第49話:ロムルス・ポリス攻防戦:対峙


***


 ──大神殿。南面第3区画。20人余りの大神殿警護隊兵士が守る「剣の間」の門戸を、アークフィートが魔剣で薙いだ。空間の歪みと共に、荘厳な飾り扉が引き裂かれる。


「──来たぞっ!」

「──戦闘用意!」


 完全武装の大神殿警護隊兵士が、一斉に構えを取る。


「蹴散らすぞ」

「はい。将軍」


 アークフィートとベリアルは、近従10名と共に大神殿の奥深くへと切り込んでいた。アークフィートは魔剣を振るい、警護隊の兵士たちを3~4人、纏めて斬り倒す。後ろから鬼人族の精鋭が続き、敵の八割を無力化。撤退する敵兵は、控えの魔道歩兵が魔法弾で排除する。


「ここが第3区画……。大神殿って、随分と広いんですね」


 アークフィートは、ぼやくように言った。警護隊兵士の血糊に魔剣を突き立て、その剣身に精気を吸わせる。


「大神殿の中には入ったことがない。インキュバスからの情報が正しいことを願うばかりだ」


 ベリアルは口元を歪めつつ、──次に行くぞ。と、近従たちに顎で合図を出す。


「淫魔族の盗み聞きによれば、南面第4区画に隠し扉がある……とのことですが」

「それなりの逸物が控えている可能性が高い。覚悟して掛かれ」


「……」


 アークフィートは、第4区画に通じる飾り扉を見つめる。


「どうかしたか」


 ベリアルは問うた。


「気配が、濃いです。……」


 アークフィートは、魔剣を高く振り上げる。ここまでは横薙ぎ一閃で扉を壊してきたが、今回は縦斬りを選ぶ。


「はあッ! ……」


 弓なりの空間振動が、飾り扉の右側の蝶番を砕いた。次いでアークフィートは、扉の閉じあわせに狙いを定める。同様の一撃が、飾り扉の鍵を物理的に突破した。

 ゆっくりと、飾り扉の右半分が奥手に倒れる。扉が倒れきるよりも先に、無数の魔法弾がベリアルたちを襲った。


「──っ!」

「ぐはっ!」

「ぎゃッ!」


 ベリアルは、右上腕と右脇腹に一発ずつ衝撃波を食らう。思い返せば、魔王から授かった鎧が初めて効力を発揮した瞬間だった。


「退避行動!」


 ベリアルは、出入り口の横に背中を預け、魔法弾の死角に入る。


「……将軍、私が行きます」

「気を付けろ。相手は一兵卒の腕じゃない」


 ベリアルは被害状況を確認する。近従3人が直撃を受け、他2人が軽傷を負っている。


「行けます。……──ッ!」


 アークフィートは大盾の間に突撃すると、続けざまに斬撃を放った。相手剣士は二刀流で待ち受ける。アークフィートの黒い斬撃波と相手剣士の目映い斬撃波が、両者の中間点で火花を散らす。爆発に似た衝撃により、大盾の間は震撼。全方位を飾る女神像たちにヒビが走り、約半数が崩れ落ちる。その中の一体に、隠し通路を塞いでいた女神像もあった。


「将軍! あれです!」


 アークフィートは、喜んで叫んだ。

 その隙を、相手剣士は逃がさない。


「もらいッ!」

「──ッ!?」


 一息で間合いを詰めた双剣の女戦士──アイテトラは、逆手に構えた神剣2本の鋒をアークフィートの喉元に突き立てる。アークフィートは身を反らし、辛うじて必殺の一撃を避ける。アイテトラの攻撃は第二段階に移る。アークフィートの喉を掠めた一対の神剣は、獲物の眼前で互いの剣身を弾き、互いの神威と魔力を一気に増幅させる。指向性を持った光塵の波動が、アークフィートの胸甲を撃ち抜く。


