第50話 唯一だった人



 家に帰ると玄関へとすぐに現れる人。それは僕の母親。


「おかえり、今日は何もなかった? 」


 こうやっていつも僕の心配をして待っている人。帰ってくればすぐに気になって尋ねてくる人。僕が記憶を失って唯一心配してくれる人。

 父親も居るじゃないかと思えるけれど父親は最初は心配していたようだけれど、今になって思うと何を心配していたのかよくわからないと感じてしまう。僕の心配というより世間体? の方を心配していたのかもなんて思ってしまう。

 普段あまり会うことがないのもそんな考えに拍車をかけているのかもしれない。おまけに仕事人間な父親だから家にあまり居ることがない。

 けれど母親はそんな父親のことを僕にあまり話さない。両親の間では会話はしているのだろうけれど。


 まあ、僕には父親がよくわからない……そういうことだ。


「何もなかったよ。というより今日はちょっと話があるんだ」


 僕はもういじめがなくなったことを説明しようとそう母親に伝えたのだが、改まって話があると僕が言うものだから、母親は少し困惑しているような感じだった。


「はははっ大丈夫だよ。良い知らせだから」


 僕がそう言うと母親は少し緊張した顔を緩ませて


「ふふふっそうなのね。わかったわ。ならリビングに行きましょうか? 」


 そう言ってふたりリビングに向かうのだった。




 それからリビングでふたり向かい合い座った後、僕は今までのことを説明した。名前だけは隠して。

 それを聞きながら母親はあれこれ表情を変えながら僕の話を言い返すこともなく聞いていた。名前は隠して説明しているが、実際母親も話の中で主犯榊原に対してはなにか思うことがあると思う。けれどもう仲直りをして、更にこれから一緒のグループで過ごすことを伝えると母親はなにか言いたそうにしながらも僕の決定に口を出そうとはしなかった。


 


「まあ、昔の僕がなぜあんなことをしたのか……それにつながる原因が何かはわかんないけれどね。ただ、これから今の僕が学校生活を送ることに対して問題はなくなったよ。母さん」


 僕はそう最後に伝え話を終えると、話を聞くだけで疲れた様子になっていた母親は


「はぁ……繁も変わったんだなあ。いじめ相手と仲良く? 私ならできないわ。でもあなたが決めたなら私は何も言わないわ。ただ、あなたがもうあんな事をしないで済むのなら。もうあんな思いは私嫌だわ。でももう……大丈夫なのね。よかったわ」


 母親は僕が事故にあったことを思い出したのだろう、そんな事を僕に言いながらも良かったとそう僕に言ってくれた。


 今まで最初の頃以外は詳細に説明していなかった僕。説明しようにも途中の状態を説明しても仕方ないと言うか困らせるだけだと思っていた。けれど、毎日心配していたんだろう母親に申し訳なく感じてしまった。


「今までごめんね。たいして説明していなかったから。でも中途半端な説明じゃ駄目かなって思ってたんだ」


 だから僕は思わずそう母親に告げていた。その言葉を聞いた母親は今までの疲れた顔から優しい母親の笑みを浮かべ


「いいのよ。なによりも繁が無事なら、幸せなら私はそれで良いんだから」


 そう僕に告げたのだった。




 記憶をなくしてから唯一無二の僕の味方だった人。母親。

 これで大事な人の心配も解決できたのかなと母親の笑みを見ながら僕も笑みを浮かべていた。そんな僕を見て母親は


「なんだか繁が家で笑ったの久しぶりに見たかもしれないわね。ああ、本当に良かったわ」


 と静かに呟くのだった。

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