第38話 見ていられません



 榊原先輩の怪我が脚だけだったと安心したつもりだった。僕はそう思ったつもりだった。けれど


「坂井くんどうしたの? 」


「坂井さんどうされました? 」


 と風間先輩、榊原先輩ふたりからそう声がかけられる。え? 僕がなにかした?


「ひどく震えているんだけど……」


 風間先輩が心配そうに僕にそう伝えてきた。震えてる? それを聞いた僕は手を見てみると確かに僕は震えていた。その上、手のひらには汗をひどくかいていた。


 ふたりが心配そうに見守る中僕は考える。思考の方は問題なさそうだ。怪我……ああ、事故か。僕も事故で怪我したんだっけと思い出す。記憶がなくとも事故を覚えてる? 怪我を怖がっている? でも殴られようと蹴られようとなんてことはなかったんだが。精神的には問題なくても体が覚えている? はぁ……そういう事かもしれないな。困ったもんだ。


 僕は僕なりの考えを頭の中でまとめると心配しているふたりに


「ごめん。どうも事故の怪我を僕の体が覚えているみたい。怪我を見て勝手に震えているんじゃないかと思う。精神的になにかあるわけじゃないんだけどね。気にしなくても大丈夫。すぐ収まると思うから」


 そう言ってみるが、ふたりは心配そうな顔をしたまま僕を見守ってくれていた。




 しばらくすると僕の身体の震えが次第に収まっていく。はははっなんだよ。僕もなんだかんだ言って怖がりみたいだね。そんな震えの収まりを待つ中、僕は今後どうするかを考える。


 それにしてもどうしようか。本音、もう榊原先輩を巻き込みたくない。そう考えると……するしかないよな。あいつが居るわけだし。もう何もさせたくない。


 さっさと終わらせなきゃ。


 はははっ僕も学校に復帰した時と比べて周りに気を使うようになったなあ。まあ、周りといってもこのふたりに対してだけだけれどね。それでも周りなんてどうでもいいなんて思ってた頃とは大違い。


 これもこのふたりが側に居てくれたからなんだろうな。


 でも……


 


「榊原先輩」


 僕は身体の震えが収まるのを見て榊原先輩に声をかける。


「はい。なんでしょうか? 」


 きょとんとした顔をして返事をしてくれた榊原先輩へ僕は告げる。


「申し訳ないんですが、もう僕から離れてください。家族と揉めたり怪我をしたりするのを僕はもう。それに弟さんです。僕が側にいれば、今後もこのようなことが起こるかもしれません。ふぅ……弟さんとは早急に決着もつけます。だからもう何もしなくていいです。家族と仲良くしてください。親御さんも我が子がいじめなんてそんな簡単に信じませんよ。大事なんですから。うちの母親も僕が事故にあってから少し変わってしまいました。僕を極度に心配するようになって。まあ僕のせいなんで仕方ないんですが。だから僕に構わず家族の事を考えてください。うん、僕はあなたを


 僕はそう言うと返事も待たず、立ち上がると部屋から出ていこうとする。話を聞いていたふたりはいきなりこんな事を言いだした僕にびっくりしたのだろう。唖然とした表情をしていた。けれど僕が立ち去ろうとするのを見た榊原先輩は我に返り


「え? 私、側に居ちゃだめなんですか? ? 」


 と動けない身体でも前のめりになって僕の背中に言葉をかけてくる。


「ええ。ごめんなさい」


 そう言って僕は榊原先輩に振り向かないまま部屋から出ていった。




 僕は待合室まで行くとソファへと腰を下ろす。ああ……多分泣かせちゃったんだろうなあと思うけれど、もう榊原先輩に被害を与えたくないんだよ。付き合ってもない男のせいで榊原先輩が傷つくのはお門違い。ひとりで決めちゃって……勝手だけどごめん。

 

 そんな事を考えていると、いつの間にか目の前に風間先輩が立っていた。そして


「はぁ……榊原先輩泣いてたわよ。「一緒に居てもいいって言ったのに」って。でもいいの? こんな形で振っちゃって」


 と僕にそう尋ねてきた。


「はははっ風間先輩にさっきの事で文句でも言われると思っていたよ。うん。こればかりは……弟が関係あるからと言っても僕のせいで怪我までさせちゃったんだよ。家族との仲まで悪くさせちゃった。それに榊原弟が榊原先輩の近くには居るからね。家族だから。またなにかあったら僕は嫌だよ」


 僕は風間先輩に考えていたことをそのまま伝える。そんな僕に


「ふふふっ分かるわよ。榊原先輩を突き放したのが相手を思っての事くらい。心配だもんね。だから……か。でも榊原先輩は違う意味にとったかもしれないわね」


 風間先輩は心配そうにそう言ってくる。うん、僕の気持ちとは違う意味で取られただろうなあとは思う。でもそれでいいんじゃないかなって。そのほうが僕と縁が切りやすいと思う。


「でも坂井くんも変わったわよね。出会った頃は周りなんて関係ないって感じで行動していたのに」


 風間先輩は僕と出会った頃を思い出したのかそんな事を言ってきた。それに僕は


「はっきり言うけど周りなんて関係ないってのは多分変わっていないと思うよ。ただ、ふたりに関してはそう思わなくなった……ってことかな? 」


 と隠すこともなく素直に答えると


「え? ふたりって私も入ってるよね? ふふふ」


 なんて変な笑いをした後、直ぐに真剣な顔に戻り


「でも本当にいいの? そう思っているならそんなに無理に突き放さなくても……」


 風間先輩は再度そう確認してくるけれど


「ううん。これでいいんだよ」


 と僕は天井を見上げながら風間先輩にそう告げたのだった。


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