魔王軍の発足
第21話:コボルト王討伐戦争:序幕
***
──530年。4月上旬。
魔王城には、2000人の御親兵と、500人の鬼人族戦士が集結していた。
この2500人の戦士たちが、近い将来、魔王軍の核を担う兵士たちである。
魔界には現在、3つの試験的な軍隊が組織されている。一つは、ベリアルたちを含むサタンティノープルの軍団であり、残りの2つは、魔界の東方──メリエント地方と、北方──クルガチア地方に配置されている。それぞれ、竜人族と吸血族が主体となり、2000人規模の軍団が形成されている。
これら3個軍団の他に、ゴブリン族やオーク族の徴募兵が存在する。有事の際は各軍団に統合され、運用されることになっている。また、軍団の拠点はセイゴルが経営する交易商会によって経済的に結ばれており、兵糧や兵器の融通が行なわれている。
この物資の輸送こそが、魔族の兵士たちにとっての訓練である。
*
「──おらッ! キリキリ歩け!」
「ぎゃっ!」
エジーダン東部の、隊商路にて。
馬上のベリアルは、剣の鞘で鬼人兵の背中を打ち据える。
「……お前もだ! テンプター!」
「ひゃい!」
テンプターと呼ばれた年頃の少女兵も、同様に叩かれる。
逆光に映える仮面の男は、さながら大魔神のようである。
彼の隣で、アークフィートは馬の首にしがみついている。
馬と言っても、彼女が乗っているのはポニーサイズの子馬である。
「行軍訓練……しんどぃです。ぁと、つまんないです……」
アークフィートは口を尖らせる。
お気に入りの装備も、今はただ重たいだけの荷物である。
「しんどくてつまんないのが訓練だ。戦場で高笑いしたければ、今のうちに目一杯苦しんでおけ」
ベリアルは縦隊の最後尾に回り、行軍訓練からはぐれそうな鬼人兵士たちを馬でけしかける。
「遅れたら死ぬぞ! 戦場ではぐれたら命はないと思え!!」
「「「はぃいっ! ……」」」
「アングエル! 隊列を崩すな!」
「……ござるっ」
一際シルエットの大きいアングエルは、槍を杖代わりにつきながら、ぜぇはぁと息を荒げている。
「「──教官!」」
縦隊の前方から、グリフォンに跨がった単眼鬼人族の斥候2人──モノとユニが戻ってくる。二人は双子の姉妹であり、一つ目、一本ツノ、ピンク髪という、実に目立った外見をしている。
「ベリアル教官! オアシスを見つけました!」
「ベリアル教官! オアシスを見つけました!」
「何歩先に行ったところだ。オアシスの大きさは。木陰はあるのか?」
ベリアルは矢継ぎ早に訊いた。
「ぇっ? ……ぁー、……ぇえと、それは……」
「ぇっ? ……ぁー、……ぇえと、それは……」
モノとユニは、互いに顔を見合わせる。
「ここから結構遠くて、大きくて、木がいっぱいありました!」
「ここから意外と近くで、小さくて、影はありませんでした!」
「……二人いてもこのザマか。もう一度行って、一から調べ直せっ!」
「「はぃ! ……」」
二人はグリフォンの首を返すと、逃げるように走り出す。
「500歩進んだら野営地を建てる。天幕は3分で、柵は10分で完成させろ!」
「「「はぃ……」」」
ベリアル教官の苛烈な訓練に、鬼人族の戦士たちは辟易していた。既に、50人余りが隊を離れている。
「ちきしょゥ……。何で“アシン”のガキが馬に乗ってて、俺が徒歩なんだよ」
隊列の中に、不平を呟く者がいた。アークフィートは、すぐにその方を向く。
しかし、それよりも早く、ベリアルが馬を駆けた。
「おい、お前」
「……何すか」
赤紫の仮面に見下ろされ、鬼人兵の男は縮こまる。
「味方への侮辱は敵への称賛よりも罪が重い。今後、似たような発言には打ち首を以て対処する。覚悟しておけ」
「はぃっ、……」
「──ベリアル教官」
「……。クルートか」
クルートは、値の張る板金の甲冑を着て、雄々しいグリフォンに跨がっている。風格については、ベリアルと互角である。
二人は併走して、縦隊の先頭に向かう。
「お前の直参は実戦経験があると聞いていたから、少し期待していたんだが……。まぁ、素人よりはマシと言ったところだな」
「ひたすら道を歩いて、隊列を整えて、陣地を設営するだけの訓練なんて、聞いたこともありませんからね。しかも、行商人も使わないような脇道や遠回りばかり。正直、あれでも良く頑張っている方だと思いますよ」
クルートは爽やかに笑う。
ベリアルたちは10日間、軍事物資を輸送するという名目で、エジーダンの砂漠からメリエントの砂漠までを歩き続けている。道中、決壊した堤防を修復したり、涸れた井戸を掘り返したりしながら、地域の住民に魔王軍の存在と働きをアピールして回っている。
「そう言うお前は元気そうだな。……ただのボンボンじゃないのか」
ベリアルは訊いた。
「商家の四男って、結構暇なんですよ。お小遣いは貰えるんですけど。親の期待が薄くて。優秀な弟子や解放奴隷がいれば、そちらに暖簾を分けるのが当たり前ですから。一時期は、本気でそろばんを捨てて、傭兵にでもなろうかって思ったこともありました」
「意外だな」
「結局、その時は家に戻ったんですけどね」
「どこで何が役に立つか分からんな」
「ですね。……この訓練も、そういうものなんでしょう?」
「まぁな」
***
同日の夜。
魔王城の玉間にて。
「──ディアボロス様っ」
「どうした。エルトルト」
魔王は玉座に腰を据え、慌てた様子のエルトルトを迎える。
「コボルト王ブルハウンド6世から、宣戦布告が届きました」
「半年前のドタキャン以来、何の音沙汰もなかったのに。今更になって何の用かと思えば。……ヤレヤレ困ったものだね」
魔王は、エルトルトから書面を受け取る。
「ぇえと、……【──エジーダンの盟主からサタンティノープルの少年王に告ぐ】……もぅ、この書き出しからしてずっこけてると思わないかい?」
魔王は苦笑しつつも、続きに目を通す。
「長々と書いてるけど、要するに【魔王軍の創設は魔界の伝統に反している】って言いたいんだよね。あの犬コロは」
「恐らくは」
魔界の伝統──偏狭なまでの種族主義と、一騎打ちへの過度な執着。混沌状態に対する盲目的な賛美。中央からの統制を忌み嫌い、無秩序かつ無計画な戦法を繰り返した結果が、先の厄災を招いたことを忘れたか……。と、魔王は内心毒突く。
「挙げ句【──全魔族を代表し、憂国の戦士1000万を連れて立ち上がる】とか言われたら、さすがに放置しておくわけにはいかないよね?」
「……1000万という数字には、かなりの誇張が含まれていると思いますが」
「それはそうだろう。彼の人望と種族の規模を考えると……1000人もいれば、頑張った方じゃない?」
「今夜、コボルト王の根城に夢魔族の密偵を送り込みます。連中の詳細な情報は、3日もすれば明らかになるかと」
「宜しく頼むよ。……」
魔王は、コボルト王からの宣戦布告文書を二つに破り捨てると、火炎魔法で焼き払った。
「……ぁあ、あと。エルトルト」
「はい」
「近く実戦になる。と、ベリアルに伝えておいて」
「承知しました」
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