第24話:コボルト王討伐戦争:決着
「──テンプター、推参!」
コボルト戦士たちの背後には、テンプター率いる300人の歩兵から成る部隊が展開していた。彼女たちはいくらか返り血に塗れ、コボルト族の首級を腰や片手にぶら下げている。
「……なっ、なぜだッ!」
ブルハウンドは、血の気のない顔で叫んだ。出血と焦燥が、反逆者の心身を追い詰める。いつの間に背後を取られていたのか。ブルハウンドは憤りを露わにする。
「整然とした隊列。堅固な陣地。徹底した情報の収集。素早い展開。武勇に秀でた猛者の活用。おおよそ、これら5つの鉄則を厳守することで、軍隊は勝利を収めることができる。コボルト王ブルハウンドよ。お前は良き実戦経験を、我ら魔王軍に献上してくれた」
ベリアルは、俄にざわつきはじめたコボルト族を睥睨する。
「それは、皮肉か……ッ!!」
ブルハウンドは、左の腕をきつく握り、必死に血を止めようとしている。
コボルト族の戦士たちは、前後の敵に動揺し、戦意を喪失し欠けている。
「今こそ、突撃の好機では?」
アークフィートは、馬上のベリアルを仰ぐ。
しかし、ベリアルは即答を避けた。
一呼吸置いてから、彼は口を開く。
「コボルト族の戦士諸君っ! ……」
コボルト族たちは、怪訝な顔つきをしながら、犬耳を澄ます。
「もし、我々が、イスタニアの兵士であれば、この後一昼夜にわたり、残虐極まりない殲滅戦が行なわれるであろう。しかし、魔王軍は違う! 今すぐ武器を捨てた者に対しては、決して刃を向けないと約束しよう。これは『捕虜』という制度だ。無抵抗を貫いたコボルト族の戦士に関しては、俺から魔王に口添えをし、命だけは助けるよう嘆願する」
最後の一文を聞き、コボルト族の戦士たちは、立ち尽くす。
「──今の話は、本当なのか?」
「──いや、騙し討ちにするつもりなんじゃ……」
「──俺、もぅ家族に遺言状まで書いたけど……」
「──……オイラは武器を捨てるぜ」
「──俺もだ」
「──儂も」
武器が地面を叩く音が、餓狼の谷に響き渡った。
ベリアルは、後方の諸兵に振り返った。
「……誰か、ブルハウンドの傷を癒やせる者はいるか?」
すると、諸兵の中から、推戴されるように、一角鬼人族の少女が現れる。彼女は革鎧の上に、薄桃色のローブを羽織っている。後見人のように、背後にクルートが付き添っている。
「お前は?」
「……ぁ、アンブラと申します。鬼人族の、シャーマン見習い、です」
「彼女は、治癒魔法の使い手です。腕は、私が保障しますよ」
クルートは言った。
「良かろう。アンブラ。ブルハウンドの左腕を治してやれ。第1、第2中隊は降参したコボルト兵を仮設天幕に連行せよ。くれぐれも、手荒な真似はするなよ。第3中隊は、念のために周囲を警戒せよ」
「「「はいっ!」」」
*
530年5月4日。コボルト王討伐戦争は、コボルト族の降伏で幕を下ろした。この戦争で戦闘と呼べる事象は、コボルト族の根城に仕掛けられた奇襲作戦のみであった。ベリアル側は9人が負傷したが、それ以上の損害はなかった。
コボルト族は根城で50人の戦士を失い、80人余りが手傷を負った。しかし、コボルト族の本隊800人はベリアルに投降したため、全体としては、至極穏便な決着となった。
双方最小限の流血を以て、魔王軍の初陣は飾られた。
***
──530年5月11日。
魔界の首都サタンティノープルにて。
ベリアル率いる1500人の兵士は、サタンティノープルを凱旋した。
前もって恩赦されたコボルト族の戦士たちも、それに続いて行進した。
隻腕となったコボルト王ブルハウンド6世は、サタンティノープル市民の前で、魔王と魔王軍に対する恭順を宣言した。
