第8話:兵士と妻子


***



 大法廷の裁判官に対し、アルベリは、一切を包み隠すことなく答えた。

 アルベリは、肝心の二人が犯した罪について、何も聞いていなかった。


『──……では、汝に最後の質問だ』

『はぃ』


『──汝はサビヌスを擁護するか?』

『それは、……』


『──大将軍カッシウスを謀殺し、摂政ルキアヌスの殺害を企てた大罪人を、汝は庇うのか?』

『……!? そんなっ、……謀殺? 親父が、大将軍と摂政を!?』


 アルベリはこの時、初めて父の罪状を知った。

 立ち尽くしたアルベリを見て、裁判官たちはひそひそ話を始めた。


『──ふぅむ。どうやら彼は、初めて奴らの陰謀を知ったようだな』

『──拷問官の証言通り、親子の間に共謀はないと言うことか……』

『──しかし、彼も不憫な息子だな。……ところで、お歴々は知っておられるか?王女の腹には、サビヌスの子供が宿っていたらしいぞ。昨日、拷問官の取り調べで明らかになったのだ』

『──それはまことか!?』

『──だとすれば、サビヌスは極めて野心的な男だと言えるぞ……』

『──まさか、彼奴は外戚になることを目論んでいたと言うのか!』

『──ぃや。案外できた方が先だったりしてな……』


 裁判官たちは、審理そっちのけで雑談にほうける。


『……俺は、……っ!』


 アルベリは、裁判長に向かって口を開いた。

 裁判官全員の視線が、アルベリに集中した。


『……俺はっ、父サビヌスを、擁護しません』


 アルベリは、背筋が凍る思いだった。


((──自分が口走ったことの重みを、……自分は分かっているのか……?))


 しかし、自問も虚しく、彼の口はそこまでも身勝手に動いた。


『……かような大罪人には、極刑こそ相応しいと存じますっ!』

『──その旨。汝の本意としてサビヌスに伝える。宜しいか?』


『はぃっ、……』


 アルベリの凍てついた心を、粉々に砕き割るように、結審の木槌が鳴った。


『──此度の審理を通じ、汝の潔白は証明された。しかし、身内から謀反人が出たからには、イスタニア法典の軍事規律にある通り、近衛師団に留まることは許されない。汝は一般の歩兵士官として、今後もイスタニアの栄光と人類の繁栄のため、粉骨砕身することを命ずる』



***



 ──アルベリが、大法院の証言台を後にした翌日。

 サビヌスには死罪が言い渡され、即日執行された。


 ──その10日後。

 王女エウリケは、熱病で獄死した。と官報が出た。


 ──同日。

 無罪放免となったアルベリは、亡き父から遺産を相続した。といっても、相続を許されたのは土地と家くらいであった。残りの財産は国庫に納められた。


 王女エウリケに仕えていた者たちにも、それ相応の処分が下された。サビヌスの部下たちも、裁きを免れなかった。合わせて200人余りが処刑された。


 エウリケの影武者を務めていたメッサリナは、あくまで職務に忠実であっただけであり、翻意を抱いて主人助けたわけではなかったと見なされ、王都追放の処分で済まされた。


 職を失ったメッサリナは、途方に暮れた。彼女は6才の時に、王都の孤児院から連れ出され、エウリケの身代わりとして育てられた。彼女は、主人と見紛うほどの教養を身に着けていたが、ひとたび王都を離れれば、身寄りもなく、世間知らずな流民と変わりなかった。


 アルベリは一か八か、メッサリナを捜索した。そして、奇跡的に見つけ出した。

アルベリは思い切って、自分の故郷を紹介した。そうしたら、彼女は涙を流して喜んでくれた。

 アルベリは、父や母と親しかった故郷の知り合いたちに頼み込み、メッサリナの居場所を何とか確保した。

 アルベリは休暇の度に故郷へ帰り、メッサリナを気遣った。


 2年ほど経って、アルベリとメッサリナの間には娘ができた。娘はメッサリナに似て、見目麗しい、柔らかな女の子だった。

 彼女はアイテトラと名付けられた。これは、アルベリの姉テトラと、母アイラにちなんだ名前だった。

 アルベリは、早世だった二人の名を取ることを躊躇った。しかし、メッサリナの強い要望を受け、彼は折れた。メッサリナいわく、夫の家族に、自分たちの子供を見守って欲しかったのだそうだ。


 アイテトラは、すくすくと成長した。少々やんちゃが過ぎるほどに、朗らかで、闊達で、明るい、元気な子に育った。


 アルベリは、故郷に思いを馳せた。

 思い出す記憶は、存外微妙なものばかりだった。


 メッサリナの酷い手料理の数々。いい加減、少しは上達して欲しいものである。

 アイテトラの笑い声。中身は父親に似たのか、彼女はウサギを飼うことよりも、ウサギを狩ることに夢中になっている。手に馴染んだ棒切れを見つければ、拾ってそれを振り回し、親の背後から襲い掛かってくる。これが、結構痛いのだ。


「そぅ、結構痛い……ッ、……──?」


 アルベリの体に、鋭い痛みが走った。

 どうやら、──いい加減起きろ。と、肉体が心を呼んでいるようだった。

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