第22話:コボルト王討伐戦争:布陣
***
──530年。4月20日。
魔王ディアボロスの名において、『コボルト王討伐戦争』の開戦が宣言された。
ベリアルは魔王から、臨時の軍事ポスト──征討将軍の位を授けられ、訓練中の鬼人族兵士に加え、サタンティノープルの御親兵を指揮する権限を得た。
──530年。5月1日。
エジーダン中東部にある、コボルト族の本拠──餓狼の谷。
ナール川の支流が、幾百の月日を経て削った、狭隘な土地。
その、入り口にて。
「──総員止まれ!」
赤紫色の仮面と具足に身を包んだ馬上の将──ベリアルは、右手を挙げ、指示を出す。彼の声に従い、1500人の魔王軍兵士はピタリと静止する。その足並みは整然と揃い、諸兵は皆一様に、真剣な眼差しをしている。およそ400人から成る鬼人族歩兵と、ゴブリン族やオーク族から成る御親兵の選抜部隊900人に加え、竜人族や吸血族の研修兵100人や、グリフォンや馬の騎兵100騎余りを集めたベリアルの軍団は、実質的に魔王軍のプロトタイプである。
ベリアルは諸兵に向き、今回の作戦のあらましを伝える。
「これより、コボルト王の根城を攻略する。敵の戦力はおよそ1000人であり、尚も増大していると思われる。敵は谷のど真ん中に王の住処を構えており、真水の供給は、全て谷の入り口を通っている。速やかに敵の補給線を押さえ、そこで待ち構えていれば、追い詰められた敵は必ず打って出てくるだろう。我々はこれを迎え撃ち、勝利する」
「「「はいっ!」」」
「敵は未だ、戦争の準備を完了していない。谷の入り口に堅固な陣地を築き、敵の戦士を寄せ付けるな!」
「「「はいっ!」」」
ベリアル麾下の兵士たちは、谷の入り口を塞ぐように、堅固な陣地を形成した。ナール川の支流は細く、土木工事で容易に堰き止めることができた。これにより、コボルト王は水源を失った。
ベリアルは工事の指揮を執りながら、部下たちの動きの良さに感心する。多少は訓練の成果出ているようだ。
(──今から500年前。煉獄海を囲む空前の大帝国を打ち立てたロムルス人は、『ツルハシで戦争に勝つ』と称された。それほど、軍隊にとって土木作業は重要な要素であるということだ)
「──ベリアル征討将軍。陣地の設営と水源の遮断。どちらも完了しました」
双角鬼人族の小柄な男性兵士が、報告に来る。伸ばしっぱなしの髭と、薄汚れた頭巾がよく似合っている。革製の鎧は手作りらしい。本来は統一装備であることが望ましいが、魔王軍は金欠だ。器用な者や財力のある者は、装備を自弁することが多い。
「ご苦労。……お前は、第3中隊のシェイドか」
「へいっ」
「土木作業の陣頭指揮、大儀であった。お前の手柄は心に留めておく」
「へいっ!」
ベリアルは馬に提げた角笛を吹き、諸兵に傾注を促す。
「これより、輪番制で見張りを行なう。第1中隊は谷筋を、第2中隊は谷筋以外の抜け道がないか、騎兵を出して入念に捜索せよ。敵を見つけ次第、報告を上げろ。勝手な交戦はするな。全て、ここで迎え撃つ」
「「「はっ!」」」
*
夕暮れ時。
ベリアルは本営天幕で、見張りからの報告を受けていた。
仮面は取り、具足も胸甲のみにしている。
「──将軍!」
やけに張りの良い、少女兵士の声がした。
「……第2中隊のテンプターか。どうした」
「将軍将軍! びっくな報告があります!」
一角鬼人族のテンプターは、アークフィートと並び、ベリアル隊のマドンナ的な存在である。彼女を先頭に立たせると、男性兵の行軍速度が2割増しになるのだ。後ろに編み下ろした栗毛色の髪を揺らしながら、胸や背中を広めに出し、下腹部も腰巻き一枚とベルトだけという大胆かつ扇情的な格好。機能性重視という言い訳を盾にした、隊の風紀を乱しかねないギリギリの装備である。
「……端的かつ簡潔に情報を伝えろ」
アルベリは、気圧され気味に注意する。
「はい! 以後気を付けます!」
「で。びっくな報告とは何だ?」
「斥候部隊のモノとユニが、餓狼の谷へ駆け下りる、抜け道を見つけました!」
「ほぅ」
ベリアルは、長机に広げた餓狼の谷周辺の地図に目を落とす。
「我が軍は北。敵軍は南。東西に稜線が走っているわけだが……どの辺りだ?」
「東回りに1キロ行くと、なだらかな登り道が始まって、コボルト王の根城の上に出るみたいなんです」
「根城の上か……。高さはどのくらいあると言っていた?」
「5メートルくらいだと言っていました」
「敵は、その抜け道を知っているのか?」
「どうでしょうか……。偵察の間、敵との遭遇はなかったらしいですよ」
「そうか。……」
「……こっちから、仕掛けるんですか?」
テンプターはうずうずしながら訊いた。
「……ぃや。こちらが動くのは、敵がボロを出してからだ。引き続き少数の斥候を送りつつ、敵の監視に専念せよ」
「了解です……」
テンプターはしょぼんと肩を落とした。
「そう落ち込むな。テンプター。お前たちは、あれだけ足を鍛えてきたんだ。敵の動きを待ってからでも、奇襲は成功するだろう」
ベリアルは、野心的な笑みを浮かべた。
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