第23話:コボルト王討伐戦争:対面




 ──3日後。

 しびれを切らしたコボルト族の王ブルハウンド6世は、800余りの歩兵戦士を連れて、ベリアルの陣地に急行した。


「──やいッ! 臆病風に吹かれた魔王のイヌどもめっ! それだけの人数がありながら、コボルト族の威風に恐れをなし、天幕の中に引きこもってしまったか!」


 ブルハウンドは、声高らかに叫んだ。それに、コボルト戦士たちの嘲笑が続く。

 ブルハウンドは自慢の灰色毛を逆立てながら、大斧を持って仁王立ちしている。


「……お前が、ブルハウンドか」


 馬に跨がった仮面姿のベリアルが、軍門から進み出る。

 その傍らには、騎乗したアークフィートを伴っている。


「如何にも。我が誇り高きコボルト族の王。ブルハウンド6世である」

「お前が挙兵した理由は何だ? 魔王を討ちたいのか?」


 ベリアルは問うた。


「それは否である。我は、未だ若輩の王であるディアボロス様に、忠告を申し上げているだけだ」

「ほぅ。……忠告か」


 ベリアルは鼻で嗤った。


「何がおかしい。……そもそも、我はディアボロス様に文を送ったのだ。であれば、ディアボロス様が御自らこの場に足を運ばれるのが筋というものであろう」


 ブルハウンドは低く唸る。


「歴代の魔王は、自らに刃向かう者に対し、自ら手を下した。それが魔族の王たる者の務めであった。……元来、各種族の自由放任が尊ばれる魔界において、絶対のルールはただ一つ。『──魔王に逆らうなかれ』だ。この禁忌を犯した者は、魔王の絶大なる力によって、報いを受ける。それが魔界における唯一絶対の摂理だ。その理はまだ生きているのか、……我はそれを確かめるために、敢えて反逆を宣言したのだっ!」

「それは殊勝なことだ。……安心しろ。コボルト族の王。お前の望み通り、魔王の刃たる魔王軍を以て、お前は成敗されるだろう」


 ベリアルは落ち着いた口ぶりで応じた。


「詭弁には秀でるか。卑しきニンゲンのオスよ」


 ブルハウンドは凄んだ。


「ほぅ。俺の正体に気が付いたか。正直、もう少しぼんくらな相手だと思っていたのだが、並みの愚物ではないようだな」


 ベリアルは、仮面を取った。


「ほざけ、忌まわしき神のデク人形。噂に寄れば、貴様は俗に言う闇オチしたようだが、我の目は誤魔化せない。ディアボロス様をそそのかし、魔界の滅亡を目論む貴様に、これより裁きの鉄槌を下す!」

「「「ォオーッ!!」」」


 コボルト族の戦士たちからは、威勢の良い歓声が上がる。


「……長い前口上は、コボルト族の伝統文化です。付き合う必要はありません」


 アークフィートが進言した。

 内心、彼女は初陣を前にウキウキしている。早く突撃したくて堪らないのだ。


「ぃや……。ここは、奴らの旧いしきたりに乗ってやろう」


 アルベリは、一計を案じた。


「コボルト王! 確かに、この場に魔王はいない。だがここに、魔王から剣と鎧を賜った一人の戦士がいる。彼女の名は、アークフィートだ! そして、彼女は魔王の名代である。コボルト王! もし、お前に本物の勇気があるのであれば、彼女と一騎打ちをしろ!」

「はんッ! 魔王の名代? その子供が? 笑わせる。しかも女の子ではないか。我を舐めているのか貴様は!!」


 ブルハウンドはベリアルを罵った。


「……私はいつ何時でも、誰からの挑戦でも受けます。コボルト王ブルハウンド。まさか、逃げるのですか?」


 アークフィートは馬から下りると、魔王から賜った剣を抜いた。血吸いの魔剣をゆらりと構えながら、ブルハウンドの前に進み出る。


「馬鹿め。我が女子相手に逃げるわけなどなかろう……。……。……ん? お前の顔……どこかで見たことがあるな。……それに、アークフィートという名前……」


 ブルハウンドは大斧を構えながら、ブツブツと呟く。


「……ぉお、思い出したぞ! 鬼人族の家から、我の妾になるはずだったアシンの娘ではないか! あの時はよくも我の顔に泥を塗ってくれたな!」

「……そんなに文句があるなら、私の両親と魔王様に言ってください。……あと、改めて、貴方のところに行かずに済んで良かったと思っています」


 アークフィートは澄ました口ぶりで、ブルハウンドを挑発する。


「……おいニンゲン。この手合わせ。我が勝てば、この娘を好きにアレコレしても良いのか?」

「そういう取り引きは、本人に持ちかけてくれ」


 ベリアルは肩をすくめた。気が付けば、ベリアル麾下の兵士たちが、軍門の前や馬防柵の向こう側に、ずらりと並んでいる。

 アークフィートの武勇を諸兵に見せつけることで、彼女に対する中傷が少しでも減れば良いという、ベリアルの考えである。


「……構いません。その代わり、貴方の首は確実に取りに行きますよ。あいにく、手加減ができるほどの腕は持ち合わせていないので。その点はご了承ください」


 アークフィートは、魔剣の鋒をブルハウンドに向けた。


「我が一族が絶倫であるとも知らずに。……哀れなっ!」

「──ッ」


 ブルハウンドは腰を下げ、大斧を突き出して突進する。

 アークフィートは最初の横薙ぎで、ブルハウンドの大斧を粉砕した。砕けた斧の先端が、鉄片になって弾け飛ぶ。


「なっ……!?」


 ブルハウンドの重心が揺らぐ。


「覚悟……っ!」


 アークフィートは手首を返し、怯んだブルハウンドの胸に、魔剣を振り下ろす。


「らぁッ!」

「ちっ……」


 ブルハウンドは左肘をかち上げ、アークフィートの躊躇いない斬撃を受け止める。ブルハウンドの左腕は断ち斬られ、肘から先が宙を舞う。アークフィートは舌打ちする。


「おのれ小娘ェ……ッ!」

「……仕留め損ねました」


 両者は間合いを取り、次に打ち込む隙を探っている。


「──ところで。コボルトの王よ」


 ベリアルが口を挟んだ。


「一騎打ちの真っ最中に、他人が口を挟むんじゃねえ!」

「お前が油を売っている間に、お前の根城が攻略されたようだから、教えてやろうと思ったまでだ。……それじゃ、一騎打ちを続けてくれ」


 ベリアルは、おどけた口ぶりで言った。


「はんっ! ……我の気を散らそうと、くだらない嘘を」


 ブルハウンドは、その手には乗らんぞ。と鼻で嘲笑う。

 アークフィートは状況を理解し、魔剣の鋒を下ろした。


 それを見て、ブルハウンドは苛立ったように低く唸る。

 彼は半信半疑のまま、ゆっくりと、後ろに首を捻った。

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