第17話:魔王からの贈り物:その1



 玉間に至る、柱廊にて。

 魔王とエルトルトに案内され、アルベリとアークフィートは、廊下を進む。

 壁は黒く、装飾の類いも少ないが、無数の採光窓と素朴な魔神像が左右に延々と連なる光景は、壮観とも言えるし、不気味とも言える。


「ところでアルベリ君」

「何だ。魔王」


「冒険者について、君の印象を聞きたい」

「……印象?」


「何でも良い。好きでも嫌いでも、強いでも弱いでも。好きなように答えてくれ」

「……別に、何とも思っていない。正規軍ではない、民兵組織。軍部から見ると、比較的コントロールが利かない、少々厄介な連中。だが、利用した方がメリットは大きい。そんな感じの連中だ」


「そうか。それなら良かった」

「……?」


 玉間に入ると、魔王の侍女たちが6人ほど、整然と並んで控えていた。魔王から見れば、年の離れた姉くらいの外見で、抱かれ心地の良さそうな、豊満な体つきの女性ばかりだ。恐らく、ディアボロス少年の好みなのだろう。

 玉間の中央には、白布で覆われた人丈のオブジェクトが2つ、立っている。


「アークフィートちゃん。君のツノのことに関しては、エルトルトから聞いているよ。災難だったね」

「恐縮です。……」


 魔王はアークフィートの目の前に立つと、彼女の瞳を覗き込んだ。


「君は冒険者たちを強く恨んでいて、憎んでいる。……そうだね?」

「……はい」


「もし、次に奴らと相見えたときは、奴らを打ち倒せるほどに、自分の腕を磨いておきたいと思っている。……そうだね?」

「……、はい」


「そんなアークフィートちゃんに、1つ、良い言葉を教えてあげよう。──『毒を以て、毒を制する』……僕の座右の銘だ」


 魔王は、侍女たちに目配せした。

それに合わせ、侍女たちは覆いを取り払う。2つのオブジェクトが、姿を露わにした。


「二人には、とある冒険者たちが遺していった装備品を与えよう。多少、こちらで手を加えたモノだけどね。性能は保障するよ」


 片方は、軽量級の略式甲冑である。黒基調の胸当てと肩当てに、魔法耐性付与のローブと軍靴、そして魔剣までが一揃えになっている。サイズから見て、こちらがアークフィート用であろう。

 もう一方は、赤紫色の具足だった。オリハルコンとミスリルの合金からできた、全身装甲である。中着は厚手の布製コートであり、付属品として、鉄仮面や直剣が添えられている。


 魔王は、甲冑の来歴を語る。


「今から9ヶ月前。大胆不敵な大鼠が5匹、この城に忍び込んできた。激闘の末、取り逃がした1人を除き、この手で全員始末した」


 魔王は得意げに、右手の人差し指と親指を立てた。魔道士が、火炎系や電撃系の短距離魔法を放つ仕草である。


「そいつらの身ぐるみを剥いで、鋳直したり鍛え直したりしたのが、この鎧だよ。まぁ、アークフィートちゃんの鎧は、体の成長に合わせて調整しながら使うことになるだろうけどね」


「……!」


 アークフィートは、自分専用の装備を前にして、目をキラキラさせている。

 年相応の反応にも見えるし、魔族ならではのようにも見える。普通の女の子は、自分専用の鎧をこんなに喜んだりはしないだろう。


 だが、アルベリには、以前にも似たような笑顔を見た覚えがあった。


(──娘に専用の木剣を作ってやったとき、あんな顔をされたような)


 アルベリの胸に、不意の郷愁が押し寄せてくる。


(──……今頃。自分の家族たちは、何をしているだろうか……?)


「……」


 一度考え始めると、アルベリは、立ち竦むような感覚に襲われた。




 自分が死んだときのことを考えて、村の人たちには、妻子の面倒を頼んである。

しかし、だからといって、それで後ろめたさが和らぐというわけではない。妻のエウリケは、どうしているだろうか。娘のアイテトラは、どうしているだろうか。今頃。自分の家族たちは、元気にしているだろうか。


答えのない問いを、アルベリは心の中で繰り返す。


「──ところで。アルベリ君」


 魔王の声が、アルベリの意識を現実に引き戻した。

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