第10話:拷問生活:転機


 アークフィートは、1日2回──昼下がりと就寝前に、アルベリの元を訪れる。

 その度に、彼女はアルベリを痛めつける。


 あるときは、何かを叫びながら。

 あるときは、涙を浮かべながら。


 指サックをきつく締め上げたり、鉄ごてを肌に焼き付けたり、爪を剥がしたり、蛇や蜘蛛を体に這わしたり……。幼子ゆえの残虐性を、アークフィートは遺憾なく発揮した。


 たまにやりすぎて、アルベリが大声で苦悶したり、逆にぐったりしたりすれば、アークフィートは酷く動揺した。そんなとき、彼女は必死になって、彼の体に治癒魔法を唱えた。


 極端に屈折し、果てしなく鬱屈した負の感情を、アークフィートはアルベリに、ぶつけ続けた。





「……イタィ?」


 ある日のこと。

 アークフィートは訊いた。両手には、鞭と蝋燭が握られている。

 アルベリの体は、火傷と蝋が埋まった切り傷で満身創痍である。


「痛えよ。何度も言っただろうが」

「……」


 申し訳なさそうに立っている彼女を見て、アルベリは嘆息する。


 実を言うと、身体的なダメージは、そこまで重篤なものではない。

 1日1回。彼女は御丁寧に、アルベリの体を治癒してくれるのだ。

 筋力の低下と貧血、栄養失調は否めないが、瀕死の重傷ではない。


「コメ……、ヤサイ。モット、ヤキトリ……た?」

「ごめんなさい。ちょっと、やりすぎた。……か」


 アークフィートは、コクリと頷いた。


 彼の記憶が確かなら、こんな日常が、かれこれ1ヶ月は続いている。


 暴力と暴力の間は、離れ家に隣接した犬小屋に押し込められている。

 食事は1日2回。アークフィートが、水筒とパンを放り込んでいく。

 手洗は1日3回まで。出したものは、ペットのキメラが食っていく。

この間は拘束を解かれるが、体格の良い下男に常時監視されている。


 離れ家に移るときは、単眼鬼人族の少女2人に、魔法を掛けられる。

 朦朧とした意識が晴れる頃には、離れの壁に四肢を固定されている。


 髭剃りや散髪、風呂はない。これに関しては、軍隊生活と大差ない。




 とは言え。

 心理的な負担を考えると、いい加減、展望を開きたいところである。


 アルベリは小窓を見た。今は夜中らしい。ミミズクの声も聞こえる。


「…………なぁ、アークフィート」

「……?」


「なんで、おれを、むちで、うつ」

「……?」


「さすがに伝わらないか……」


 アルベリが首を捻っている間に、アークフィートは、あの分厚い魔道書を卓上で開いた。治癒魔法の時間には、少し早い。背中を向けているため、表情も窺えない。


「また、新しいか……?」


 アルベリが用心していると、アークフィートはクルリと振り返る。

 彼女はアルベリの前に立ち、何かの呪文を詠唱した。一呼吸置いてから、彼女は神妙な面持ちで、口を開いた。


「……。──アルベリ、さん」


 アークフィートの言葉が、アルベリの脳内で、人語に翻訳された。

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