第32話:カッシノーネの丘の会戦:緒戦
──2刻が経ち、魔王軍兵士が、
本営天幕に、ゴブリン族の伝令兵が飛んできた。
「──報告! イスタニア王国軍が前進を開始しました!」
「そうか。……」
ベリアルは腰を上げると、アークフィートを伴い天幕を出た。軍馬を引き、鞍に跨がる。軍楽隊に指示を出し、出陣の角笛を鳴らす。魔王軍兵士は鎧を着け直し、兜を被り、ベルトを難く締め、軍靴を揃えて整列する。
「どうっ」
「はぁっ」
ベリアルとアークフィートは、並んで馬を駆けた。二人に続き、ランスと大盾で武装した鬼人騎士団が軍門を出る。カッシノーネの丘には、既に魔王軍の前衛部隊が展開している。テンプター率いる騎兵中心の部隊5000人と、クルート率いる軽装部隊5000人が、それぞれ右翼と左翼に突き進んでいる。また、ベリアルの前方では、アングエル麾下の重装歩兵5000人が、長槍と大盾を構えて微速行軍している。
ベリアルは騎行中、前方3部隊との連絡を密にした。早馬をひっきりなしに往来させ、敵の動きを探る。
他に、鬨の声による威嚇や、軍馬が捲き起こす土煙も確認する。本来であれば、ワイヴァーンを用いた空からの偵察を行ないたいところだが、ワイヴァーンは数が限られている。迂闊な損失を出さないためにも、兵站路の監視任務に回している。
「アークフィート」
「はい」
「互いの斥候部隊が衝突した。直に、中央でも戦闘が開始されるだろう。俺は軽装騎兵と魔道歩兵の4000を連れて、アングエルの援護に出る。お前は作戦通り、残りの兵を纏めて右翼の外側に回れ」
「了解です」
「最悪の場合、テンプターのバックアップは俺がやる。クルートの左翼が破られる心配はないだろう、憂いなく、全速力で突っ走れ」
「はい!」
ベリアルは馬の横腹を蹴り、速度を上げた。スリングや長槍、投槍、片刃の剣で武装した軽装騎兵が、それに続く。
アークフィートは手綱を強く握ると、背後の諸兵に振り返る。
「我々も作戦行動に移る。魔王軍の勝利は貴君らの勇気に掛かっている。続け!」
「「「ぉお!」」」
「……、」
予想していた以上の反響に、アークフィートは目を輝かせる。
そして、緩み欠けた頬を引き締める。
彼女は上体を前に倒し、馬を進めた。
***
──同刻。遠征軍の右翼。テンプター率いる第6軍団の最前線地帯にて。
イスタニア王国軍5000と、テンプター部隊5000が激突していた。
「テンプター様ぁ!」
テンプターの副官──アンブラが、錫杖を振り回しながら叫んでいる。彼女は、薄桃色のローブを戦塵になびかせながら、広域の防御魔法を味方の頭上に展開して回っている。敵軍の方からは、魔法弾が途切れることなく飛んでくる。空は五色の筋に塗り潰され、着弾した地点から、焔や霜柱がそそり立つ。手傷を負った魔族の兵士たちは、治癒担当の魔道歩兵が後方に連れて行く。
「アンブラちゃん! どんな感じ!?」
赤毛馬に跨がり、自ら先陣を務めるテンプターは、かすり傷一つない顔で背後に訊いた。彼女の大斧は、イスタニア兵の血でべっとりと濡れている。彼女は重装・係争騎兵と共に突撃を繰り返し、敵陣に穴を開けようと試みている。しかし、今のところ、確たる戦果を挙げるには至っていない。事前の報告通り、敵右翼の主力は冒険者であった。しかし、思っていたよりも、彼ら彼女らは組織戦に長けていた。隊伍を崩さず、互いを結界や盾で庇い合い、長剣や攻撃魔法を的確に用いてくる。
「治療と魔法防御の両方は無理です!」
「魔法攻撃はもうじき止むよ! 代わりに敵の騎兵が攻めて来るから、魔道歩兵は全員治癒魔法にシフト! 軽装歩兵1000は長槍で待機!」
「了解ですっ!」
アンブラは、パタパタと後方へと駆けていった。
細かい指示を出すよりも、前線で切った貼ったをやりたいテンプターにとって、アンブラは頼りがいのある副官である。
「さてと。……敵さんの陣形、少し変わってるんだよなぁ……」
テンプターは息を整えつつ、イスタニア兵の隊列を観察する。
イスタニア兵は、魔道歩兵1000と、軽装歩兵1000、重装歩兵1000、大盾歩兵1000の4部隊が、順繰りに進んできては後方に下がっていくという、円環陣形を敷いている。部隊が入れ替わる瞬間は、遊撃の軽装騎兵1000が進み出て、隙を上手く塞いでくる。
テンプターは迫り来るイスタニアの軽装騎兵に備えつつ、円環陣形の動きを注視する。イスタニア軍の軽装歩兵部隊は、退いた魔道歩兵部隊よりも前に前線を展開する。円環陣形は、疲労した部隊と新手の部隊を入れ替えつつ、確実に敵軍を奥へ奥へと追い詰めていく、極めて攻撃的な陣形であるようだ。
テンプターは、背後両翼の重装騎兵部隊を強く鼓舞する。
「みんな! 攻撃は敵さんの遊撃部隊に集中。本隊との交戦は控えるように!」
「「「ぉお!」」」
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