第6話:カイロサンドリア攻防戦:決着


 イスタニア兵の士気が上がる中、部下の一人が声を張り上げた。


「──中隊長! ゴブリン部隊の後方に、新たな敵影を確認っ!」

「煙の壁がある限り、南面には手を出せない。東西に集中しろ!」


 アルベリは檄を飛ばす。


「ぃや、しかし……」

「どうした? ……」


 アルベリはを見て、初めて味方の動揺を理解した。


 新たに姿を見せたのは、ワイヴァーンの群れ──航空戦力であった。

 その数、およそ40匹と見える。


「ワイヴァーンの巣は、開戦前に冒険者民兵が全部焼き払ったんじゃ……」


 カインが呟いた。


「わりと小柄だな……。焼き討ちを免れた卵が、今頃になって孵った可能性は否定できない」


 アルベリの背を、冷や汗が濡らす。


 ワイヴァーンの群れは、両足に飛礫を握り締めている。

 奴らは城壁の上で、それらを一斉に手放し、投下する。


 人間では一部の冒険者にしか真似できない攻撃手段──空爆だ。


「──全員伏せろ!!!」


 アルベリの怒号にも似た指示と同時に、飛礫の嵐が吹き荒れる。

 狙いは極めて粗雑だが、数を撃てば当たるのが空襲だ。壁上の通路は瞬く間に、イスタニア兵の血痕と肉片で埋め尽くされる。

 何人かの兵士は飛礫に弾かれ、市内へと落下する。壁内の眼下には、まるで鳥の糞のように、赤い染みが点々と連なっていく。


 時を同じくして、東の壁から轟音が鳴り響いた。トロルの体当たりが、壁に深い亀裂を生じさせたのだ。トロル勢は勝ち鬨のような咆吼を上げる。


 アルベリは、意志を固める。


「……総員、撤退っ!! これより、港まで一気に駆け抜ける!」

「「「……はいっ!!」」」


「カイン、お前も急げ!」


 アルベリは叫ぶ。息を吸った瞬間、血の臭いで嘔吐えずく。

 カインは、持ち主を失った投槍や弓を掻き集めている。


「石を投げきったワイヴァーンは、必ず高度を下げて、僕たちを上から襲います。壁の上に誰かが残って、奴らを背中から射落とす人間が必要です……」

「ばっ、馬鹿野郎! お前、さっきは伝令に当たり散らすくらい気が立っていただろうが! 今更冷静になってんじゃねぇよ! その仕事は俺がやる!」


 アルベリはカインの襟首を掴んだ。


「隊長は逆なんですね。今更になって、頭に血が上っている……」


 カインは、弓の張り具合を確かめている。

 その目は思いの外、真剣な眼差しだった。


「僕が逃げて隊長が残ったら、僕は迷わず、船を出せって船長に頼みます。でも、隊長が逃げて僕が残ったら、隊長は僕が帰るまで船を出させないでしょう?」

「それは……」


「それに、僕。こういう展開……ちょっと望んでたんですよ。今回の遠征で、一つデカい手柄を立てて、それを会話の種にして、王都のサロンで、綺麗な年上美人を引っ掛ける。……武勇伝と新しい家族。2つも土産があったら、今までの親不孝もチャラになるでしょう?」


 カインは、ニッと笑って見せた。

 その顔に、絶望の色はなかった。


「……お前の覚悟は分かったよ。……降りたところに、俺の馬を残しておく。それに乗ってすぐに戻って来い。生還しろ。これは命令だ!」


「了解です! ……」


 アルベリは、狭い階段を駆け下りた。ワイヴァーンにやられた同胞の合間をすり抜けて、大通りを走る。

 見たところ、負傷兵の撤収は八割方完了といったところだ。看護部隊が、最後の荷車を護送している。


 頭上には、月光を背に悠々と旋回するワイヴァーンの影がある。

 降下軌道に入ったうちの一体が、弓矢の鋭い一撃に落とされた。


「……あいつ、あんなに腕良かったのか」


 アルベリは、看護部隊に随伴する。


「急げ! 城壁が崩れかかっている!!」

「「「はい!」」」


 アルベリの目に、負傷兵の顔が見えた。包帯で顔の半分余りが隠されていたが、無力感と恐怖に怯えた、情けない顔に見えた。他の負傷兵たちも、看護兵たちも、みんな似たような顔をしている。


(……俺たちは、戦争に勝ったんだよな……?)


 アルベリの脳裏に、ふと、歪な疑問符が浮かんだ。

 不協和音のような耳鳴りが、己の意識をかき乱す。


(……人類は勝利し、魔族は多大な犠牲を払った。イスタニア王国は勝利し、莫大な戦利品を手に入れた。遠征師団のうち、大半の将兵は本国に生還し、凱旋し、最高の栄誉を称えられる。イスタニアの国威は発揚され、人類の威信は天上の神にも届くだろう……)


「……なのに」


 何が起きているんだ。……その言葉を、アルベリは呑み込んだ。


 考えすぎだ。

 俺たちが船にたどり着ければ、全部、ただの思い過ごしになる。


 そう言い聞かせ、アルベリは月夜を見上げた。

 ワイヴァーンの数は、目に見えて減っている。


「そろそろ引き上げてくれよ……」


 アルベリは、祈るように呟いた。

 その祈りは、悪戯な天に届いた。



 アルベリの足下に、とすっ。と、何かが落ちてきた。



「……っ」



 それは、カインの生首だった。



 ワイヴァーンたちは甲高く、その鳴き声を響かせた。















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