼です。名を、セイゴルと言います」


 クルートは、傍らの鬼人を紹介した。


「宜しく御願いします……。以後、お見知り置きを」

「……地味な鬼人だけど、何か特技があるのかい?」


 魔王は訊いた。


「彼の一族は代々、プロキス島を拠点に海運業を営んでいました」


 クルートが答えた。


「なるほど。それじゃあ、ここ最近はつらい思いをしているだろうね」


 魔王は気遣うように言った。


「いえ。そこまでは……」


 セイゴルは恐縮した。


「今は、クルート様のところで、商売に関わっております。陸上交易は専門外で、学ぶことが多いですが、そのぶん、日々勉強になります」

「セイゴルは物覚えが良いから、今ではすっかり、私の右腕になっているんです。私の融資も、既に3倍にして返してもらいました。近いうち、独立させても良いと思っています」


「……なるほど。君の話が見えたよ」


 魔王は口角を上げた。


「セイゴルが近く新設する商会は、オルガニア家の支援を受けた巨大な運輸会社になります。これは、魔王軍構想に不可欠な存在になるはずです。主に、兵站の面において」

「そうだろうね。是非とも、僕と専属契約を結んで欲しいぐらいだ。……でもね」


 魔王は、肩をすくめた。


「今の魔王城には、お金がないんだ。軍隊ってお金が掛かるんだね。正直甘く見ていたよ。確かに、人間国家は総じては税金の取り立てが厳しいらしいけど。書物もベリアルも、そういうことは教えてくれないんだね」


 魔王は、エルトルトを見た。


「一応、貨幣改鋳という選択肢はありますが、お勧めはできません」


 エルトルトは言った。


「オルガニア家から出しますよ?」


 クルートは冗談交じりに言った。


「君のところから買い物をするのに、君のところからお金を借りるのかい?」


 勘弁してくれよ。という風に、魔王は言った。


「お金じゃなくても、結構です……」


 セイゴルが口を挟んだ。


「……へぇ。それはありがたい話だ。セイゴル君。君は何が欲しいんだい?」


 魔王は訊いた。


「プロキス島を、人間族から奪還してください。……御願いしますっ!」

「……ふむ」


「あの島は、僕の故郷なんです。僕と家族の家を、取り返したいんです」

「聞き入れよう。魔王軍創設の暁には、プロキス島の奪還を約束するよ」


「ぁりがとうございます……」

「ぁあ、あと、それから。陛下には、もう一つお土産があります。こちらは完全な善意ですので、タダで受け取ってください」


 クルートは懐から、一巻きの羊皮紙を取り出した。


「それは、誓約書かい」

「はい」


 魔王は首を傾げながら、紙面に目を通す。

そして、薄く笑う。


「……真意を問いたい」


 魔王は訊いた。


「書面の通りですよ。──この私クルートは、オルガニア家の私兵を率いて陛下の御親兵に合流いたします」


 クルートは言った。


「これは、オルガニア家からのアピールという受け止めで正しいのかな?」

「兄貴たちはそう思っているでしょうね。……双角鬼人族のレオーガス家ばかりが優遇されているのは、気に食わないのでしょう。カイロサンドリア代表議会の一件以来、一本系と二本系のライバル意識は激化の一途を辿っています」


「……まぁ、僕としても、核になる戦力が手に入ることは良いことだ。渡りに船。願ったり叶ったり。感謝しようにも適当な言葉が思い当たらないよ」


 魔王は苦笑する。


「最大の賛辞。恐れ入ります。陛下」


 クルートは恭しく頭を下げた。


「君のところの私兵は、どれくらいの規模なんだい?」

「500人です。腕は確かですよ。何せ、陸上交易は盗賊との戦いですから。輸送物資を中抜きしない、誠実さも備えています」


「それは良い。……。……そう言えばエルトルト。ベリアルがカイロサンドリアで指揮していた兵力は、確か500だったよね」


「そのように窺っております」

「ふむ。……」


 魔王の口元から、笑みがこぼれる。


「ベリアル、とは。どなたですか?」


 クルートは訊いた。


「闇オチした人間だよ。元軍人で、今は僕の下に収まっている。中庭にいた具足の男だ」

「ぁあ、彼が。噂の」


「……何はともあれ。オルガニア家とクルート、セイゴル両氏の御厚意には、僕もそれ相応の誠意を以て答えよう。改めて、汝らの申し出を高く評価する」


「ありがたき御言葉」

「恐れ入ります……」


 クルートとセイゴルは、深く礼をした。


 その後。

 クルートとセイゴルは玉間を退出した。


 二人はサタンティノープルを一度離れ、必要な準備を整えてから、再び、城下に戻ってくることになっている。


 二人を見送った魔王は、老人のように肩を揉みほぐす。


「皆が皆、彼らみたいに物分かりの良い人たちなら、僕も大助かりなんだけどね。エルトルト。次の会談は、コボルト族の人だったっけ?」


 コボルト族とは、犬の顔を持つ獣人族の一種である。極めて好戦的かつ保守的な一派であり、エジーダン一帯に幅を利かせる土豪である。


「それが……。今朝になって、会えないという旨を伝えてきまして。現在、先方に確認を取っているところです」

「ふぅん。……それは、面倒な話だね」


 魔王は溜息をついた。

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