第51話:ロムルス・ポリス攻防戦:黙祷
***
ベリアルが大盾の間に戻って来たとき。そこに、アイテトラの姿はなかった。
「アークフィート!」
「将軍……」
アークフィートは女神像の影にうずくまり、主の帰りを待っていた。彼女の傍らには、彼女の胸甲や右の脛当てが転がっている。それらは完全にひしゃげ、使い物にならなくなっていた。
「ヤツは……アイテトラは、どこに行った?」
「……仕留め損ねました。ごめんなさい……」
アークフィートは、拗ねたような声で言う。
「……」
ベリアルは、アークフィートの横に膝をつく。
そして、彼女の黒髪に片手を置く。
「……目的は果たした。……戦争は、終わりだ」
「はぃ。……」
ベリアルは、大盾の間を外向きに見張る近従たちに待機を命じる。
「さて。……後のことは、魔王の考え次第だな」
ベリアルはアークフィートを伴い、大盾の間を後にした。
***
大神殿の内外では、依然として激しい戦闘が続いていた。
天空の大魔法陣が消えても尚、或いは、それに気付いていないイスタニア兵たちが、死に物狂いの抵抗を続けている。自爆同然の炸裂魔法や、無謀な突撃が相次ぐ一方で、ロムルス・ポリスからの脱出を目指す兵士も大勢いる。
──戦争は俺たちの勝ちだ! 空を見てみろ!! ……そんな魔族兵士の声が、方々から聞こえてくる。一部の懸命な現場指揮官は、街から逃げるイスタニア兵はある程度見逃し、特攻を仕掛けてくるイスタニア兵は路地に引き込んでやり過ごすと言った、的確な判断を下す。
しかし、手柄を欲しがったり、センスの鈍い指揮官が率いている小隊は、無用の損耗を出している。
ベリアルとアークフィートは、大神殿に程近い中央広場に来る。
そこには、魔族兵士の骸でできた無数の「ピラミッド」が並んでいた。骸の一体一体には石灰粉が塗され、一つ一つが清潔な麻布に包まれている。
そんな、死体に埋め尽くされた中央広場の一角に、巨大な記念碑が建っていた。十中八九イスタニア王国が建てたであろうそれには、数百名の名前と、彼らの死を称揚する詩文が刻まれていた。
「将軍、これは……」
「会談のときに、リリックが言っていた石碑だろう。馬鹿げたモニュメントだ」
ベリアルは苦々しい思いで、石碑の前に立つ。
ちょうど見る者を仰がせる位置に、詩文は刻まれている。
──嗚呼。五百人の戦士たちよ
──背中を向けず、鉄剣を片手に斃れた五百人の戦士たちよ
──嗚呼。五百人の義兵たちよ
──弱音を吐かず、正義を叫んで死んだ五百人の義兵たちよ
──嗚呼。五百人の勇姿たちよ
──海の向こうに其の身を埋め、故国の地を想う勇士たちよ
──嗚呼。五百柱の英霊たちよ
──天上界に祝福され、我らイスタニアを見守る英霊たちよ
──我々は誓う
──いつの日か。幾多の試練を乗り越え、海の向こうに辿り着くことを
──我々は誓う
──百年後。貴君らの死地が、新たな王国民の故郷となっていることを
──我々は誓う
──貴君らの献身を、末代まで忘れないということを
──我々は誓う
──貴君らの勇姿を、未来永劫忘れないということを
「…………っ」
ベリアルは、魔剣の柄に指を置く。
その指に力を込めた刹那。
広場が、俄にざわついた。
「何だ……」
「念のため、警戒を。……」
アークフィートは魔剣を抜き放ち、咄嗟に警戒する。
「……ベリアル、司令……」
呼び掛ける声に、ベリアルは振り向いた。
「お前は……」
碧眼に灰白色の髪。血濡れて人相は分かりづらくなっているが、満身創痍の彼はクルートの部下──バセットだった。カッシノーネの丘に際し、ベリアルに作戦を具申した若き鬼人族兵士である。
彼は同胞一人に肩を預け、片足を引きずっている。煤に汚れた頬の肉はパックリと裂け、下腿に巻かれた包帯は、どす黒い血で滲んでいる。
「バセット。お前は今すぐ壁外に行き、治療を受けてこい」
「死人に、……治療は、無意味です……司令ぃ……、……」
「死人……?」
「司令……、これを……」
クルートは、血塗れの左腕を挙げる。その手には、腕が握られていた。
「それは、……まさか」
「クルート様は、敵魔道士の炸裂魔法を正面に受け、…………背後に同胞を庇い、っ……、……消え、……っ、…………消滅、しました。……」
バセットの手から、それが滑り落ちる。
「……っ」
ベリアルは、記憶の奥に疼くかつての戦友──カインの面影を見る。
「……」
ベリアルは、手ずからそれを拾い上げ、アークフィートに目配せする。
「……ぁあっ」
気が抜けたのか、バセットはその場に崩れ落ちる。
「今すぐ魔道士を呼べ。応急手当をした後、壁外に搬送しろ」
ベリアルは周囲に命じた。
彼は、アークフィートから受け取った麻布で、クルートの形見を包む。
「……バセット」
ベリアルは、仰向けに寝かされたバセットの胸にクルートの遺物を置く。次いでバセットの手首を取り、包まれたそれに触れさせる。
インプ族の魔道士が、バセットの包帯を替えに来る。
「死者への弔いは、生者のためにある。……クルートの死を悼みたいのなら、必ず生き延びろ。良いな」
「……、っ……はぃ」
ベリアルはそう言い渡すと、担架に運ばれていくバセットを見送った。
「将軍……、」
アークフィートは、神妙な表情で小首を傾げる。
「……気付け薬のようなものだ。見込みのある人材を2人も失いたくはない」
ベリアルはそれだけ言うと、広場の石碑に振り返る。
「……」
ベリアルは、石碑に「アルベリ」の名前を見つける。その下に「カイン」の名を見つける。
(──死者をどう弔うか。それは、生者の問題。……か)
「……」
──これに怒りが湧くと言うことは。自分はまだ……人間として、生きている。
「……」
(──そのことに、何の意味があるかは分からんが……)
「──ベリアル様」
中央広場に、巨鳥の騎兵が駆け込んでくる。鞍から降りてきたのは、エルトルトだった。
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