第46話:ロムルス・ポリス攻囲戦:難攻


 ──9月の28日から3日間。

 魔王軍による猛攻は、ロムルス・ポリスの城壁を絶え間なく揺らし続けた。


 しかし。

 魔王軍による猛攻が、ロムルス・ポリスの城壁を突き破ることはなかった。

 カッシノーネの丘と、ラナージ・ポリス。二つの戦闘で少なくない犠牲を払ってきた魔王軍の勢いは、確実に衰微していた。二連勝の経験と、ついに敵国の首都を捉えたという高揚感のみが、軍全体の士気を押し上げている状態だ。

 その士気も、敵の女王が広げた強大な「霊威」を仰ぐ状態で、いつまで続くかは分からない。巨漢の猛将アングエル率いる第1軍団と、女傑テンプター率いる第6軍団が、それぞれ3000余りの兵力を以て壁外に展開し、その間に、シェイド隊3500が堀を埋め、市壁を打ち破るという作戦も、イスタニア王国軍に読まれている節がある。

 鬼人騎士団8000及びクルート隊3000は、前面に立つ同胞を援護しつつ、魔道歩兵、魔道騎兵による遠隔攻撃を実施。ロムルス・ポリスの胸壁を叩き、敵の士気を挫こうと奮闘している。しかし、イスタニア王国軍はこの期に及んで屈強であり、矢玉による反撃を緩めるような気配はない。

 三日間が、ほぼ無為のままに、経過していった。



 10月2日。早朝。ロムルス・ポリスの北郊。魔王軍の本営にて。

 金属甲冑に青紫のマントを着けた部将──クルートが、ベリアルの元を訪れる。


「──ベリアル司令」

「クルートか。……定例の報告以外で来訪とは、珍しいな」


 ベリアルは鉄仮面を外した状態で、魔王から授かりし大剣の手入れをしていた。

 アークフィートは隣接の天幕で休息中。エルトルトは最前線の見張りに当たっており、幕内はベリアルとクルートの二人きりとなる。


「司令。我ら第5軍団は、ロムルス・ポリス攻略のため、この命を投げ出すつもりであります」

「堅苦しい言い回しだな。……本題は何だ」


 ベリアルは、磨き上げた剣を鞘に収める。


「本日は、我が隊3000人を先鋒といて用いていただきたいのです」

「クルート。お前の部隊は、カッシノーネの丘で片翼を支え、ラナージ・ポリスの戦いでは威力偵察の任務を全うした。その損耗も、決して浅くはない」


「既にこの3日。先陣を務めるアングエル・テンプター両部隊の疲労は、かなりの域に達しているはずです」

「それは、同意する……」


 ベリアルは、大剣を腰に提げる。


「……一応、シェイド隊から光明とも取れる報告があった。市壁の一部に、土台が緩くなっている箇所を見つけたらしい。遠距離攻撃で足下から崩しつつ、倒壊したところに切り込む……という要領で、これを突破したい」

「是非とも、その斬り込み役を我が隊に」


「エルトルトが親衛隊経由で入手した見取り図があるとは言え、要塞化された敵の首都に突撃を行なうのは、並みの武勇で務まる行いではない。部下を奮い立たせるのは、容易ではないだろう」

「その心配はございません」


 クルートは、マントの裏に隠していた紙筒を見せる。彼は紐を解き、ベリアルに文面を見せる。


「それは……」

「私の遺言状です。──『私が討ち死にした場合、その遺産は、第6軍団の諸兵とその家族に分配される』。……私の覚悟を示すと同時に、部下をカネで釣る。一石二鳥だと思いませんか?」


「……」


 ベリアルは、答えに詰まった。


「司令からも、証人として血判をいただきたく存じます。……一介の部将が無断で麾下の部隊に私費を払うのは、総大将のメンツを潰しかねない蛮行です。ゆえに、許可をいただきたいのです」

「そこまでする理由は何だ」


 ベリアルは、右手の籠手を外した。手袋を取り、指先を剥き出しにする。


「……魔界への忠誠か。イスタニアへの敵意か。それとも、武人としての誇りか」

「私に、そんな大層な考えはありません。──身を滅ぼす覚悟を持たずして、どうして戦場に立つことができようか。富豪の実家に生まれ、何不自由ない一生を保障されたはずの私が、冷やかし以外の目的で、武人として生きるための信念を、私は体現したいのです」


「……漠然とした実家への反抗と、茫漠とした戦場への好奇心が、巡り拗れて戦の鬼を呼び出したか」


 ベリアルは、親指の皮を噛み切った。細く、鮮血が飛ぶ。

 その痛みは、ベリアルの心にも棘を刺した。


「……貴官の申し出を承認する。奮起せよ」

「はっ」


 ベリアルはクルートの遺言状に血判を押す。

 クルートが立ち去った後。ベリアルは一人、本営に残る。


(……持て余した怒りと、後ろめたい愛着は、戦の亡霊をどこに連れて行くのか)


 陣営に、雄鶏の鳴き声が響いた。


「そろそろか。……」


 ベリアルは、鉄仮面を装着する。


「……」


 ベリアルは一人沈黙し、アークフィートの起床を待った。

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