第36話:ラナージ・ポリス攻防戦:緒戦


***


 ──9月10日。

 遠征軍は次の戦略目標──ラナージ・ポリスの市壁と相対していた。同都市は、カッシノーネの丘とロムルス・ポリスの結節点にあり、交通の要であった。北進を続ける上で、ラナージ・ポリスを素通りするという選択肢は有り得ない。加えて、先の野戦で敗走した敵軍の一部──イスタニア王国軍の右翼が退いた先でもある。


 シェイド率いる第3軍団指揮の下、遠征軍は陣地の構築を完了。クルート率いる第5軍団に先陣を命じ、威力偵察を敢行した。

 結果は、ベリアルの想定よりも悪いものであった。クルート隊4500のうち、死者350、負傷1000以上。城門の突破はおろか、空堀を超えることさえできなかった。胸壁から放たれる魔弾、炎弾、火矢、隕石雨は、控えめに言って過剰な強さである。


「シェイド」

「へいっ?」


 ベリアルはシェイドを本営に呼びつけ、策はないかと質問した。


「そうですねぇ。……屋根付きの手押し車を作って、市壁に貼り付き、人力で壁を破壊するか、自陣を崩してでも、木片や土砂を掻き集めて、堀を埋めるか。そんなところですかねぇ」

「なるほど。……」


 ベリアルは、工兵と重装歩兵から成るシェイド隊5000と、アングエル率いる第1軍団4500を繰り出し、しばし様子を見た。


「──報告です!」


 ゴブリン族の伝令兵は、意気揚々とした雰囲気で本営に現れた。


「朗報か?」


 ベリアルは問うた。


「はい! アングエル隊がラナージ・ポリスの内堀を突破。市壁に到達しました」

「損害は?」


「シェイド隊は200人、アングエル隊は300人ほど、死傷者を出しています」

「多いな……。テンプター隊から、魔道歩兵を駆り出せ。治療に当たらせる」


「了解です」


 ベリアルは、後ろに立たせているアークフィートの方を見た。


「市壁に穴が開き次第、我々も出撃する。騎士団に触れを出せ」

「はい」


 アークフィートが本営を出ようとしたところに、インプ族──小悪魔の伝令兵が駆け込んできた。青ざめた顔面を伏せるように、片膝を付く。


「──大変です!」

「何事か」


「ラナージ・ポリスから、敵の騎兵部隊が打って出ました!」

「……何?」


 ベリアルとアークフィートは、顔を見合わせた。


「……アークフィート。今すぐ騎士団を迎撃に向かわせろ。俺も後から合流する」

「はっ!」


 アークフィートは、足早に本営を後にした。


「……」


 ベリアルは、内心舌打ちをした。ラナージ・ポリスの空堀を埋めるために、本来であれば陣地の構築に向けるべきリソースを、最前線に運び出している。つまり、それだけ本陣の守りが手薄になっていると言うことだ。


「ベリアル様。拙は、誰に何を伝えましょうか……?」


 伝令兵は、ベリアルを見上げた。


「アングエルとシェイドには、戦線の維持するように伝えろ」

「はいっ」


 ベリアルは席を立つと、腰に剣を差し、本営を出た。秋口の空に、矢玉と怒号が飛び交っている。耳を澄ませれば、こちらに近づいてくる、不穏な騎馬隊の足音も聞こえてくる。


「将軍! 出撃の用意、整いました」


 アークフィートが、馬上から声を掛けてきた。彼女は、既に魔剣を抜いている。


「ぁあ」


 ベリアルは従者に馬を引かせ、その上に跨がる。


「目標は敵の騎兵部隊だ。無作為に追い回すと、味方の前線部隊を巻き込む恐れがある。斥候兵の誘導に従い、積極的に討ち取れ!」

「「「了解っ!」」」


 ベリアル率いる鬼人騎士団の銃創・軽装騎兵6000は、全速力で本陣を出た。

 本陣の守りは、残置した鬼人騎士団の魔道部隊3000余りと、後詰めに控えたテンプター隊に任せる。


 ベリアルは、視界に非友軍の騎兵部隊を捉える。全軍が白馬・白甲冑で武装した異様な集団を前に、彼は気を引き締める。


「目標を確認。これより突撃を行なう!」

「「「将軍に続け!」」」

「「「ぉおおッ!!」」」

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