第58話:ラナージ・ポリス攻防戦:突破


***


 ──ラナージ・ポリス南郊。

 ゲルガニア軍の斥候が、地平線にワイヴァーンの影を見る。


「──南方より魔王軍襲来ッ!」

「──魔道大隊、配置に付け!」


 ゲルガニア軍4000は、陣地構築任務に当たる1000の友軍を護衛すべく、騎兵と魔道兵士を並べ戦列を組む。


「魔王軍め。空が永遠に貴様らの庭だと思うなよ」

「魔道部隊の恐ろしさを、見せつけてくれようぞ」


 戦列の後ろ50歩の位置に詰めるゲルガニアの参謀たちは、口々に言い合った。

ゲルガニア軍は、魔王軍の空中戦力に対抗する術を用意していたのだ。


「──対空砲火、用意!」


 現場指揮官の号令に合わせ、ゲルガニア魔道歩兵1000が楡の杖を掲げ持つ。

彼らは皆、投石弾雨を粉砕し、ワイヴァーンを撃墜するための遠距離攻撃魔法を習得している。


「──参謀長! ワイヴァーンの後方に土煙を確認!」


 斥候騎兵が叫んだ。

しかし、ゲルガニアの現場指揮官は動揺しない。


「騎兵は両翼と正面を固め、地上軍の接近を許すな!」

「「「はっ!」」」


 ゲルガニア騎兵は胸甲を小手で打ち鳴らし、サーベルを携え僅かに前進する。


「──ワイヴァーン、来ますっ!」

「──面制圧火焔弾、一斉投射!」


 ゲルガニア魔道部隊から、無数の炎弾が上空前方へ打ち上がる。

対して、ワイヴァーン部隊は、軽い身のこなしで急上昇。飛竜の群れは悠々たる軌道で炎弾の射程を外れ、ゲルガニア迎撃部隊の上空を旋回する。


「あの動き……。どうやらワイヴァーンの奴ら、投石を提げていないようですね」

「ならば、ただの偵察か。すると本命は……」


 ゲルガニアの参謀たちが首を捻る中、ゲルガニアの前衛から、爆発音が轟いた。

 同時に、ゲルガニア騎兵の悲鳴と馬の嘶きが聞こえる。


「何事かッ!」

「敵の地上軍から、強大な魔法攻撃!」


 参謀の問いに、観測兵が叫ぶ。


「山なりの魔法なら、騎兵の足で避けられたはず……。直線軌道攻撃か?」

「はいっ。攻撃は、正面部隊に集中。両翼と魔道部隊に損害はありません」


「なら、地上軍の前衛は魔道部隊だッ! 両翼の騎兵隊を最前線に押し上げろ! 敵に隊列を変える暇を与えるな!」

「はっ!」


 ゲルガニア参謀部に控える軍楽隊が、突撃ラッパを吹き鳴らす。それに合わせ、最前線の騎兵部隊が高速進軍を開始する手筈になっている。


「魔道部隊は壊滅した騎兵部隊の治癒に当たれ。第2次攻撃隊を編制し、地上軍を粉砕……」

「──報告ッ! 敵の騎兵部隊っ、一直線に本営を目指しております!」


 悲報と同時に、天幕の骨子が地鳴りで音を立て、軋み始める。

 参謀たちに、露骨な動揺が広がり始める。


「て、撤退……!」

「馬鹿かッ! 今すぐ騎兵を呼び戻して……」

「工兵隊を呼び戻せ! 本陣を死守し、騎兵隊と合わせて敵を包囲するのだッ!」


「──報告! 中核の魔道部隊、敵の騎兵と接触!」

「──ワイヴァーン部隊が、急降下していますッ!」


 狂騒に陥るゲルガニア司令部は、程なくして魔王遠征軍第2軍団共同団長モノが率いるグリフォン騎兵部隊によって蹴破られた。


「──第2軍団は前進あるのみっ! 残敵はアークフィート様に任せろぉっ!」

「「「「はッ!」」」


「魔族がッ……」

「総員抜刀ッ!」


