第13話:拷問生活:選択
「……ぃやぃや。僕としたことが。今日は、そんな話をしたくてここまできたわけじゃぁない。不毛な感情論はやめよう。魔界の長たる者、犠牲は常に、数字で語るべきだ」
魔王は場を仕切り直すように、咳払いをした。
「時にアルベリ君。半年前、魔界西部は人間族が吹っ掛けた戦争によって、甚大な損害を蒙った。把握できる限りでは、魔族の人的損失は10万人。これは、魔界の存立を脅かしうる巨大な損失だ」
魔王は、淡々と語り始める。
「だけど、良いこともあった。今回の厄災を機に、全魔族の大同団結を訴える声が上がった。カイロサンドリアの奪還作戦は、まさにその産声だったんだよ」
アルベリは息を整え、アークフィートの方を一瞥する。
「……それだって、良いことばっかりじゃないんだろ?」
魔王は、片方の口角を上げた。
「へぇ……君は聡明だね。そう。良いことばかりじゃない。血の繋がりを重視する魔界では、当然のことながら、魔族の団結も血縁に基づいて行なわれるべきだ……という声が根強い。でも、このやり方には問題がある。誰と誰が、如何なる関係で結びついているのか。婚姻、養子……人間ならこの程度だろうけど、魔族の場合は違う。霊魂の融合や体の吸収、来世婚姻みたいな、アクロバティックな繋がり方がいくつも存在する。僕の知らないうちに、僕の見えないところで、魔界が巨大なファミリーによって再分割されてしまう……。そんなリスクを、今の魔界は孕んでいるんだ」
「はぁん。そいつは、随分と面倒な話だな。……」
アルベリは、興味がないという風に吐き捨てる。
「僕は、部族や血族の力をある程度抑制できるような魔界を確立したい。そこで、君の助けが必要なんだ」
「……?」
アルベリは顔を上げ、
「僕は自らの理想を形にする上で、人間界に広く存在する『軍隊』という組織が、非常に参考になると考えている」
「何……?」
「生まれながらの身分に限定されない、ある程度の実力と年功に基づく階級制度。多数の戦士を一度に動員できる組織力。極めて魅力的で、理想的な支配体制だ」
魔王の口ぶりは、野心と言うよりも、好奇心に浮かされているようだった。
「僕を頂点とする魔族の『軍隊』を創設し、それを以て、魔界の全土を掌握する。このやり方が、魔界統一の最適解であると、僕は考えている」
「……俺が魔王なら、そんなまどろっこしい真似はしない。……それこそ、魔王の力で全てを従わせれば良い。……それに、軍隊と血の繋がりは無縁じゃない。俺のいた国でも、名門の軍人一家は存在した。……家柄の力は、そう簡単に薄められるものじゃないだろう」
アルベリは反論した。
「あくまで、僕がしているのは相対的な話だ。……それに、『種族への帰属意識』という巨大な固定観念を揺るがし、これを変えさせるには、ある程度完成された、確固たるイデオロギーをぶつけてあげる必要がある。人間族が編み出した『軍隊』というシステムは、それに耐え得るだけの強さと実績を持っている」
「……あんたの妄想は尊重しよう。……それで。どうして、あんたは俺のところに来た? 俺の出る幕は、欠片もないだろう」
「君には是非、魔王軍創設のアドバイザーになって欲しい。──軍隊が、具体的に如何なる組織なのか。戦略から戦術、関連する産業、起こり得る弊害に至るまで。その身を本場の軍隊に捧げた人間に、色々とレクチャーして欲しいんだ」
「ははははっ……。ぁははははは……」
アルベリは、乾いた笑い声を上げた。
「何か、僕は変なことを言ったかな?」
魔王は小首を傾げた。
「……『敗軍の将は兵を語らず』って言ってな。俺は、カイロサンドリアで魔族の群れに敗北した。多くの部下を死なせ、自分は捕虜になった。戦に負けた人間が、軍事に関してアレコレしたり顔で喋るのは、愚の骨頂でしかないんだよ」
「何だ。そんなことか」
魔王は、鼻で嗤った。
「……勘違いは良くないよ、アルベリ君。僕は君に、出世の機会を与えているわけじゃない。僕は、君をデク人形にしたいだけなんだよ」
魔王はニヤリと笑う。
「僕の手足として、魔族繁栄の贄として、魔界平和の礎として使い潰されていく。そんな道化師は、むしろ愚者であるべきだ。もし、僕が当代一流の有識者を招いてしまったら、魔王軍はそいつに乗っ取られ、僕の地位は危ういものになるだろう。それだけは、何としてでも回避しなければならない」
「俺みたいな三流の方が、与しやすいってか……?」
「……飼い慣らしやすい。と言った方が適切だろうね」
「はんッ……。……」
アルベリは、呆れたように鼻で笑う。
「どうだい? アルベリ君。乗るか乗らないか。今、ここで決めるんだ。僕の心は寛大だけど、僕の気は酷く短い。悩んでいる時間はあんまりないよ?」
「……」
アルベリは正直、今の自分に、正しい思考力や判断力があるとは思えなかった。短く考えた後、彼は口を開く。
「……今の俺は、アークフィートの持ち物だ。……だから、俺の処遇は彼女に決めさせろ」
「……なるほど」
そう来たか。という風に、魔王は笑った。
魔王は、くるりとアークフィートに向く。
急に話を振られた彼女は、固まっている。
「君はどうする? アークフィートちゃん」
「……、……ぇっと」
魔王はアルベリから離れ、アークフィートに歩み寄る。
「君が置かれている状況は知っている。僕なら、君を助けてあげることができる。君が立派な武人として、魔界で広く認められたいと願うのなら、僕は君に、大きなチャンスを与えることができる」
「大きな、チャンス……」
アークフィートは、ゴクリと唾を飲んだ。
「どうする? アークフィートちゃん。一生に一度、あるかないかの囁きに、君はどぅ答える?」
「私は、……」
アークフィートは、アルベリの方を一瞥する。
そして、意を決したように、魔王に向き直る。
「私は、……アルベリさんと一緒に、まおう様にお仕えしたいと思います……!」
「ようこそ。僕の配下へ」
魔王は満足げに笑った。
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