コボルト王討伐戦争の概要は、魔王が手配した吟遊詩人たちの声に乗り、街中に広められた。
少女将軍──という愛称が付いたアークフィートは、サタンティノープル市民の歓呼と喝采を受けた。彼女は、時折恥ずかしがるような素振りを見せつつも、手を振って人々の称賛に答えていた。いわゆる“キズモノ”でも、手柄を挙げ、誉れを受けることができるという事実は、魔界の下層民や被差別民、下級氏族にとって大きな希望となった。
***
──凱旋の後。
ベリアルとアークフィートは、魔王城の玉間に招かれた。
「アルベリ。そしてアークフィート。此度の活躍は、真に大儀であった。君たちの御陰で、魔王軍の評判はうなぎ登りだよ」
玉座に腰掛けた魔王は、満足げな笑みを浮かべた。
傍らにはいつもの通り、エルトルトが控えている。
「説得に難渋していた種族にも、良い傾向が見られるようになった。コボルト王を生け捕りにしたことは、良い判断だったね」
「無駄な殺しは、魔王と魔王軍の立場を貶める。そう判断しただけだ」
ベリアルは、過大な評価を嫌った。
「何はともあれ、これでようやく、魔王軍が形になり始める。経験と自信、そして名望を得た兵士たちは、魔界にとって計り知れない財産だ。将来的には、司令官や軍師として、魔界全体を支える存在になるからね」
皮算用がはかどるのか、魔王は随分と御機嫌だ。
「焦るな。魔王。たかが1回……それも、戦争とは呼べない程度の経験で、兵士は鍛えられるものじゃない。魔王軍を本当の軍隊にするには、長い時間が掛かる」
「焦ってはいないよ。……ただ、少しばかり急いではいる。改革は、時間が経てば勢いを失うからね」
魔王は、強気な笑みを見せた。
***
魔王との面会を終えたベリアルとアークフィートは、城の貴賓室に帰ってきた。
魔王が使わした侍従や侍女に手伝ってもらい、二人は装備を取り外す。
凝った肩や、張った脚を労りながら、二人は大きなベッドに腰掛ける。
侍従たちが去り、夕暮れ時の室内は二人きりになる。
「……ぁの」
「どうした」
アークフィートは、ベリアルの横顔を見た。
窓から射し込む紅い光りが、二人を照らす。
「一つ、気になることがあります」
「何だ」
「その……、呼び方についてなんですが……」
「呼び方? ……ぁあ、名前を変えたからな」
「アルベリさんなのか、ベリアルさんなのか、……ぁと、戦場では将軍だったり、訓練中は教官だったり、役職も色々あるので、……どうしようかと迷っていて」
ベリアルは、腕組みして考える。
「……お前以外の部下には、ベリアルの名前で通すことになる。だから、人前ではベリアルを使え。役職に関しては気にしなくて良い。そう遠くないうちに、今度はお前が教官になるし、将軍になる」
「実感が湧きません……。……当面の間は、任務中はベリアル将軍で、普段使いはベリアルさんでいこうと思います」
「おいおい。魔王が俺を上官にするとは限らないだろう。もし、お前が俺の上司になったときは、ちゃんとベリアルって呼び捨てろよ?」
「私が、ベリアルさんの上官……? 有り得ませんよ」
「魔王は気まぐれだからな。どうなるか分からんぞ?」
「……。ひょっとして、からかってるんですか……?」
「別に、そんなつもりはねぇよ……」
ベリアルは、寝台に寝っ転がった。
「まぁ。……二人だけの時は、アルベリでも構わないけどな」
「……いっぱい使い分けるのは面倒です。普段使いはベリアルさんに統一します」
ちょっとだけムキになった声で、アークフィートは言った。
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