第37話:ラナージ・ポリス攻防戦:騎行


 ***



 鬼人騎士団の咆吼は、イスタニア側の魔道騎兵部隊──神翼騎士団ミスリル・ウィングの団長アリステリアの長い耳にも届いていた。

 アリステリアは、若干150歳を迎えたばかりのエルフ族の戦士であった。長い金髪を一つに束ね、ライトグリーンと深緑を基調にした細身の軍服を纏い、片刃の湾刀を腰に提げている。愛馬の白いユニコーンは、神翼騎士団のシンボルである。


 彼女たちは、イスタニアの遙か東方──クルガチアから派遣された、エルフ族の援軍部隊である。その数は、およそ2000。全軍が、短弓騎兵と魔道騎兵で構成されている。


「アリステリア様。あれは遠征軍の精鋭、鬼人騎士団であると思われます」


 アリステリアに併走する副団長──青年のエルフ戦士が言った。


「はい。……あの赤紫の鎧は、遠征軍の指揮官ベリアルでしょう」


 アリステリアは、腰の湾刀を抜いた。


「皆さん! 鬼人騎士団は精強です。被害を抑え、攻撃を受け流しながら、戦場を旋回。北門に生還することを第一に考えてください!」

「「「はいっ!」」」


 エルフ族の青年兵たちは騎行の速度を緩めることなく、鬼人騎士団の動きを睨みながら、堀の外縁を駆け抜ける。騎射部隊が矢玉を放ち、市壁に取り付いた魔族の兵士を狙撃する。時折、照明魔法や氷弾魔法を放ち、鬼人騎士団を牽制する。


「アリステリア様、敵の騎兵部隊は、尚も追いすがってきます!」

「本作戦の目的は、敵の攻城部隊にプレッシャーを掛けることです。余計な戦闘は避け、最大限の牽制攻撃を放った上で、ラナージ・ポリスに撤退します」


 神翼騎士団の魔道騎兵部隊は、植物魔法を詠唱・展開する。地面に蔦を這わせ、鬼人騎士団の馬脚を絡め取る。鬼人族の騎兵が、何人か落馬した。鬼人騎士団は、騎行を緩めつつ、炎弾を放って蔦を焼き払う。黒い煙と火の手が、彼らの行く手を塞ぐ。


「──報告! 敵は、追撃を諦めたようです」

「ありがとう」


 アリステリアは、ほっと胸をなで下ろした。


「……ところで、アリステリア様」

「何ですか?」


 アリステリアは、青年副団長の横顔を見る。


「あのイスタニアが、我ら『デミ・ヒューム』に援軍を乞うというのは……どうも腑に落ちませんね」

「イスタニアは誇り高き国。それ故に、エルフやホビット、ドアーフとの間にも、少なくない摩擦を抱えています。そんな彼らが、我々に助けを求めてきたのです。こちらにも打算があるとは言え、力を貸さないわけにはいきません」


 アリステリアは、困り眉で微笑んだ。


「……それに、あのタイゼリックという将軍は、これまでのイスタニア軍人とは、少し違います。軍部の面子にも人類の誇りにも、頓着がありません。冒険者でも、亜人でも、利用できる者は何でも利用する。非常にリアリスティックな将軍だと、私は思います」

「ま、そういう人ほど早死になんですけどね……」


 青年副団長はぼやいた。


「こら。滅多なことを言うものではありませんよ」

「すいません。……」


 アリステリアの行く手に、ラナージ・ポリスの北門が見えてきた。

 胸壁のイスタニア兵が門下に伝令兵を送り、両開きの城門が開く。


 神翼騎士団は、ラナージ・ポリスの中央広場まで駆け抜けた。

 アリステリアは諸将たちを集めると、彼ら彼女らに向き直る。


「似たような攻撃を、あと2,3回は行ないます。相手の士気が尽きるまで、戦い抜きましょう」

「「「はい!」」」



***



 神翼騎士団がラナージ・ポリスに戻った頃。

 鬼人騎士団は、エルフ族が這わした蔓を焼き払い、そして、それを鎮火し終えたところだった。


「思っていた以上に、小賢しい連中だったな」


 ベリアルは呟いた。


「次に出てきたときは、必ず仕留めましょう」


 アークフィートが言った。


「ああ。……」

「……将軍?」


 歯切れの悪いベリアルを見て、アークフィートは首を傾げた。

 ベリアルは、唸るように溜息をつく。


「あの外見。……人間ではなかったな」

「はい。魔力の気配から見て、恐らく、エルフ族であると思われます」


「外部勢力の介入が、既に始まっている。戦争が長引けば、ドアーフやホビット、それ以外の種族たちが、イスタニア側に加勢しかねない」

「……中には、こちら側に付く勢力もいるのでは? エルフ族とドアーフ族は仲が悪いと聞きます」


「まぁ、対極を読むのは魔王サマの仕事だ。……現場の俺たちが、どうこうできる話じゃない。俺たちにできることは、さっさとこの戦争を終わらせて、これ以上の関係者を増やさないことだ」

「そのためには、ラナージ・ポリスを一刻も早く攻略する必要があります」


「ぁあ。……」


 アングエル隊とシェイド隊。どちらに加勢したものか。と、ベリアルが思案しているところに、アングエル隊から一騎の部将──エルトルトが駆けてきた。


「ベリアル様」

「損害報告か」


「それもありますが……。わたくしに一つ、策があります」

「ほぅ。どのような策か」


「今し方、ラナージ・ポリスから打って出てきたエルフの軍勢。あれらを排除する作戦です」

「排除?」


「はい。この劣勢気味の戦況を活かし、あの世間知らずどもが再び打って出てきたところを、罠に掛けるのです」

「これ以上、大規模な土木工事に人員と資源を割く余力はないぞ」


「その辺りについては、ご安心を」


 エルトルトは、不敵に微笑んだ。


「……」


 むざむざ、今の同胞たちを死なせることはない。

 そう思い、ベリアルは一抹の不安を呑み込んだ。

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