第60話:終戦
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──イスタニア遠征から2ヶ月後の、中秋の真昼。
サタンティノープルにそびえる魔王城の玉間にて。
褐色の少年魔王ディアボロスは思案に更けていた。
彼の手は、一枚の羊皮紙を摘まんでいる。
彼の傍らには、エルトルトが控えている。
「──アイテトラって女の子。知ってる?」
「イスタニア民兵団の首魁でございますか」
「そ。……この娘がなかなか執念深くてね。淫魔と夢魔を介したイスタニア貴族の懐柔工作も、ことごとく失敗だ。親衛隊が付け入る隙もない」
魔王は溜息混じりに、親衛隊からの報告書を指先で燃やす。
そして、卓上に放置された別の紙を取る。
「そぅ言えば。ベリアルとアークフィートちゃんの処遇についてなんだけどさ」
「はい」
「第3機動軍と2個辺境軍はそのまま据え置きってことで。文書作っておいて」
「宜しいのですか?」
エルトルトは問うた。
魔王は、玉座の背もたれに体重をかける。
「経験豊富な将兵を一カ所に集めておくのは色んな意味で感心しないけど、新婚の仲を裂いてまで開く戦線もないからね。……変な動きがあったら、君が知らせれば良いだけの話しだし」
「……畏まりました」
魔王は、ベリアルとアークフィートから送りつけられてきた証書を陽にかざす。
「アークフィートちゃん、実家と縁切ったんだね。新しい名前はアークフィート・アルベリアル。か」
魔王は、苦笑気味に微笑む。
「……魔界最強の戦女神と、魔王軍の創設者。二人をセットで釣り上げた僕としては、感慨深い話だね」
魔王は、二人の婚姻証書に承知の蝋印を押す。
「──願わくば、初めての共同作業がクーデターでないことを。……なんて。ね」
***
──同日。エジーダン地方。
魔王軍の練兵キャンプにて。
「──これより、魔王軍第3機動軍団長ベリアル・アルベリアル将軍より、訓辞を賜ります。……総員、敬礼!」
「「「──っ!」」」
黒い魔道甲冑に身を包んだアークフィートが、新兵5000人を一喝する。
新兵たちは緊張の面持ちで、胸甲を小手鎧で打つ。
練兵場正面の大台に、赤紫色の鎧を着た、鉄仮面の武人ベリアルが現れる。
仮面の彼は新兵の隊伍を睥睨するなり、口を開く。
「──エジーダンと煉獄海の平和と繁栄は、一重に魔王軍の実力に掛かっている。諸君が一日も早く精強な兵士となり、全ての友に称賛され、全ての敵に畏怖される存在となることを期待する」
「「「──はいっ!!」」」
訓辞を終え、ベリアルはアークフィートを一瞥する。
「……本日の練兵教官は、テンプター将軍とアングエル将軍です。せいぜい生きて宿舎に帰ってきてください」
「「「はい! ……?」」」
ざわつく新兵たちを尻目に、ベリアルとアークフィートは練兵場から退出する。
2人と入れ替わるように、完全武装のテンプターとアングエルが、強面の下士官数十人を引き連れ入場する。
軍庁舎への帰り道。
アークフィートは、ちらりと後ろを振り返る。
「今日って、例の砂漠を歩き回る訓練ですか?」
「そうだ。基礎訓練を受けたばかりの新兵には、ちょうど良いだろう」
「あれは、そういう次元の演習ではないと思いますよ?」
「三日間のお試しコースみたいなものだ。モノとユニが上空から見張っているし、問題ない」
「何だか、懐かしいですね」
「魔王軍ができる前の話か」
「はぃ」
「そうだな。……」
ベリアルは鉄仮面を取る。
アークフィートは、ちらりと彼の横顔を見る。
「……、アルベリ」
「何だ」
「これからも、一緒、です」
「ぁあ」
***
──この半月後。魔王軍親衛隊はイスタニア半島から完全撤退し、戦線を縮小。プロキス島に後退した。
魔王ディアボロス・アサグ・アーリマンは魔界の内外に対し、向こう10年間の勢力不拡大方針を宣言。
魔王と新イスタニア王マルキウスの間には、和平交渉の開始を確認する覚え書きが交わされた。
これを以て、イスタニア戦争は終結した。
ベリアルの戦記 ~魔王軍の誇りに懸けて、勇者の召喚を断固阻止せよ~ 七海けい @kk-rabi
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