第43話:ロムルス=エネリ間の戦い:成長



「──ッ!?」


 アークフィートの腰が浮き、あぶみから足裏が離れた。

 彼女は、手綱を握る手指に力を込める。肘の関節が一時的に引き延ばされ、雷を打たれた心臓が不自然に跳ねる。景色が白み、背中から冷や汗が吹き出る。

 敵の騎兵隊が地面を駆る音が、並みのように押し寄せる。


「……っく!」


 アークフィートは、向けられた刃を力任せに払いのける。


「──アークフィート様!」

「──御無事でっ!?」


 近従たちの声が飛ぶ。


「大丈夫……、殺す!」


 アークフィートは逆上したように声を張り上げると、血吸いの魔剣を振り上げ、敵陣の奥深くへと突っ込んでいく。


「アークフィート様に続けえ!!」

「「「──ぅおおーッ!」」」


 アークフィート隊は、愚直な、しかし強烈な騎馬突撃を敢行する。楔形陣による速攻が、敵の隊列を二つに別ける。


「──展開っ」


「……?」


 魔法攻撃のダメージから立ち直ったアークフィートは、偶然聞こえた敵伝令兵の言葉に首を傾げる。

 イスタニア騎兵は、大岩を避ける滝のように、ごく自然な流れで左右に分かれていく。アークフィート隊の突撃も、思うほどの戦果を挙げていない。


「……斥候部隊、両翼との連携を確認」

「「──はっ!」」


 その刹那。後方両翼から火柱が上がった。爆心は轟音と共に、衝撃波を放つ。


「まさか、……」


 アークフィートは、慌てて馬首を返す。

 送り出した斥候兵よりも先に、両翼二隊からの伝令兵が到着する。


「──敵軍は、右翼隊に強烈な魔法攻撃を実行! こちらが反撃するよりも先に、反転!」

「──左翼隊も、同様の攻撃を受けました!」


 そこに、先行した近従の一人が戻ってくる。


「──報告! 敵の歩兵部隊が、徒歩500の距離に展開っ、槍衾を敷いたまま、こちらに迫ってきます!」


「……魔道騎兵による魔法弾で陣形を乱しつつ、混乱したところに、長槍を構えた歩兵の横列をぶつける……、……」


 アークフィートは、呟きながら頭の中を整理する。敵のプランは把握した。次に考えるべきは、こちらが取るべき行動である。


「……左右二隊に伝令っ! 追撃を禁じる! 陣形を立て直し、十分な展開半径を維持せよ! 敵の狙いは、こちらが相手の挑発に乗って、陣形をさらに乱すこと。必ず、敵の騎兵は歩兵の裏から現れる!」

「「──はっ!」」


 伝令兵は、一目散に駆けていく。

 展開半径とは、この場合は部隊間の距離を指す。速度が出る騎兵の場合、伝令のタイムラグをいくらか犠牲にしてでも、部隊が速度をそのままに反転できるように部隊間の距離を開けた方が都合が良いのだ。


 続いて、アークフィートは後続の部隊に止まれの指示を出す。

 アークフィートは、血吸いの魔剣を天に振りかざす。


「……アークフィート様?」

「たまには、魔剣を魔剣らしく使ってみる。…………」


 アークフィートは両目を閉じ、祈るように精神を研ぎ澄ませると、魔剣の刀身に霊魂──ここ数度の戦闘で斬り殺したイスタニア兵の怨霊を纏わせる。鬱々とした霊圧を収斂させ、魔剣の刃全体を、赤黒いオーラと青白い閃光で覆う。


「……せいやぁあ!!」


 アークフィートは、馬上から斜め一閃に、霊威の波を放った。

 軌跡を冷やす祟りの一撃は、空間を切り裂き、ひずませながら、敵の歩兵戦列を叩き切る。イスタニア兵の歩兵小隊が一つ、血溜まりに化けた。


 アークフィートは、諸兵に振り返る。


「これより、あの穴から敵の歩兵戦列を切り崩す! 200歩押し込んだら反転。後方両翼と交代する!」

「「「ォオオーっ!!」」」



「……ほぅ。あの短期間で、敵の戦い方を模倣したか……」


 丘の上で、ベリアルはアークフィートの戦いぶりを観察していた。

 彼は、手元の諸兵に対し、持ち場の維持を厳命している。


「──敵の戦い方を模倣、ですか……?」


 近従の鬼人騎兵が問うた。


「そうだ。徹底的な魔法攻撃の後、騎兵による挑発を仕掛け、歩兵でプレシャーを与えつつ、Uターンした騎兵の突撃でケリを付ける。アークフィート隊の場合は、足りない歩兵を重装騎兵で代用しているようだ。らしくない、冴えたやり方だな」


 雷に打たれ、脳が活性化したのか……? と、ベリアルは不謹慎なことを思う。


「我々の加勢は、不要のようですね」


 近従の鬼人騎兵は言った。


「ぁあ。あの様子なら、直にケリが付くだろう」


 ベリアルは、戦場の奥を遠望する。

 敵騎兵隊の土煙が、濛々もうもうと上がっている。


「それにしても、敵の将軍もなかなかやるな。歩兵と騎兵、魔法戦力の統合運用。タイゼリックの上位互換とも言える」


 ベリアルは、瓦解しつつあるイスタニア歩兵戦列の後ろで、騎兵隊の合流を差配している金色甲冑の騎兵に目を付ける。彼は、アークフィートに一撃を食らわせた憎い奴でもある。


「ロムルス・ポリスの中にも、面倒な奴がいなければ良いのだが……」


 ベリアルは苦笑気味に呟いた。



 アークフィート隊の後方二隊によるトドメの突撃が行なわれるよりも先に、敵の騎兵隊は退却した。


 アークフィートは同胞を纏めると、ベリアルが待つ丘の上に帰投した。


「将軍。敵は退いた模様です」

「ぁあ。良くやった。今日はもう休むと良い。見張りは俺の手勢でやる」


「はい」

「……それから。初っぱなの雷撃は、大丈夫だったのか?」


「はい。あんなの、ただの静電気です」

「……そうか。なら良いんだが。……」


「……まさか。雷撃のせいで、私の頭が冴えたとか思ってるんですか?」

「ぃや……」


「本当ですか?」

「ぁあ……」


 ベリアルは、仮面の裏で目を逸らした。


「怪しいです。……」


 アークフィートは馬から下りる。


「……一応。少し体に痺れも残っているので、シャーマンさんに見てもらいます。ツボとか押してもらったり、マッサージとかしてもらいます。だから、今日の夜は私の天幕は立ち入り禁止です」


 アークフィートは頬をプクーっ。と膨らませながら、スタスタと仮設陣地の中へ入っていった。


「反抗期と思春期が、いっぺんに来たようですな」

「ですね」


 ベリアルの近従とアークフィートの近従は、互いにうなずき合う。


「……ぇふん!」


 ベリアルは咳払いをした。

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