第56話:第2次ラナージ・ポリス攻防戦:炸裂


 炸裂したは、敵味方双方の動きを止めた。


 炸裂弾の直撃を受けた人間兵士は、夜陰に六腑をぶちまけていた。中には、巻き添えを食った魔族兵士もいる。その他、不意打ちを食らった人間兵士は木片を顔に受け、爛れた顔で右や左を向いている。


「何事!?」


 敵の女司令官は、後退しつつ、状況の把握に努める。


「アンブラ嬢ちゃん!」

「はいぃっ!!」


 魔王軍の方が、先に明確な動きを見せる。シェイド率いる巨鳥騎兵隊の中には、アンブラ率いるの魔道部隊も混ざっていた。彼女たちは軽火力の炎弾を手早く乱射し、地に伏した上官の周りから、敵兵を撃退する。周辺に立ち籠める煙と刺激臭に咳き込みつつ、テンプターを回収。素早い動きで戦線から距離を取る。魔族騎兵は追いすがる少数の人間騎兵を切り倒し、ラナージ・ポリス城門前に撤退した。


「……シェイド、あれは何だ」

「ラナージの武器庫に、古い発石車が何台かあって……、それぞれ一発くらいなら撃てそうだったんで、いつぞや作った樽爆弾の残りモノを飛ばしたんですよ」


 シェイドは、併走するアンブラを見る。


「慌ただしい出陣だったのが気になって、胸壁から見ていたんです。そうしたら、遠方に敵の影がチラッと見えて……」


 アンブラの巨鳥は、満身創痍のテンプターを背中に括り付けた馬を引いている。命懸けで助けたわりには、粗末な扱いである。


「テンプター様。無茶も大概にしてください」

「はぅ……」


 仰向けのテンプターは、シュンと縮こまる。


「彼女を伴ったのは、我の采配だ。今回の被害は、敵の強さではなく、我の油断が招いたもの。……責任は、全て我にある」


 ベリアルは、重い動きで馬から下りた。


「──ゆえに、奮起を求めているのです」


 ラナージ・ポリスの門前に、護衛を連れたエルトルトが現れた。


「エルトルトか。……城内の様子は、どうなっている?」

「既に、全軍が守城戦の配置についております。倍の敵軍が攻めてきても、3日は持ちこたえるでしょう」


 3日。それは、決して長くはない時間である。


「鬼人騎士団と予備戦力は、明日の昼頃にも到着する。ある程度の余裕を持って、撤退できるはずだ」

「あの様子ですと、イスタニアの本隊は既に近傍まで忍び寄っているようですが」


「だから、ある程度の余裕と言ったのだ。ゲルガニアの先兵は、アークフィートが何とかしてくれるだろう。鬼人騎士団と予備戦力と合わされば、それなりの破壊力になる。イスタニアが多少の包囲網を構築したところで、形勢は暗転しない」


 ベリアルたち遠征軍幹部は、ラナージ・ポリス城内に入っていた。


***


 ──同刻。夜風が抜けるラナージ・ポリス南郊にて。


「──総督! 敵の騎兵に、分離する動きあり」

「ふん。背後に回り込むつもりか」


 スタンハット率いるゲルガニア騎兵隊2000は、重大な思い違いをしたまま、アークフィート隊を追跡する。後方には、本隊である重装騎兵3000、軽装騎兵5000が続く。


「ゲルガニアの中堅は分厚い。ちょっとやそっとの側面攻撃で破れはせぬよ。このまま突っ切──」

「ぐはァっ!!」


 スタンハットの副官は、血しぶきを上げて背面から転がり落ちた。


「なっ! ……と、止まれぇ!!」


 スタンハットは、慌てて手綱を引き戻す。

 彼の眼前に、一斉に照明魔法が焚かれた。


「──我が名はアークフィート! 魔王軍第3軍団、鬼人騎士団の団長である!」


 黒甲冑の少女将軍は、少々演技がかった前口上を唱えながら現れる。彼女の右手には、斬撃波を放った直後の魔剣が握られている。


「ほぅ。貴様がベリアルの片腕、アークフィートか! 確かに子供とは聞いていたが、かような幼子だったとはな!」

「……。何となくコボルト王に似ている」


「何だ? 声が小さくて聞こえないぞ!」


 スタンハットは、剣を抜いて威嚇する。


「何でもない……。それより。お前に一つ、種明かしがある!」


 アークフィートは、赤紫色の鎧を着た騎馬武者に視線を送る。

 スタンハットは、にやりと笑う。


「これはこれは、ベリアル様! 魔王軍の総大将ともあろう御方が、直接その姿を私の前に見せるとは! 私の名前も世に知れたものですなぁ!」

「実は、お前の名前は知らない。と言うか、興味ない」


 アークフィートは、半ば無自覚に挑発する。


「我が名はスタンハット! アドリア総督にして、ゲルガニア屈指の猛将である」

「やっぱり、コボルト王に似てる……」


 アークフィートは呟きつつ、赤紫色の鎧を着た人物に目配せする。

 赤紫色の鎧を着た人物は、その鉄仮面を取り去った。


「ふん。噂の通り、ベリアルの正体は人間…………?」


 スタンハットの目は、「ベリアル」の頭に生える二本の角を捉える。人間にあるまじき容姿に、スタンハットはギョッとする。


「ベリアルは、人間ではないのか……?」

「ベリアルは人間。彼はベリアルではない。それだけの話」


 アークフィートは、淡々と語る。

 次いで、スタンハットの遙か後方から剣戟が響いてくる。


「何が起きている!?」

「敵襲です!」


「お前たちは、我々の総数を見誤っている。初めから、我々の別動隊がお前たちの後方に張り付いていた」

「……、──! 総員、円陣防御!!」


 スタンハットは、諸兵に指示を出す。


「もう遅い」


 アークフィートは重装騎兵部隊を前面に押し出し、スタンハット隊との間合いを詰める。駄目押しと言わんがばかりに、スタンハット隊の右翼から後方を、別動の魔王軍騎兵が取り囲む。無数の炎点が、スタンハットの三方を覆い尽くした。


「捕虜を取る暇はない。……殲滅せよ!」


 アークフィートの号令に合わせ、鬼人騎士団の長槍がスタンハット隊を串刺しにする。鬼人騎士団は無理な突撃をせず、ジリジリと包囲を狭め、ゲルガニア騎兵を残らず蹂躙した。半刻が過ぎた頃には、スタンハット戦死と、敵先鋒部隊の全滅、敵後方部隊の壊滅が、伝令兵によって確認された。


「──アークフィート様!」

「何?」


 警戒範囲の最外殻から、斥候が帰ってくる。


「ラナージ・ポリス北郊に、イスタニア軍が出現! その数、1万以上!」

「討ち漏らしたゲルガニア騎兵と合わせれば、2万に手が届く規模。……」


 アークフィートは、ふぅーっ、と息を吐く。


「一刻も早く予備戦力と合流し、ラナージ・ポリスに籠城する友軍を援護。撤退を支援することが、我々の目的。警戒を最大級に強めつつ、慎重に南下する」

「「「はっ!」」」

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