第38話:ラナージ・ポリス攻防戦:作戦



 エルトルト指揮、ベリアル監督の下、作戦は決行された。

 作戦の概要は、以下の通りである。

 アングエル率いる第1軍団は、一人一体、味方の死体を担ぎながら、ラナージ・ポリスの堀に自ら滑り込む。悪臭を堪え、流れ弾は同胞の骸でやり過ごす。精神的にも肉体的にも、極めて過酷な任務である。減衰した戦力は、アークフィート隊が埋め合わせる。魔道騎兵は爆発魔法で弾幕を張り、胸壁から放たれる魔法と矢玉の雨を耐え凌ぐ。

 シェイド率いる第3軍団は、クルート隊の支援を受けながら、現状の戦線を維持する。テンプター率いる後詰めの第6軍団は前進し、遠征軍本陣の守りを固める。


「──精度は問いません! 撃ちまくってください!」

「「「了解ッ!」」」


 アークフィートの檄に従い、鬼人騎士団の魔道騎兵部隊は、大量の炎弾や雷撃をラナージ・ポリスの胸壁に向かって打ち上げる。威力よりも弾幕の勢いを優先し、詠唱の短い高速軽量魔法弾を乱射する。


「──亀甲陣形を維持! 同胞を信じて前進せよっ!」

「「「「オオーっ!!」」」


 シェイド隊は重装歩兵を前面に押し出し、ラナージ・ポリスの市壁に貼り付く。

 手斧や鉄槌で武装したオーク族兵士たちの腕力で、城壁に打撃と振動を与える。


 空堀のすぐ外側で、重装騎兵1000を従えたベリアルが戦場を見守っている。

 そこに、前線から少数の軽装騎兵を伴ったエルトルトが駆けてきた。


「──ベリアル様っ、南面の城門が開きました」

「来たか……。乱戦の差配、お前に取れるか?」


「はいっ」

「……良かろう。折を見て我も突撃する。行け」


「はっ!」


 エルトルトは馬首を返し、ラナージ・ポリスへ向かう。伴走の軽装騎兵に、鬼人騎士団から借り受けた重装騎兵1000と、軽装騎兵2000を合わせ、西回りに騎行する。

 その刹那、神翼騎士団の出撃ラッパが鳴った。アリステリア率いる魔道騎兵が、南門から東回りで突撃する。行きずりにクルート隊の円形陣を叩き、シェイド隊の密集陣形に魔法弾を撃ち込んでいく。

 戦塵を切り裂く白馬の群れに、遠征軍の兵士が相次いで斃れていく。その様を、必死の我慢で見つめる魔王軍の部隊──アングエル隊が、空堀の底にうずくまっていた。


「……拙者が、必ずやヌシらの恨みを晴らす……」


 同胞の死体に囲まれた堀の中で、日頃は寡黙なアングエルが、低く、静かな声で独りごちる。それを見て、第1軍団の兵士たちは覚悟を決める。

 そんな彼らの全身に、神翼騎士団の蹄鉄音が鳴り響く。地面からのダイレクトな振動と轟音が、アングエル隊の精神を容赦なく削り取っていく。

 他方、神翼騎士団はアングエル隊の気配に気が付いていない。


「──……軍団長。もうすぐです……っ」


 斥候のゴブリン兵が、小声で知らせる。


「まだ早い……」


 アングエルはそう答えつつも、腰のベルトに両手を伸ばし、すぐに投擲ができるように準備をしている。巨漢のアングエルは、俊敏な動きが取れない。おまけに、魔法も不得手だ。故に、今回の先制打撃は物理的な飛び道具となる。ゴブリン族の軽装歩兵部隊は、馬脚をも断つ分厚いナイフと、半分に折った短い投槍で武装している。


「──来ますっ」

「……行くぞッ」


 アングエルは、被っていたゴブリン兵士の骸をかなぐり捨てると、まず右手の、続いて左手の手斧を投擲した。鉄片の剛速球は、たった今アングエルの存在を認識したエルフ青年騎兵の頭と、後ろに続くエルフ少女騎兵の脇腹に命中した。これを皮切りに、アングエル隊の奇襲攻撃が始まる。


「──行け行け行け行け行けッ!!」

「「「「ォオオオ~~~~ッ!!!!」」」


 奇襲攻撃は「潜むときは静かに、仕掛けるときは大声で」が鉄則である。戦場を震わせる鬨の声が、神翼騎士団の右側面に駆け巡る。オーク族の兵士たちは、堀の底で見つけた同胞たちの武器を取り、それらをエルフ騎兵に向かってぶん投げる。ゴブリン族の兵士たちは、特攻じみた突撃をかまし、敵騎兵隊の馬を集中的に攻撃する。


「──放て!」

「「「はッ!」」」


 神翼騎士団の反撃が始まる。しかし、彼ら彼女らの魔法攻撃は、アングエル隊に有効打を与えることができない。浅い角度から放たれる魔法弾は、堀に身を隠したオーク兵たちには当たらず、死に物狂いで動き回るゴブリン兵たちにも、なかなか命中しないからだ。


「第2、第3小隊は右へ反転、ゴブリンは踏み潰せ!」

「植物魔法を用意! 堀ごと蔦で呑み込んでしまえ!」

「炎弾は高く打ち上げてください! 真上からの攻撃に切り替えるのです!」


 神翼騎士団の中腹を任されている諸将たちは、切れ目なく、そして的確に指示を飛ばす。混乱を最小限に抑え、主将──アリステリア率いる先鋒部隊の反転攻勢を待つ。


「──近く、この辺りは火の海になります!」

「軍団長ッ! 退避を!!」

「……エルトルトはまだか」


 アングエルは、苛立った声を出す。

その時、にわかに神翼騎士団の隊列が乱れ始める。


「──詠唱中止、近接戦闘の用意!」

「──何が起きている?!」

「──後続の部隊は反転、南門への退路を確保っ!」


 混乱は、敵将が背を向けた前方から伝播しているようだ。狂騒秒読みとなる神翼騎士団に、最後の駄目押しを下すように、魔王軍到来のラッパが鳴った。


「──討て!」

「「「はッ!」」」


 エルトルトに率いられた軽装・重装騎兵部隊3000が、長槍水平構えの体勢で突っ込んできた。エルフ騎兵を次々と突き崩し、薙ぎ倒していく。


「やっとか。……第1軍団の誇りに掛けて、ここで引くわけには行かぬッ!」

「「「ォオ!」」」


 アングエルは空堀をよじ登ると、多数のオーク兵を伴って突撃を開始した。


「──なっ、南門まで撤退せよ!」

「アリステリア様をお守りしろ!」


 神翼騎士団は全軍反転し、目眩ましの魔法弾を乱射しながら後退する。しかし、退路には別の魔王軍が待ち構えていた。


「──森の民の諸君ッ! 遠路はるばる、修羅の舞踏会へようこそ!」


 赤紫色の甲冑騎士──ベリアルが、1000の重装騎兵部隊を率いて南門の前に立ち塞がっていたのだ。ここに、魔王軍の士気は最高潮を見せる。

 アングエルは鋭く雄叫び、同胞を鼓舞する。


「──ベリアル様の御前である。総員、奮起せよ!!!」

「「「ォオオっ!!!」」」


 潰走を始めた神翼騎士団は、進路を二転三転させながら、一騎また一騎と、その戦力を失っていく。元々魔法戦力偏重の神翼騎士団は、鎧や刀槍といった物理的な装備は脆弱であり、オーク兵の腕力や、鬼人族兵士の剣戟を凌ぐことができない。

先鋒のアリステリア隊は、反転したところをエルトルト隊に襲われ、壊滅した。中堅部隊は、アングエル隊の奇襲に耐えきれず崩壊。後続の騎兵は、慌てて南門へ引き返すも、ベリアル隊の待ち伏せを受け殲滅された。


 ラナージ・ポリス城下に、エルフ族兵士たちの悲鳴と断末魔が響き渡る。


 ある青年エルフは白馬を駆り、オーク兵の一団に切り込むと、火焔魔法を唱えて自爆した。ある少女エルフは、ゴブリン兵に陵虐されている同胞を、そのゴブリンごと直剣で貫いた。

 神翼騎士団の残党500騎は、ラナージ・ポリスの市壁を背に、半月陣を展開。胸壁に並ぶイスタニア兵と連携し、最後の抵抗を試みる。アングエル隊は上方にも注意を向けつつ、包囲網を狭めていく。


「──か弱き森の民よ。屈強なる魔王軍の前に平伏せよ!」


 アングエル隊の隊伍を割り、騎乗のエルトルトが現れた。

 彼女は、馬からより力強いグリフォンに乗り換えていた。


「──……あれはっ」

「アリステリア様!」


 エルトルトの随伴騎兵──オーク族の大男は、その隆々たる右肩に、満身創痍のアリステリアを担いでいた。エルトルトの目配せに従い、オークはアリステリアを地面に投げ捨てる。小さく悲鳴を上げた彼女の腹部を、エルトルトはグリフォンの前足で踏み付けた。アリステリアは、喉から鮮血を吹く。


「……命を失うか。処女を失うか。どちらがお好みで?」


 エルトルトは、冷徹な声でアリステリアに問うた。


「しにたぃ……ッ、ウぅっ……ぁ、!!」

「こんなにも血に濡れて、尚も一滴の血に恐れるとは……。さすがはエルフの将」


 エルトルトは、自分が覗き込むような素振りでグリフォンの重心を右に傾かせ、アリステリアの下腹部を押し潰しながら、その苦悶に満ちた顔を鑑賞する。


「この子を、少し可愛がってあげなさい」

「グルルルル……」


 エルトルトはグリフォンの頭を優しく撫でると、もはや戦意を喪失しかけている神翼騎士団を見やった。グリフォンの生臭い舌が、アリステリアの顔を舐め、髪を濡らし、首筋をなぞる度に、神翼騎士団の兵士たちは、次々と武器を放棄する。


「……もう一度告げる。──か弱き森の民よ。屈強なる魔王軍の前に平伏せよ」


 エルトルトの勧告と、アングエル隊の影。そして、アリステリアの羞恥と懇願が入り混じった瞳の前に、神翼騎士団は降伏の道を選んだ。

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