 ゲルガニア軍の参謀と将校は、有翼鷲面の四足獣グリフォンに跨がる鬼人騎兵に挑み掛かる。

 鬼人騎兵が首級を7つ挙げるのに、時間は要らなかった。作戦机は蹴り倒され、天幕は切り裂かれ、諸将の椅子は砕け散り、血に濡れた。

 ゲルガニア軍人を踏み潰し、はね飛ばしたグリフォンの羽毛は、すっかり血色に塗れていた。単眼鬼人のモノは、純鉄の棍棒を片手にゲルガニア将校の頭を潰す。


 ゲルガニア将兵の首を下げ、六腑に塗れた本営を離れたモノに、空中のユニから念力通信が届いた。


『──周辺のイスタニア軍に動きナシ。次の目標は、ゲルガニアの工兵部隊。既に異変には気付いていて、かなりの混乱状態』

「オーケー。……このまま、ラナージ・ポリスまで突っ走るぞ!」

「「「「ォオ!」」」


 ゲルガニア本営の壊滅は、南に1000歩の地点に展開する、鬼人騎士団からも確認できた。アークフィート隊はゲルガニア騎兵の左翼1000を壊滅させ、残る右翼の敵に狙いを定めていた。


「アークフィート様。ゲルガニア騎兵が後退していきます」

「モノが追いつかれるより先に、撃滅する」


「了解」

「……」


 アークフィートは、定期的に空を見上げる。

 ゲルガニア陣地の上空を飛び回るワイヴァーンから、緑色の発煙が確認された。これは、──イスタニアに動きナシ。の合図である。鬼人騎士団からモノ、そしてラナージ・ポリスのラインを分断すべく、城市の東西に展開するイスタニア軍が、大挙して回り込んでくるかも知れない。ユニ率いる軽装ワイヴァーン部隊の目は、本作戦の命綱である。


 アークフィートは鬼人騎士7000を率い、前進を開始する。

 脱走兵も目立ち始めていたゲルガニア騎兵は、すぐにアークフィート隊によって捕捉された。本営を目前にして、ゲルガニア騎兵隊は全滅。アークフィート隊は、モノ隊の最後尾を目視で確認する。


「しかし、空中戦力と地上戦力の連携が、ここまで上手くいくとは……。さすが、ここまで訓練に徹していただけのことはありますね」


 アークフィートの副官が言った。彼は、昨晩からベリアルの鎧をずっと着続けている。


「将軍が考えた試験戦術。通称、「電撃戦」。空中戦力の精密な観測と、魔法を中核とする地上戦力の集中砲火。加えて、騎兵の破壊力を活かした敵陣突破。最後に、戦局を決定づけるための大型地上戦力を投入。状況の把握と突破、追撃を、明確に分担した作戦。モノは敵陣の深くに切り込むだけで、敵軍の壊滅は、後続たる鬼人騎士団の仕事」


 アークフィートは魔剣を振るい、血糊を飛ばす。この魔剣も相当に人血を吸い、一級の品に育っている。


「実際、モノ様の進軍速度は常軌を逸しておりますからね」

「敵の観測能力を落とし、司令部を叩くには速度が必要。これを大規模化すれば、野戦における正面突破の意義が変わる」


「小賢しい陣地の配列よりも、連携力と突破力の戦いになる。と?」

「将軍が育てた、魔王軍らしい戦い方」


 アークフィートは微笑すると、少数の近従と共に馬を進め、モノ隊の先鋒部隊と合流。ユニ隊と鬼人騎士団の周辺警戒の元、ラナージ・ポリスの南門を開放した。


「──鬼人騎士団、及び第2軍団。此度の活躍、真に大儀であった」


 血糊がベッタリと付いた布服に、ぼろ切れ同然と成り果てた鎖帷子を引っ掛けたベリアルが、アングエルやテンプターを伴って現れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る