第27話:「世界の理を食い破る者」
──魔界の諺にいわく。
『嵐の前には静寂がある一方で、風雲は急に告げるものである』
***
──535年7月。
カイロサンドリアに建つ第3機動軍総司令部の司令室を、エルトルトが訪れた。
「ディアボロス様より、緊急の密書です」
ベリアルは、エルトルトから一巻きの髪を受け取った。封を解き、紙面を見る。
「【──イスタニア王国の首都、ロムルス・ポリスにて。過去最大規模の魔力異常を確認】……?」
ベリアルは首を傾げた。
「……いい加減、勉強しなくてはと思ってはいるが。……、魔法のことはさっぱり分からん。解説を頼みたい」
「恐らく、最後まで目を通していただいた方が宜しいかと」
エルトルトは促した。
ベリアルは言われた通り、続きを読む。理解を補うため、所々を読み上げる。
「魔力異常は、ハチリア島に駐留する魔王親衛隊のシャーマン部隊が確認したものであり、その詳細な原因は不明。……ロムルス・ポリスの大神殿で、何かの儀式が行なわれていると推測される。類似した魔力異常の記録が、帝政ロムルスの末期に見受けられる。それより古い時代にも、多数散見される。……それらの記録によると、魔力異常の正体は……?」
ベリアルは再び首を傾げる。
「……『勇者の召還』……?」
「今から、およそ800年の昔。ここ、カイロサンドリアを建設し、遙か東方への大遠征を行なった征服王マグヌス・アレクサンドロス。共和制ロムルスに終止符を打ち、皇帝を名乗ったカエサリオン。帝政ロムルスを倒し、イスタニア王国を打ち立てた傭兵王オドアケル。彼らは皆、チート族と呼ばれる民族集団の出身であり、遙か北方に起源を持つ蛮族の末裔であると考えられています」
エルトルトの説明を受け、ベリアルは怪訝な目付きをする。
「噂程度には聞いたことがある。……だが、俺の知る限り、そういう話は与太話の域を出なかった。アレクサンドロスもオドアケルも、同じ、ただの人間であったと人類は理解している」
「人間ですよ。どちらも。……ただし、勇者と呼ばれる者たちは、何かが根本から間違っているのです」
エルトルトは、語気を強めた。
「間違っている……?」
「一夜にして2つの待ちを滅ぼした者。魔法の箱船により、森羅万象の裁きを生き延びた者。行く手を阻む海を切り裂いた者。多頭の竜を操り、幾多の国を滅ぼした者。心臓を貫かれてもなお、息を吹き返した者。……『勇者』や『チート族の民』と呼ばれる者たちに共通するものは、ただ一つ。人並み外れた神通力を有しているということです。その力があまりに強すぎることから、古い魔族の文献では『世界の理を食い破る者』や『大量破壊兵器』という言い回しで登場します」
「なるほど。……で。そんなスーパーマンが現れたときに、その魔力異常っていうのも、一緒に確認されたのか?」
「はい。魔王に仕える武人であれば、この事態を看過することは許されません」
「……なら、俺にどうしろと?」
ベリアルは、わざととぼけて見せた。
──何か引っ掛かる。ベリアルは、そう思っていた。
「こちらに、ディアボロス様から託された勅書がございます」
ベリアルは、エルトルトから魔王の勅書を受け取る。
封蝋を解き、紙面を流し見てから、彼は一笑に付す。
「【──第3機動軍の総司令官ベリアルに命じる。魔王軍の誇りに懸けて、勇者の召喚を断固阻止せよ】……か」
「既に第6、第9辺境軍には勅書の写しを送りました。1ヶ月以内に遠征の用意を完了させ、一刻も早く、イスタニア王国へ出兵するべきと存じます」
迫るエルトルトを前に、ベリアルは息を吐いた。
「……魔王の勅書には、勇者の召喚を阻止せよと書いてあるだけだ。遠征の可否は保留する」
ベリアルは威圧するような声で言った。
彼は、今現在、目の前のエルトルトと、サタンティノープルにいる魔王の両方に試されていることを理解していた。
(──エルトルトは、明らかに、俺に対して好意的な感情を持っていない。魔王の側近たる自分と、魔王に贔屓にされている俺の力関係を探っている)
(──魔王は魔王で、随分とふざけた密書と勅書を送ってくる。……イスタニアを攻めろと言いたいなら、素直にそう命じれば良いものを。俺がどう出るか、見極めようとしている)
(──さて。何が正しい道なのか……)
ベリアルは、この手の嗅覚に自信があるわけではなかった。むしろ、全く自信がなかった。かつて、イスタニア王国の軍部を相手に、何もできないまま、一方的に翻弄され、最終的に、道を誤ってしまった苦い過去が蘇る。
「ベリアル様。ことは急を要します。今すぐに、ご決断を」
エルトルトは、頑なに決断を迫った。
「……ハチリア島には、親衛隊の他に、テンプターの第9辺境軍も駐留している。あそこには、アンブラというシャーマンが率いる魔道歩兵中隊がある。そいつらに確認を取らせてから、俺は判断を下す」
ベリアルは密書と勅書を巻き直すと、鍵付き引き出しに放り込んだ。
「……了解しました。確認の使いは、ベリアル様が最も信頼を置く者に任せるべきでしょう。わたくしは3日ほど、個室に控えております」
「……」
ベリアルはエルトルトを下げさせると、アークフィートとアングエルを呼んだ。
「──ベリアル将軍。お呼びですか」
アークフィートは問うた。
アークフィートとアングエルは、すぐに甲冑を着られるよう、厚手の帷子を着用している。
「アークフィート。お前にはこれから、第9辺境軍の司令部に行ってもらう」
「ハチリア島の……テンプター軍団長のところですか?」
「そうだ。今日の夜、補給の船に乗ってハチリア島に渡れ。テンプターと、彼女の部下であるアンブラに、この書状を見せろ」
「はい」
ベリアルは、魔力異常に関する再確認の書状を、アークフィートに渡した。
「次に、アングエル。……近く、大規模な戦争が起こる可能性が高い。武器や馬の手入れは、入念にしておけ」
「御意」
***
──3日後。
ハチリア島から、アークフィートが戻って来た。
アークフィートは司令室に入ると、テンプターからの返書をベリアルに渡した。
ベリアルは封を解き、丸文字で書かれた紙面に目を通す。末尾の印は、アンブラとの連判になっていた。
「【天に穴が空くは忌み日の前兆なり】……魔力異常は事実、と見るべきか……」
テンプターからの返答は、魔王の密書を追認する内容だった。加えて、『勇者』の危険性について、大げさとも言えるような説明が加えられていた。
(──1度の戦いで20万人の魔族を殺戮した。見る者を岩石に変えた。煉獄海を泳いで横断した。……逸話と神話が入り乱れているような、そんな感じがする)
ベリアルは、もう少し客観的な情報を求めた。
「アークフィート。魔力異常以外について、テンプターたちは、イスタニア本土の不審な動きをキャッチしていなかったか?」
「イスタニア本土に近づいたクラーケンは、片っ端から沈められているようです。イスタニアは、軍隊と冒険者を総動員して、海岸線を守っています。夢魔族の報告では、住民の疎開が始まっているようです」
「ハチリア島を奪還しようという動きは?」
「……そのような気配は、今のところ見当たりません。専守防衛という感じです」
「らしくないな……」
国内の粛清に努め、魔族に対しては情け容赦のない虐殺を敢行した、あの潔癖なイスタニア王国の軍部が、立て続けの失地を回復しようともせず、ただひたすらに本土を墨守している。……何か、裏がある。そう、ベリアルの直感は言っていた。
(──万が一、勇者というケチ違いの個人的戦闘力を持つ人物が実在するとして、それが、今まさに呼び出されようとしているのなら……確実に阻むべきであろう)
(──その驚異的な力は、力のバランスを崩し、勢力の均衡を難しくする。不測の事態を誘発する危険分子になる。……その存在を確かめるという意味でも、交渉を前提にハチリア島へ赴くべきか)
(──魔力異常の件を放置しておけば、部下の動揺は大きくなるばかりであろう。魔王も、そのうちしびれを切らす。俺が思っているよりも、時間的猶予は少ない)
魔王は、船旅を我慢してでも、ハチリア島に行くことを決意した。
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