第48話:ロムルス・ポリス攻囲戦:突入
*
ベリアル率いる騎兵部隊は、市街戦には不向きな兵科である。固い石畳は騎馬の蹄鉄を傷つけ、入り組んだ路地は騎兵の速力を妨げる。市街戦は、あらゆる兵科に対して歩兵の優位が際立つ。
ベリアルとアークフィートは、歩兵の斥候を頻繁に前線へ送る。魔法陣と炎天が照らすロムルス・ポリスの方々からは、白、黒、灰色の煙が立ち昇り、戸を蹴破る音と、乱闘の怒声が絶えず鳴り響いている。
道の大小を問わず、排水溝には敵味方の骸が転がっている。血肉の上には、蠅が躍っている。
建造物の二階、三階にあるバルコニーには、イスタニア兵の上体がダラリと垂れ下がっている。硬直した指に、弓が引っ掛かっている。
先方から、軽装のゴブリン兵が駆けてくる。
「──アングエル隊より、ベリアル将軍に報告。この先4ブロックに、敵影なし」
「ご苦労。……4ブロック前身」
「将軍」
「何だ。アークフィート」
「……」
アークフィートは、廃墟と化しつつあるイスタニアの首都を馬上から眺める。
血しぶきを浴びたレンガ壁。打ち捨てられた木材。虚しく風に揺れる、服飾屋の看板。薔薇の生け垣にはイスタニア兵の骸が、濁りきった貯水槽には、オーク兵の骸がもたれ掛かっている。蹴破られた屋敷の庭には、血色の足跡が点々と刻まれている。劇場の外門には、過剰殺傷の肉塊が掲げられている。もはや、どちらの骸かはっきりしない。
「アークフィート?」
「……、すいません。……何か。少しだけ、変な気持ちになりました」
「首都を巡る攻防戦は俺も初めてだ。今日から明日、或いは明後日の朝に掛けて、戦闘は凄惨を極めるだろう。今のうちに慣れておけ」
「いえ。……そうではなくて」
アークフィートは、ベリアルの横顔を窺う。彼の表情は、赤紫色の鉄仮面が覆い隠している。
「何だ」
「将軍は、……昔、この街に住んでたんですか?」
「そうだな。色々あって、離れることになったが」
「……思い出とか、あるんですか?」
「悪い思い出なら、山ほどある」
「そうですか」
ベリアルは、仮面の裏で薄く嘆息する。
(──山ほどというのは、言い過ぎだろうか)
良い思い出も、確かにあったはずなのに。出世を夢見た舞台も、伴侶と出会ったのも、この街だったはずなのに。
「じゃあ、目一杯ぶっ壊します」
「……、」
ベリアルの迷いは、アークフィートの言葉に遮られる。
「……もとい、ここは戦場だ。誰に如何なる事情があろうと、情けをかける必要はない。……以後、私語は厳禁とする」
「はい」
その時。先方の角から小悪魔の巨鳥騎兵が躍り出る。
「──アングエル隊より、報告! 大神殿までの血路、開けました!」
「そうか。……鬼人騎士団の諸君! 手柄を挙げる用意は良いか!!」
「「オオ!!「」」」
「第1中隊は馬を下り、抜剣突撃。第2から第3中隊は騎乗のまま周辺警戒。第4中隊は制圧済みの街区を回り、同胞の骸を確認。可能な場合は、防腐処理を施した上で集積せよ」
「「「はッ!」」」
***
──同刻。大神殿、大盾の間。
「──警護隊の諸君!! 決戦の時は近づいている!」
百卒長50人を集めた広間に、銀髪の将ビスティアの声が響く。鋼の全身甲冑に身を包んだ警護隊の戦乙女たちは、直立不動の姿勢を貫いている。その中に1人、軽装の女剣士──アイテトラが混ざっている。黒褐色の瞳には、どこか達観の情を秘めている。白地の内着に青十字の紋章が入った胸甲を着け、両腰には二刀一対の聖剣──「スコル」と「ハティ」を差している。
「しかし、恐れることはない。儀式が成就される時もまた、近づいているのだ!」
ビスティアは抜剣する。
「大神殿警護隊の献身と奮闘が、イスタニアの、ひいては人類の命運を左右する。総員、心して指名を全うせよ!!」
「「「はっ!!」」」
「……」
アイテトラは、胸甲に拳を軽く当てる。
「──ビスティア様!!」
大盾の間に、伝令の女性兵が鉄靴を鳴らして入ってくる。
「魔王軍の一部が、王国正規軍の防衛網を突破! 既に、中庭は戦場となっております!」
「聞いたか皆の衆! 総員、持ち場に急げ!!」
「「「はいっ!」」」
百卒長たつは、四方の扉から退出した。大盾の間には、ビスティアとアイテトラだけが残る。
「アイテトラさんは、私と一緒に来てください」
「召還の間。ですか?」
「はい」
ビスティアは、大盾の間を飾る女神像の一体に指を触れる。女神像は音を立てて右手に動き、その背後から、隠し通路が現れる。
「凄い仕掛けですね」
アイテトラは、呆れ半分に言った。
「ここを通らないと、召還の間には辿り着けませんので」
「……じゃあ、私はここに残ります」
「ぇ……?」
「ここを通らないと、女王様のところには行けないんですよね? それなら、私がここで敵の数を減らしておきますよ」
「宜しいのですか? ……大盾の間よりも、一本道の隠し通路の方が戦いやすいと思いますが……」
「伸び伸び戦える広間の方が、私のスタイルに合っているんですよ」
「そうですか。……分かりました。貴女の献身に、深く感謝します」
「ぁあ。最後に、もう一つだけ」
「はい……何でしょう?」
「恋心と、忠誠。どっちが大事ですか?」
「! ……」
ビスティアは赤面し、顔を背ける。
「……今は、非常時です。そういう話は、敵を退けてからにしましょう。……」
「……ぁはは! そうですよね。全部、終わってからですよね。失礼しました」
アイテトラは、ビスティアに背中を向ける。
女神像の位置が元に戻った後、大盾の間にはアイテトラ一人が残される。
「……全部終わったら、何も残らないのにね」
誰に伝えるわけでもなく、アイテトラは呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます