第45話:ロムルス・ポリス攻防戦:天変


 ──9月27日。


 ロムルス・ポリス上空に、巨大な円形魔法陣が展開した。時折、七色に変色するそれは、神秘性と禍々しさを併せ持ち、暁光とも終末とも言える不思議なオーラを放っている。


 遠征軍の本営を、第6軍団長テンプターの副官にしてシャーマン長のアンブラが訪れた。片手には、楡枝の長杖を携えている。


「──しょ、将軍っ。その、重大な報告があります!」


 薄桃色のローブを纏った一角鬼人族の少女兵アンブラは、緊張気味に声を張る。


「あの、空中現象に関わることか?」


 ベリアルは問うた。

彼は鎖帷子に鉄仮面という身なりで、席に着き、卓上にロムルス・ポリスとその周辺の地図を広げ、その上にチェスの駒を配置している。

 彼の傍らには、軽武装のアークフィートが控えている。


「はい」

「……」


 ベリアルは、味方の白駒を指先で持て余す。


「アークフィート。エルトルトを呼んでくれ」

「了解です」


「…………」


 天幕に、ベリアルとアンブラが二人きり。アンブラは、ごくりと唾を呑む。


「……アンブラ」

「はいっ!」


「そんなに緊張するか?」

「いえ……」


「俺が、人間だからか?」

「そんなっ、まさか! ……将軍は、その、人間だけど人間じゃないって言うか、人間離れしてるって言うか……、その……」


「俺はどこからどう見ても人間だ。……それに、人間離れしていると言えるほどの武力や魔力や知謀を持ち合わせてはいない」

「そういう話ではなくてですね……ぇっと」


 アンブラは、何度かキョロキョロした後、ベリアルを真っ直ぐに見つめる。


「ある時、第6軍団の中で、将軍が人間であることを理由に、反乱や暴動を煽った輩がいて、テンプター様は、そいつらにこう言ったんです。──将軍は人間だけど人類じゃない。だから、大丈夫なんだって」

「深いような、そうでもないような。微妙な金言が、いかにもテンプターらしい」


 ベリアルは苦笑した。

 本営に、エルトルトを連れ立ったアークフィートが戻ってくる。


「ベリアル様。お呼びですか?」

「アンブラから、何か知らせがあるようだ」


 ベリアルは、アンブラを視線で促す。


「はいっ。……ロムルス・ポリス上空に出現した巨大な魔法陣は、『召還の儀』に関わるものであると見て間違いありません。空間収斂型の魔法式は、周囲の空間をより合わせ、ヒダ状の多元円筒型ゲートを展開します。はみ出した次元の隙間から、外側の世界にコネクト。目星の『勇者』を見つけ次第、襞を解いて呼び出します。あの巨大な天空魔法陣は、検索用に使っていた襞を拡幅し、召還用のゲートに編み換えるための追加魔法であると思われます」


「……エルトルト。俺に分かるように、今の説明を翻訳してくれ」


「かなりテクニカルな内容でしたから、ベリアル様が考慮に入れるべき情報は特にありません。……それよりも、アンブラ殿。召還の儀は、あと何日で完遂されるのですか?」

「空間の収斂は術者の能力に問わず、空間におけるエーテルの密度に依存します。観測データに全幅の信頼を置くのであれば、術式は保って1週間。多少のリスクを取ってでも、召還の儀を強行するはずです」


「なるほど。……ベリアル様」

「何だ」


「イスタニアの巫女は、召還の儀を着実に進めております。忌まわしき『勇者』の召還まで、残り一週間もありません」

「……あまり、悠長なことはしていられないな」


「はい」

「アンブラ。重大な情報提供、真に大儀であった。高く評価する」


「ぁ、ありがたき御言葉です」


「アークフィート。諸将を呼べ。ロムルス・ポリス攻略に向けて、軍議を開く」

「はい」


「それから、エルトルト」

「何でしょう?」


「魔王に連絡を取れ。勇者召喚を阻止した後、イスタニアの南半分をどう処分するのか。その判断は、俺の手には余る」

「畏まりました」

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