第34話:カッシノーネの丘の会戦:決着


***


 ──同刻。

 跨がる軍馬や巨鳥にまで装甲を着せた重装騎兵5000騎と、攻撃魔法と馬術の両方に秀でた魔道騎兵1000騎で構成されたアークフィート麾下の精鋭部隊は、猛然とした勢いでイスタニア王国軍の本営に迫っていた。途中からは、魔道騎兵に命じて敢えて土煙を立てさせた。爆発魔法をカラ撃ちし、砂埃を巻き上げる。敵を動揺させ、あわよくば、敵前線部隊の反転を誘うための策である。


「──報告! 敵の歩兵部隊、見えました!」


 最先鋒を行く斥候部隊から、報告が届いた。現在地は、敵陣のど真ん中。左手の遠方に冒険者部隊を睨みつつ、正面に敵の中核部隊を、右手の前方には敵の本営を見据えている。

 アークフィートは蹄の音に負けないよう、声を張って指示を出す。


「蹄の音、魔法の音、金属が叩き合う音っ、とにかく音を出してください! 密集陣形を敷いた歩兵は、その大盾と鎧、兜によって視界を大幅に制限されています。こちらの音が大きいほど、敵の恐怖は跳ね上がります。結果、敵の士気は下がり、歩兵の陣形は瓦解します。そこに、勝機があります!」

「「「了解!」」」


 アークフィートは、イスタニア王国軍の歩兵部隊を視認した。金縁の赤い大盾を構え、亀甲陣形を敷いている。高い訓練度を必要とする、臨戦陣形である。数百の兵士が一塊となり、同じような陣形が、マス目状に並んでいる。

 アークフィートは、腰の魔剣を引き抜いた。黒光りする剣身を正面に突き出し、彼女は号令を掛ける。


「魔法攻撃!!」


 アークフィートの後方から、山なりの炎弾や光弾が飛ぶ。騎行に先んじて、敵の頭上に落下。亀甲陣形に付与された結界魔法を貫通し、いくつかの歩兵部隊を粉砕する。


「突撃!!」

「「「ぉおお!」」」


 アークフィートを先頭に、長剣、長槍、大斧、戟戈などで武装した重装騎兵部隊が、イスタニア王国軍の戦列を切り裂いた。


 ──落ち着け! ──狼狽えるな! ……といったイスタニア諸将の掛け声は、イスタニア兵の悲鳴と魔族兵士の怒号によって掻き消される。アークフィートは、イスタニア兵の首を撫で切りにし、追いすがろうとする歩兵の喉仏を、馬脚で蹴り飛ばす。時折、魔剣に火炎魔法を這わせ、敵重装歩兵の分厚い甲冑を焼き溶かし、肉ごと切断する。傷口が瞬時に焼き固められ、病原菌が入らないぶん、慈悲があるとも言える。

 アークフィートは、イスタニア王国軍の亀甲陣形を10個ほど潰したところで、くるりと馬首を返す。彼女は眼を細め、背後に迫る非友軍の土煙を確認する。


「敵の援軍に警戒!」


 反転を敵に悟られないよう、アークフィート隊は去り際に、魔法弾を目一杯撃ち込んでから転進する。アークフィートの行く手に、敵の騎兵部隊が現れた。


「重装騎兵は前面に立ち、魔道騎兵を防護。ロングレンジ攻撃を中心に、この場を死守! 反転攻勢に転じたテンプター部隊と合同で、敵右翼を包囲殲滅します! 斥候兵は同士討ちに警戒! 観測兵は、魔道騎兵の砲撃をサポート!」

「「「はっ!」」」


 アークフィートは魔剣を振るい、血糊の筋で地面を濡らす。敵の重装騎兵を睨み付け、息を吐く。


「──敵の第一陣、およそ1000。来ます!」


 味方の斥候兵が馬上から叫んだ。

 アークフィートは、魔剣を頭上に高く掲げる。


「魔法攻撃、用意! ……放て!」


***


 ──同刻。アングエル率いる遠征軍第1軍団。その前線地帯にて。


「アングエル。調子はどうだ」

「ベリアル将軍。……ついさっき、敵の圧力が弱まったところでござる」


 馬上のベリアルは、分厚い手斧を肩に担いだアングエルに声を掛ける。

 巨漢のアングエルは、胸の鎧を真っ赤な血糊で濡らしている。軍靴にも、赤黒いシミが付いている。第1軍団の主力はオーク族の重装歩兵4000であり、若干の魔道歩兵と短弓騎兵が、それの側面支援に当たっている。