「ぐぶぅ!! ……」


 アークフィートは血反吐を吹き、床に後頭部を強打する。


「トドメぇ!!」

「させるかッ!」


 カマキリの如く二剣を振り上げたアイテトラに、ベリアルの一刀が割って入る。アイテトラはベリアルの横薙ぎを二剣で受け、力業で押し返えそうとする。


「粗雑だな……」

「はぁッ……?」


 ベリアルは、片腕で大剣を振り抜く。アイテトラは力負けし、やむなく間合いを取る。


「……。ひょっとして貴方、魔王軍のお偉いさん?」


 アイテトラは尋ねた。


「いかにも。我はベリアル。魔王軍幹部の一人だ」


 ベリアルは、アークフィートを庇うように立つ。


「ふぅん……。じゃあ貴方を討ち取ったら、私、大手柄だね」

「そうだな」


 ベリアルは特定の構えを取らず、アイテトラの動きを見る。


(──……俺は、二刀流の剣士を相手にしたことはない、つまり……)


 ベリアルは、彼女の立ち姿や容貌に、どこかに引っかかりを覚えた。


(──……思い過ごし、か)


 その訳が何なのか。熟慮できるだけの余裕と猶予を、彼は持ち合わせていない。


 ベリアルはアイテトラに対する殺気を纏いつつ、端目にアークフィートを見る。苦しそうに嘔吐いているが、意識はあるようだ。


「アークフィート。立てるか……?」

「ぁ、……ルベリ…………ぇほっ!」


 アークフィートは、掠れた声で呟いた。

 ベリアルに、焦りと不安がよぎる。


 アイテトラは、ふとベリアルを見る。


「……。ねえ、魔王軍のお偉いさん?」

「何だ」


 ベリアルは、敵意を以て答える。


「私の後ろにある、あの通路。その先に、女王様がいるんだって」

「……ほぅ」


 ベリアルは、直感的にそうだろうなと思った。しかし、手負いの腹心を置いて、ここを離れるわけにはいかない。


「その子を守って勇者の召還を見逃すか。或いは、その子を捨てて、勇者の召還を阻止するか。どっちが良い?」

「儀式の制圧は、数で容易に押し切れよう。一騎当千の貴様には、我が相手する」


「装備頼りの老輩に、私の相手が務まるかな?」


 アイテトラは左手の神剣を光塵に返す。右手の神剣に魔力を吸わせ、見るからに強力な一刀を創り出す。


「道具頼りは、貴様も同じだろう」

「……しょぅ、ぐん。……、……」


 アークフィートが、上体を起こす。魔剣を握り直し、ゆらりと立ち上がる。


「お前は下がって援軍を呼んで来い。この先に、大神殿の中枢があるらしい」

「……将軍は、先に進んでください。……ここは、私が引き受けます、……」


 アークフィートは、ふぅうー。と息を吐く。痛みを堪えるように、意志を強固にするように、彼女は息を整える。


「冷静になれ。アークフィート」

「将軍が早く儀式を潰して、早く帰ってくれば良いんです。その間くらい、何とかします。──ッ!」


 アークフィートは、猛然とアイテトラに斬り掛かった。

 アイテトラは、引きつった笑みで応える。


「あんた、意外と丈夫なのね……」

「さっきのは……──演技ッ!!」


 アークフィートの一閃が、大盾の間の床を深々と切り裂く。アイテトラは、少し長めに間合いを取る。

 アークフィートは、魔剣を少し重たそうに構え直す。口では強がってはいるが、相当な無理をしているようだ。

 ベリアルの視線に気付いたのか、アークフィートはベリアルを横目に見る。


「……さっき言った通りです。早く儀式を何とかして、早く帰ってきてください」

「戻ってくるときは、楽しみにしていてね。ショウグンさん? ……──ッ!!」


アイテトラはベリアルの方を一瞥してから、アークフィートの懐に切り込んだ。


「……」


 ベリアルは、応急手当を終えた近従たちに振り返る。


「お前たちは戦局を注視。余計な手出しはするな。ただし、見殺しは死罪とする。良いな?」

「「「……、はっ!」」」


「……」


 ──無茶苦茶な指示を出してしまった。と、ベリアルは幾分後悔する。しかし、思い改める暇はない。二人の戦乙女が壮絶な剣戟を奏でる中、ベリアルは狭い隠し通路に足を踏み入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る