ベリアルの戦記 ~魔王軍の誇りに懸けて、勇者の召喚を断固阻止せよ~

七海けい

イスタニア戦記

プロローグ

第1話:将軍と女王


 ──魔界暦535年10月21日。

 人類国家イスタニア王国の首都──ロムルス・ポリス。

 剣戟と断末魔に満ちた大神殿の中枢──召喚の間にて。


 赤紫の鎧を着た男と、白服の女王が向かい合っている。

 天井に描かれた有翼の聖母が、二人を見下ろしている。

 女王の背後に控える祭壇には、黄金色を放つ幾何学魔法陣が複雑に展開し、門や柱を幻出させている。が現れるに相応しい、荘厳な空気を纏っている。


「……間もなく、勇者様が現れます」


 女王──エルマナは言った。彼女は、金糸織の高位神官服を纏っている。

 その金髪や袖口は、幻影の門から吹き出す魔力の威風にたなびいている。

 彼女は、どこか遠くを見るような瞳で、男の方を見る。


「儀式を今すぐ中断しろ。……然もなくば、斬り捨てる」


 魔王軍の将──ベリアルは言った。

 彼は、魔王より与えられた赤紫の鎧で身を固めている。

 その頬には、返り血を拭った跡が生々しく残っている。


「私に、儀式をやめるつもりはありません。これは、私の存在意義ですから。……ですが、私を殺せば、儀式は中断されます」

「……繰り返す。儀式を、今すぐ中断しろ」


 ベリアルは、語気を強めて勧告した。

 女王は、首を横に振る。


「貴方は……人間ですね」


 エルマナは、薄く微笑んだ。


「そうだ」


ベリアルは、腰の鞘から長剣を抜き放つ。


「貴方は、魔族に寝返ったのですか?」

「……そうだ」


 ベリアルは、女王に向かって一歩を踏み出す。


「貴方は、人類を見捨てたのですか?」

「……それは、……違う」


 がしゃり。と、具足が鳴る音が、女王に迫る。


「貴方は、私を救いに来たのですか?」

「救い……?」


 一振りの間合いに入ると、ベリアルは立ち止まった。

 虚ろな瞳で微笑む女王に、死を恐れる素振りはない。


「違うのですか?」

「お前を救うのは、俺の仕事じゃない」


 ベリアルは、女王の背後にそびえ立つ、光の幻影を一瞥する。光りの風は五彩を帯び、勢いを増している。もはや、一刻の猶予もない。


「……であれば、貴方はその御劔を、如何なる目的のために振るうのですか?」

「それは、……」


 ベリアルは、長剣を高く振り上げた。




「この戦争を……終わらせるためだ」
















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