 オーク族の兵士たちは現在、イスタニア兵の前進が止まったのを見て、魔道歩兵による治療を受けている。


「短弓騎兵500と俺の軽装騎兵を以て、イスタニア王国軍の戦列に穴を開ける。アングエル。その手斧を一発お見舞いしろ」

「御意」


 アングエルは厳戒態勢の重装歩兵戦列から一歩踏み出すと、イスタニア王国軍の大盾部隊を睨み据えた。巨体を大きく捻り、手斧を投擲する。鉄塊の一撃は回転を交えながら、低い放物線軌道で敵の大盾部隊を粉砕する。イスタニア兵が3人ほど昏倒し、その左右に、陣形の乱れが生じる。


「……我に続け!!」

「「「ベリアル将軍に続け!」」」


 抜刀したベリアルを先頭に、軽装騎兵2000と短弓騎兵500が、正面からの騎馬突撃を敢行した。投槍と矢玉を繰り出しながら、敵の歩兵戦列を粉砕する。


「──ベリアル様っ」

「……エルトルトか」


 ベリアルは、追いかけてくる巨鳥騎兵に目を留める。官服に白色のローブという身なり──エルトルトである。彼女はアングエルの副将である傍ら、テンプターやベリアルとの連絡役も務めている。


「テンプター殿より、ベリアル様へ。第6軍団。反転攻勢を開始しました」

「敵の中央はむさ苦しい歩兵部隊が密集している。彼らは身動きが取れないまま、我らの餌食となるであろう。右翼と中央が瓦解すれば、左翼と本隊は自ずと退く。この戦、我々の勝利だ。……──ッ」


 ベリアルは、イスタニア兵が放った矢を斬り捨てた。

 エルトルトが、即座に炎弾で反撃する。イスタニアの弓兵は逃げ切れず、火達磨になった。

 ベリアルは馬の脚を緩め、洗浄を見渡した。個人技ではベリアルに勝るであろう鬼人騎士団の戦士たちが、イスタニア兵を圧倒し、蹂躙している。


「……時に、エルトルト」

「何でございましょう?」


「お前は、何故なにゆえに人間を恨む。魔族である以上、それが自明だからか?」

「わたくしは……臆病者なのです」


 エルトルトは、右手の五指に、それぞれ小さな炎弾をチャージする。


「わたくしはアークフィート殿とは違い、人間に個人的な遺恨があるわけではありません。……わたくしの親族や友人には、山ほどいますが」

「──死ねえッ!!」


 エルトルトは、必死の形相で特攻を仕掛けてくるイスタニア兵の顔面に、炎弾を撃ち込む。イスタニア兵の首が飛び、胴体はもんどりを打って斃れる。首があったところには、鬼火か蝋燭のように、ちりちりと赤い炎が揺らめく。


「……身の回りから、人間族や亜人族にまつわる怪談めいた恐怖談を聞くうちに、わたくしは、だんだんと臆病な鬼人に育ちました」


 エルトルトは、次の炎弾を五指にチャージする。


「ベリアル様が怒りに引きずられたように、わたくしは恐怖に背中を押され、この戦争に従事しています」

「……」


 ベリアルは、仮面の裏で押し黙る。


「……では。あの子は何に導かれ、戦場を駆けているのでしょう?」

「……」


 ベリアルは、右手前方に目を凝らした。イスタニア兵の槍ぶすまが、為す術なく薙ぎ払われた。最期の悲鳴を上げるイスタニア兵を馬脚で踏み付けながら、一騎の少女兵が姿を見せる。


「将軍。報告です。敵右翼は壊滅。イスタニア王国軍の本営は、既にもぬけの殻。左翼部隊を殿軍として、退却を開始した模様です」


 土埃と血糊で汚れたアークフィートの顔には、凜々しくもあどけない、達成感と疲労感が混ざり合ったような、複雑な色が浮かんでいる。


 ベリアルは、短く息を吐いた。


「気を抜くな。これより、掃討戦に移行する。一兵でも多くの敵兵を討ち、戦争を早期の内に終結させる。良いな」

「はい」

「仰せのままに」



 一刻後。

 カッシノーネの丘は、イスタニア兵の骸と、イスタニア王国軍の踏み付けられた軍旗で覆い尽くされた。イスタニア王国軍側の死者は推定で1万人。特に、退路を塞がれた右翼と、圧殺された重装歩兵に損害が集中した。

 一方の遠征軍も、3千人の死傷者を数えた。そのうちの半数は、テンプター隊の兵士たちであった。

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