第16話:軍事教練ごっこ:実技
***
──3ヶ月後。魔界暦529年11月。
魔王城の中庭にて。
「──とゃっ!」
アークフィートは木剣を振り上げ、人形に打ち掛かっている。
アルベリは切り株に腰掛け、彼女の稽古風景を見守っている。
アークフィートは、度々勢いが余り、スッ転ぶ。体のあちこちに擦り傷を作り、両手は、潰したタコだらけになっている。
見かねたアルベリは、たまに口を出す。
──まるで腰が入っていない。一撃に体重が乗っていない。攻撃から攻撃までの間隔が長い。呼吸を整えろ。足裏を無闇に地面から離すな。人形を常に見続けろ。等々。取り立てて、高度なアドバイスはしていない。
「へぅ……」
「30秒休んだら再開しろ」
アークフィートは息を切らし、その場に情けなく座り込む。
彼女は何やらビクつきながら、アルベリの方を窺っている。
「どうした?」
「ぃえ……。お父様は、……こんな不出来な私に、休憩など許さなかったので……逆に、……怖くて……」
「不出来なヤツは落第だ。無駄にいたぶったりはしない。……自分を卑下する暇があるなら、今すぐ木剣を捨てて家に帰れば良い。魔王には俺の方から伝えておく」
「それもそれで、……本意ではありません」
アークフィートは、拗ねたように言った。
彼女は性懲りもなく立ち上がり、再び、締まりの悪い構えで人形と向かい合う。
かれこれ半年近く、アークフィートは木剣を振り回している。
このまま打ち続けても、彼女にとって得るものは薄いだろう。……そう判断したアルベリは、プランを変えた。
「……木剣を下ろせ。一つ、お前に質問がある」
「はい……?」
アークフィートは指示に従い、木剣を下げる。
「片方のツノがないって、どんな感じなんだ? 人間の俺には、いまいち、ピンとこないんだが」
アルベリの問いに、アークフィートは首を捻る。
「そうですね。……人間の殿方でたとえるなら、片方のキン●マがなくなった感じだと思います」
「きんっ、……オイ。いったいどこでそんな単語を覚えた?」
アルベリは眉をひそめる。
「昨日、夢の中で夢魔族さんに教えてもらいました。夢魔族さんの語学レッスンは分かりやすいのですが、少し語彙が偏っているような気もします。……それとも、人間族の言葉には下ネタや卑語が多いのですか?」
「んなわけあるかっ! ……多分」
脱線しかけた話を、アークフィートが戻す。
「その手の話題はさておくとして……。鬼人族にとって、ツノは見た目の意味でも大事な部位ですが、運動機能的にも大事な部位なんです。魔力の供給源というか、力が湧いてくる源というか、そんな感じの役割があります。それから、平衡感覚を支える器官でもあります」
「……やっぱり、鬼人族にとってツノは相当大事な部分なんだな」
アルベリは、短く黙考する。
「……魔力云々についてはお手上げだが、平衡感覚に関しては、慣れで何とかなる可能性もなくはない」
「本当ですか……?」
「慣れって言うとかなり雑に聞こえるかも知れないが、もし、人間と鬼人族の人体構造にツノ以外の違いがないんなら、例えば、両耳が付いている限り、平衡感覚を鍛えることができると思う」
「耳……?」
アークフィートは、自分の両耳たぶを指で摘まむ。
「古代都市国家の哲学者には、解剖大好きおじさんがいっぱいいてな。ほとんどの記録は霧散したらしいが、スケッチの断片を、その昔に読んだことがある。詳しいことはチンプンカンプンだが、耳には、音を聞く以外に大事な機能があるらしい。その一つに、バランス感覚を司るという役割がある」
「はぁ……、」
アークフィートは、ピンときていないようだった。
「まぁ、だから。ツノのことはあんまり気にするな」
アルベリは頭を掻く。
「軍人にとって、体は武器だ。槍が折れたら剣を抜き、剣が折れたら素手で戦う。目を潰されたら耳が頼りだし、足を切られたら腕を使って這いつくばる。足りないところや欠けているところは、他の部分で補えば良い。と言うか、補うしかない。それができなければ、死期が早まる」
「……」
「特に人間は、大概の魔族に比べて貧弱な肉体をしている。羽もなければ火や毒も吐けないし、尻尾やツノだって生えていない。そういう弱いところを補うために、人間は必死になって鍛錬を積んだり、武器を改良したり、知恵を絞ったり、果ては軍隊なる化け物まで生み出した。……」
「化け物……」
「──魔族に化け物の御伽話なんて、魔王に神の偽善を説くようなものだよ?」
中庭に、魔王ディアボロスが現れた。
傍らには、エルトルトが控えている。
「何か用……でございますか? 魔王陛下」
アルベリは、わざとらしい敬語を使いながら、腰を上げた。
「何か、返って慇懃無礼に聞こえるね……。僕に冴えないオッサンを従える趣味はないから、もっと気楽にして良いよ。侍らす部下は美人に限る。……そうだよね? エルトルト」
「お褒めに与り光栄です。ディアボロス様」
「オッサン言うな……」
俺はまだ三十路だ。と、アルベリは心中で呟く。
「今日は、僕から君たちにプレゼントがあるんだ。玉間まで来てくれ」
「……ぎょ、玉間にですか……? 今から……、こんな身なりで……」
アークフィートは、汗ばんだ薄着を恥じる。
「気にしなくて良いよ。着替えなら、玉間に用意してあるからね」
魔王は踵を返した。その後ろ姿は、相変わらずの御機嫌だった。
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