第40話:第3軍団の余興

 ──ラナージ・ポリスの南門。その外側にて。


「シェイド。ラナージ・ポリス攻略に続き、骸の収容、ご苦労であった」

「穴掘りは工兵隊が一番早ぇっすから……。敵とは言え、早く埋めてあげた方が、あいつらも浮かばれるでしょう」


 シェイドは、かつて空堀があった辺りを見る。

 ラナージ・ポリスを囲っていた堀は、シェイド隊によって深く堀り直された後、イスタニア兵の骸を埋めた上で、平らにならされていた。

 遠征軍の兵士は、別個に集団墓地をこしらえて埋葬した。種族によって、戦友がツノや牙を預かり、兵站任務を行なうセイゴル隊の手によって、魔界本国へと送り届けられる。


 焚火に照らされたシェイドの傍らには、三輪台車に括り付けられた横倒しの樽が置いてある。大きさは、ベリアルの腰丈ほどだ。二輪の後ろからは、尻尾のようなレバーが飛び出している。


「……シェイド。これは?」

「新作の武器です。名付けて『爆発魔法再現装置』っす!」


「ほぅ。……それは、つまり……文字通りの代物なのか?」

「へいっ。車輪の駆動には、大型弩の装填に使うゼンマイを転用しています。樽の中には、植物兵器の暴走を抑えるために使っていたナフサと硫黄、木片、それに、メリエント地方で取れた瀝青を混ぜて作った『火の薬』を満載しています。威力は中級火焔魔法並み。レバーを倒せば勝手に走る自走兵器なんで、敵の魔法や矢玉が届かない安全な位置から使うことができる……はずっす」


「これが……そんなに便利な武器なのか……?」


 ベリアルは、樽形兵器を見ながら首を傾げる。


「せっかくなんで、将軍の目の前で実演しますよ。こっから200歩のところに、厚さ60センチのレンガ壁を作っておきました。今からこいつを使って、その壁を破壊します」

「面白い。早速やってみるが良い」


 シェイド指揮の下、薄暗がりの城下に新型兵器お披露目の舞台が整えられた。

 ラナージ・ポリスの胸壁にも、休憩中の兵士たちが集まってきている。


「……時に。シェイド」

「何でしょ?」


「お前が持つ工兵としての才能は、平和な時代でも役に立つ。都市の開発、鉱山の採掘、河川の治水……。それ以外にも、お前のスキルを求める業界は多いだろう」

「どうですかねぇ……」


 シェイドは、樽形兵器の最終メンテナンスに取り掛かっている。二輪と補助輪を結ぶフレームの強度を確かめたり、車輪の向きを調節したりしている。


「あっしは、自分に魔法の才能がないと知ってから、必死で手に職を付けようと、あっちこっちの工房や土建屋の世話になりました。……飽きっぽい性分のせいで、どこも長続きしませんでしたけどね。まぁ、でも、御陰で世渡りが上手くなって、知人の紹介で魔王軍に入隊して、広く浅く学んだテクニックが活かせる天職にありつけて、……あっしは幸せですよ」

「そうか。……」


 ベリアルは、それ以上何も言わなかった。


 シェイドは、最終メンテナンスを終えると、樽形兵器をセットし、レバーに手を掛ける。


「……じゃ、行きますよ」

「ぁあ」


 シェイドがレバーを倒すと、後ろの二輪が激しく駆動し、樽形兵器は疾走を開始した。投げられた円盤ほどのスピードで、200歩先のレンガ壁に向かって突進していく。


「ふむ。……爆弾以外のものを運ぶのにも使えそうだな」

「そうっすねぇ。ハンドルとブレーキを付ければ、馬やワイヴァーンに準じる高速移動手段になるかもしれないですね」


 その時、樽形兵器が傾くように跳ねた。車輪が小石を踏んだらしい。樽形兵器は向きを変え、Uターンしながら、ベリアルたちの方へと向かってくる。


「ぉい、シェイド。これは大丈夫なのか?」

「いや……。実は、ヤバいかもですね……」


 樽形兵器は、ぐんぐんとベリアルたちに迫ってくる。

「火の薬」を満載した樽が、台車の上でガタガタと揺れている。樽と台車を束ねている荒縄は、所々が千切れ掛かっている。


「逃げた方が良いよな……?」

「へいっ、……!」


 ベリアルとシェイドが逃げ出してから、10秒後。焚火の中に、樽形兵器が突っ込んだ。焚火の炎は、予想通り樽形兵器に引火。樽は轟音と火花を散らしながら、豪快に吹き飛んだ。

 ラナージ・ポリス城下に、大量の火の粉と煤、そして木片が散る。


「威力は完璧……」


 シェイドは、小声で呟いた。


「……、シェイド」


 ベリアルは、ドスが利いた声でシェイドを振り向かせる。


「ぃや、将軍! ほら、……あれですよ、ぇえと……。と、とある魔界の風習で、死者を慰めるために爆炎魔法を放つ儀式がありまして……」


「仮設の本営まで来てもらう。徹夜で反省文を書け」

「ぅっす。……」


 ***


 ──その日の深夜。


「──バカですか! アルベリはバカですか! 変な実験に立ち会って死にかけるとか、司令官としてバカですか!」

「落ち着けアークフィート……。心配を掛けて済まなかった……」


 仮設の本営──ラナージ・ポリスの市庁舎から、アークフィートの怒号が響いてくる。


「心配なんてもんじゃないですよっ!! ラナージ・ポリスの生き残りが変なことやったんじゃないかって、エルトルトさんまで呼び出して……ッ」

「本当に悪かった。……戦場以外で、二度と危険な真似はしない」


「戦場でもダメです! 何のために私たち部将がいるんですか!」

「……」


 夜が明けるまで、アークフィートの説教は続いたという。

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