ロムルス・ポリスを巡る攻防

第42話:ロムルス=エネリ間の戦い:序幕


 ──9月25日。ロムルス・ポリス北郊。


 ベリアル率いる遠征軍の縦隊は、示威行動を兼ねて、ロムルス・ポリスの周りを囲むように騎行していた。2万8000の遠征軍に対し、ロムルス・ポリスに籠城しているイスタニア兵士は推定1万5000。遠征軍からしてみれば、相当激烈な戦闘になることは間違いないが、勝利自体は難くないという戦力差だ。


「──将軍」

「どうした、アークフィート」


 ベリアルとアークフィート以下8000余りの鬼人騎士団は、ロムルス・ポリス攻めの第一陣として、先頭集団を束ねている。


「聞こえませんか?」

「何がだ?」


「……真北の方角から、蹄の音が近づいていると思います」

「……」


 ベリアルは馬の腹を蹴り、近くの小高い丘に駆け上がる。

 そして、正体不明の砂埃を目撃する。


「十中八九、イスタニアの増援だろうな……」


 ベリアルは呟いた。

 ロムルス・ポリスの北二〇キロには、エリネという都市がある。エリネは元々、北の防備を固めるために築かれた軍用都市であり、平時から5000人を下らない兵士が駐屯している。


 ベリアルは丘を降りると、諸兵に向き直る。


「真北より、敵の増援部隊が迫っている。丘を起点に陣を組み、これを撃退する」

「「「はっ」」」


「将軍」

「何だ。アークフィート」


「後続の部隊には、どのように伝えておきますか?」

「敵の増援部隊が現れた。鬼人騎士団で対処する。他の軍団は、ロムルス・ポリス攻囲戦に備え、包囲網の構築に注力せよ。……横幅と煙の密度から見て、敵の増援部隊は1万に満たない。鬼人騎士団の戦力で十分だ」


 ベリアルは後続に伝令兵を飛ばすと、自らは重装騎兵500を連れ、丘の上へと上った。これを暫定の本陣とし、魔道歩兵1000と軽装騎兵500を前衛に配置する。

アークフィートは重装・軽装・魔道の各種騎兵を率い、ロムルス・ポリス北郊の平原を駆ける。


 数分後。アークフィート隊の魔道騎兵から、発煙魔法による信号弾が上がった。

 突撃許可を求める赤の煙弾である。

 ベリアルは、魔道歩兵の発煙魔法でそれに答える。煙の色は同じ赤。ベリアルは突撃を許可した。


 アークフィートは部隊を三つに分け、自らが指揮を執る重装騎兵部隊3000を先鋒とし、魔道騎兵1500と軽装騎兵1500を左右後方に置いた。先鋒部隊の突撃により敵陣を瓦解させ、散り散りになった敵を、後方の二部隊が片付けていく作戦だ。敵の遊撃部隊や迂回部隊は、ベリアル直下の魔道歩兵部隊が長距離魔法で平らげる手筈になっている。


「まぁ、作戦と呼ぶほどのモノでもないが……」


 戦場予定地を見晴らす丘の上で、ベリアルはぼやいた。

 正直なところ、アークフィートに複雑な作戦を伝えることは意味がない。彼女が持つ最大の強みは、魔剣を易々と操る剣技と武勇である。深いことを考えさせず、素直に突撃させた方が、アークフィートは戦果を挙げやすい。

 無論、それが弱みとなることもある。ベリアルはそれを薄々察しているが、当の本人がどうであるかは定かではない。


(──夜な夜な叱られたときは、少し面を食らったな。……)


 戦場でも危険を冒してはならないなどと言われては、ベリアルも商売あがったりである。


(──俺が自問に更け、後悔と懺悔に惚けている間に、あいつはあいつなりに成長していたということなのか……)


 もっと真面目に見守ってやれば良かった。……そんなことを、ベリアルは思う。


(──……いかん。言った側からこれじゃないか)


 ベリアルは、仮面の裏で溜息をつく。


 アークフィート隊は、猛然とした勢いで、露わになった敵陣の先鋒に突っ込んでいく。


「……っ?」


 ベリアルは、目を細める。

 敵軍の最先鋒を務める金色甲冑の将は、長槍でもサーベルでもランスでもなく、ちょうど冒険者が使うような楡枝の錫杖を構えていた。その将は、錫杖の手元から先端に掛けて、三重の小型魔法陣を展開する。

 雷撃にも似た青白いスパークが、一閃の光りとなってアークフィートの黒甲冑を撃ち抜いた。

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