第31話:カッシノーネの丘の会戦:軍議
──9月2日。朝。
ベリアル率いる遠征軍の本隊が、ネア・ポリスを発った。25000人から成る遠征軍の本隊は、ネア・ポリスの北門を抜け、一路、ロムルス・ポリスを目指す。クルート率いる第5軍団5000と、テンプター率いる第6軍団5000を両翼の先鋒に配置し、アークフィート率いる鬼人騎士団10000と、アングエル率いる第1軍団5000が、それに続く。
「将軍」
「何だ」
ベリアルとアークフィートは、縦隊の中腹にいた。並んで軍馬を歩ませ、草原と稜線に目を凝らしている。小ぶりな城塞都市がいくつか視界に入るが、出撃の気配はない。
「モノさんとユニさんは、ネア・ポリスに残置したままなのですか?」
「イスタニアの小都市は、ネア・ポリスの南にも多数点在している。本来であれば親衛隊に後顧の憂いを断ってもらいたいところだが、……念には念を入れて、第3機動軍から信用できる軍団を切り分けた。ワイヴァーンと騎兵の機動力を活かし、兵站網と出撃拠点の見張りと防衛を任せてある」
「シェイドさんの部隊も、居残りなんですか?」
「シェイドの工兵隊は、城攻めに備え温存しておく必要がある。……事前に地形を確認した限り、ネア・ポリスからロムルス・ポリスに至るまでの間に、イスタニア王国軍が待ち構えているであろうポイントが2つあることを確認した。そのうちの1つが、今日の目的地だ」
「──しょうぐーん!!」
隊の前方から、テンプターが馬を飛ばしてきた。
「何だ」
ベリアルは訊いた。
「先頭部隊より2000歩北、カッシノーネの丘に、イスタニア王国軍の守備隊を確認しました! その数、およそ3万!」
「予想通りだ。……我が軍も、カッシノーネの丘に布陣する。500歩先で行軍を止め、簡易野戦陣を構築する」
「了解です!」
テンプターは編み下ろした栗色髪を揺らしながら、馬首を返した。
*
──1刻後。
七つの丘から成る大平原──カッシノーネの丘。
その南端に設営された、遠征軍の本営天幕にて。
「将軍。部将たちが揃いました」
「これより、軍議を開催する」
「「「はい」」」
主催席にベリアルが、その傍らにアークフィートが立つ。その他、テンプター、クルート、並びにそれぞれの副官たちが列席する。
アングエルとエルトルトは軍門の付近に留まり、イスタニア王国軍の挙動に目を光らせている。
「まず、テンプター。敵戦力を報告せよ」
「はい! カッシノーネの丘には現在、3万人のイスタニア兵が展開しています。動員戦力と装備の充実度から見て、敵の本隊はアレイオス率いるイスタニア王国軍第1師団であると思われます。向かって左翼に1万、中央陣に1万と5千。右翼の部隊は装備に違いが見られることから、アレイオス直参の兵士たちではないものと思われます!」
「……装備に違いがある。とは?」
「武装が統一されておらず、軍紀も緩いように見えました。女性兵を多数目撃したという報告もあります」
「ほぅ。……イスタニアは、
ベリアルは諸将を見渡した。
「さて。……手持ちの戦力ではこちらが劣っているわけだが、如何すべきか。策があるという者は、名乗り出よ」
「──それがしに、策がございます」
クルートの下座に控えている一角鬼人族の少年が、スッと手を挙げた。爛々たる碧眼と、灰白色の短髪。アークフィートより少し年上といったところだ。
「聞こう」
ベリアルは促した。
「はい。それがしはクルート部将の副官で、バセットと申します。それがしの策は以下の通りです。まず、敵の右翼に攻撃を仕掛けます。冒険者は、個人的な戦闘力では魔族を凌駕することもあります。しかし、大規模な組織戦闘となれば、連携の不足から弱点を見せるはずです。敵右翼を中央陣から切り離した後、鬼人騎士団による突撃を敢行。敵正面に風穴を開け、敵軍を分断。各個撃破します」
「なるほど。勇ましい策だな」
ベリアルは、仮面の裏で微笑した。バセットは回りくどい言い方をしているが、要するに、敵の弱点に切り込み、分断、そして包囲殲滅するという、兵法上極めてオーソドックスなプランを提示しているのだ。
「敵の右翼が崩れなかった場合、どうする?」
ベリアルはバセットに問うた。
「その場合は、冒険者部隊を挑発し、高低差のある地形まで誘き寄せます。彼らの隊列が崩れたところを、丘上からの騎馬突撃で粉砕します」
「敵の右翼を引き付けている間、中央と左翼は如何にして支える? イスタニアの正規軍を相手に、あまり長くは持ちこたえられないと考えるが?」
「……それは」
バセットは、言葉に詰まった。
ベリアルは、机を指で叩いた。
「……敵の右翼を強く牽制し、中央陣の側面をがら空きにするという提案は、高く評価しよう。だが、陽動、伏兵、食い止め。ただでさえ数的に劣っている状況で、軍団を3つに分けるプランは承認し難い。よって、陽動と食い止めを1つの軍団に纏め、伏兵ではなく、より積極的な攻勢を仕掛ける」
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