第14話:拷問生活:解放
***
──翌日の午前。
レオーガス家本邸。煉獄海を望む、貴賓室にて。
少年魔王ディアボロスは、一角鬼人族で侍女のエルトルトを伴い、レオーガス家夫妻との面会に臨んでいる。
エルトルトは、豊満な体に絹織の一枚布を巻き付け、その上から、紫色の上着を纏っている。頭脳は明晰で、忠誠に篤く、物腰は丁寧。魔王に外身と中身の器量を見込まれた、才色兼備の側近である。
魔王は最高級のソファを乗っ取り、レオーガス家の夫妻を並べて立たせたまま、折衝を重ねる。不死鳥の羽を詰め込んだ柔らかなソファが、魔王の腰を丁重に受け止めている。
魔王は羽ペンを執り、書面にサインを記す。
「それじゃ、形式上の読み上げを行なうよ。──レオーガス家に対し勅命を下す。アークフィート・レオーガスとその所有物を魔王城預かりとし、その補償として、魔王ディアボロスは、カイロサンドリア自治政府の議長席が、今後200年の間、レオーガス家に一任されることを容認する」
「「全ては、魔界王ディアボロス・アサグ・アーリマン様の御心のままに……」」
夫妻の平伏を受けた後、魔王はレオーガス家の別邸を出る。
魔王は侍女と共に、門前に停めた魔獣が引く車に乗り込む。
その後ろには、魔王の御親兵が守る護送用の馬車が停まっている。その中には、アルベリとアークフィートが乗っている。
「出せ」
魔王の指示に従い、獣車の縦列は出発する。彼らの目的地は、エジーダン地方にある魔王の別荘である。
魔王は、隣席するエルトルトに肩を寄せた。
「君の意見を取り入れて、正解だったよ。エルトルト」
「感謝の御言葉。真に恐れ入ります。ディアボロス様」
「それにしても……良く見つけたね。あんな優良物件」
「それこそ、歴代魔王の御加護でございます」
「ぃいや。アークフィートちゃんの功績だよ」
魔王は、ほくそ笑んだ。
「1ヶ月の間、彼女が手塩に掛けて、彼を調教してくれたんだ。……あの絆を利用しない手はないだろう?」
「あの二人の関係は、ディアボロス様がお考えになっているよりも、遙かに脆く、危ういものであると思われます。……頃合いを見て、ニンゲン族のオスは排除するべきかと」
「どうかなぁ……? 僕とエルトルトの馴れ初めも、似たようなシチュエーションだったと思うけど?」
「それは……、……」
エルトルトは、恥じらうように口籠もる。
「まぁ、君の懸念も筋違いとは言えないよ。……残念ながら、アルベリは人間族をそんなに恨んでいない。彼を粗末にしたのは人間だけど、彼と最後まで戦った者もまた人間だ。むしろ、僕たち魔族に向ける憎悪の方が大きいと見える。となると、彼をたらし込むには、彼の生存本能と、善良な心、あとは父性みたいなものを弄ぶしかない。そういう意味じゃ、彼とアークフィートが出会ってしまったという偶然は、僕たち魔族にとっては、悪魔の恵みと言うしかない」
「……御言葉ですが、ディアボロス様」
エルトルトは神妙な面持ちで、上機嫌な魔王に向いた。
「何だい? エルトルト」
「わたくしがディアボロス様に申し上げたのは、双角鬼人族の娘アークフィート・レオーガスが秘める潜在能力についてです。決して、あのような薄汚いニンゲンのオスを紹介したかったわけではありません」
「エルトルトが1日に2回も僕を諫めるなんて、珍しいね」
魔王は座席に片膝を立て、エルトルトの首に絡みついた。
「明日は、槍が降るのかな……?」
「……ディアボロス様っ、……?」
魔王は、エルトルトを車内の隅に追い詰め、手首を握る。
「つまり、君が言いたいのはこういうことだね? ──人間が遺した軍略に関する知識なら、魔王城の大図書館や、カイロサンドリアから逃がしたパピルスの中に、山ほどある。わざわざ、生きた人間から教えを乞う必要などありはしない。……」
「はぃ……っ」
「……僕は、空想家だ。だからこそ、机上の空論が如何に陳腐かということを理解している。だから、僕は知識に加えて経験を、記録を裏付ける記憶を求めたんだ。エルトルト。……何かを勉強するときは、やりたいことを全部試して、くたくたに疲れ果てるまで、それを理解する努力を惜しんではいけない。……全てを飲み込む度量がないと、魔族の王は務まらないんだよ」
魔王の鼻が、エルトルトの首筋に吸い付く。
彼女は短く嬌声を上げ、頬を紅色に染める。
「……とは言え、あの男は、あくまで一つの参考に過ぎない。僕の野望の大半は、既に、頭の中では完成しているからね。彼の見識は、それを微調整するためのものに過ぎない。もし、あいつが何かおかしな動きを見せれば、すぐにでも排除すれば良い。その時は……君が僕のことを説得するんだよ」
魔王は、エルトルトの首筋にそっと口付けをする。
「ディアボロスさま、これ以上は……、……あっ」
「これはね……君にしか頼めない仕事なんだ……」
「……はぃ……このエルトルト。……謹んで、……お受けいたします……」
「分かってくれて嬉しいよ……。……エルトルト」
魔王は、満足げに微笑んだ。
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