第5話:カイロサンドリア攻防戦:展開


 アルベリは視界の端に、敵の大群を確認する。


「あいつら、オークよりでかいな……。まさかトロル族か……?」


 アルベリは舌打ちする。

 オークよりも一回り大柄な全身革鎧の一団が、バトルアックスを片手に突っ込んでくる。城壁の脆そうなところを見つけ、体当たりをしてくる。


「……第3、第4小隊は東門に展開! 残りは南の敵に集中!」


 アルベリは指示を出しながら、先に出した伝令の帰りを待つ。


「……援軍、遅くないですか?」


 カインは不平を漏らす。


「カイロサンドリアは大都市だからな。港から駆けつけようにも時間が掛かる」


 アルベリはカインをなだめた。

 ようやく、伝令が息を切らしながら駆け込んでくる。


「どうした。援軍はまだか?」


 アルベリは訊いた。


「主立った司令官は全員、船に乗り込んだそうで……。船は残してあるから、それに乗って、順次帰投せよ。とのことです……」

「……何だって!?」


 アルベリより先に、カインが反応した。

 カインは伝令の胸倉を掴むと、唾を飛ばして叫ぶ。


「どう言うことだよ、それはっ!」

「言ったままの内容です……。──既に、戦果は十分に得た。無駄な戦闘を避け、至急プロキス島に転進せよ……と」


 動揺をあおるかのように、胸壁きょうへきのイスタニア兵が一人、オークの投石にやられた。


「……負傷兵と看護部隊はどうなっている。あいつらが撤収してるなら、俺たちは今すぐ港まで駆け抜けるぞ」


 アルベリは訊いた。

 港の向こうでは、抜錨のラッパ音もなく、ゆっくりと船影が動いている。


「置き去りのままです。現在、急ピッチで乗船を進めていますが、……積みかけの戦利品が邪魔で、手こずっている模様です」

「そうか。……」


 アルベリは、怒りを静めるために深く嘆息する。

 。そう、彼は己を説き伏せる。


「……船が残ってるだけマシだ。まだ帰る当てがあるんだからな。──第5小隊は俺と一緒に街へ降りろ。第2分隊は看護部隊を支援。第1分隊は別の仕事だ!」

「「「はいっ!」」」


「別の仕事……? 何するんですか?」


 カインが訊いた。


「小細工だ。……まだ時間があるうちに、俺たちの時間を稼ぐ」





 30分ほどして、アルベリたちが城壁に戻って来た。


「隊長がいない間に、敵の数が増えましたよ。西から竜人族のサラマンダー騎兵が迫っています」


 カインは、投石を続けている。


 ゴブリンは人海戦術を取り、いくらかの猛者たちを壁の上に送り込んでいる。

 オークはゴブリンの死体を盾代わりにし、イスタニア兵の矢玉を防いでいる。

 トロルは執拗な突進を繰り返し、城壁を揺らしている。突破は時間の問題だ。


「そういう事態を見越して、急ごしらえで付け焼き刃な小道具を用意したんだよ。──第1分隊! 作戦開始!」


「「「はいっ!」」」


 第1分隊は一斉に、胸壁から、縄で束ねた麦藁の束をつるす。

 そして、松明で着火する。


「あれは……?」

「麦藁に、硫黄の粉末をまぶしたものだ」


「硫黄……?」

かめつぼを失敬しようと思って入った商業地区の地下倉庫に、ミョウバンの原料が残っていた。恐らく、染色業の連中が使っていたんだろう。硫黄の粉を燃やすと、毒ガスが出る。高密度なら即死。低い密度なら、何時間か経ってから目と鼻をやられる。古代の軍事国家パルスタが使った悪戯イタズラみたいな兵器だが、敵を怯ませるには十分だ」


 目に見えている黒煙は、燃えた麦藁から出ているものである。有毒な気体は目に見えない無色のガスの方であり、それは空気よりも重く、ゆっくりと、下方に垂れ下がっている。

 そうとは知らず、城壁の真下に張り付いていたゴブリンたちは粘膜を冒される。鼻と目から大量の体液を流し、顔を掻きむしりながら悲痛な叫び声を上げる。水中でもないのに、窒息して卒倒する者も現れる。

 煙に巻かれた魔族の戦士たちは次々と、屍の足場から転がり落ちていく。


「第2小隊は西を見張れ! 負傷兵の撤収が完了次第、矢玉を撃ち尽くして城壁を放棄する。港まで走りきれば俺たちの勝ちだっ!」

「「「ぉおーっ!」」」


 アルベリの声に、諸兵は奮い立った。

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