第58話 優しい母親とぎこちなかった父親



 家に帰るといつもどおり玄関へと母親はやってきた。ただ今までの言葉は無くなって。そして今日の母親の顔は不安の色が出ている……そんな気がした。


「おかえり。ふふふっもう心配はいらないのよね」


 けれどそんなことを表に出さないそんな言葉で僕に声をかけてくれた。


「うん。もう何も心配いらないから。ただ、今日も話があるんだけど」


 僕は母親にそう言うと母親は少しビクンッとしたようだったけれど


「うん、わかったわ。今日もリビングでいい? 」


 母親は僕が首肯するのを見てリビングへと向かうのだった。そして僕も……




 前回と同じようにふたり座ると僕はすぐに話を開始した。


「昨日ね。母さんがアルバムの横で寝ているのを見て……泣いた跡があったのを見たよ。母さん、ズバリ聞くけど昔の僕が良かった? どう思ってる? 」


 僕はいろいろと回りくどい言い方をせずズバリと聞いてみた。けれどそれを聞いた母さんはなぜかキョトンとした顔をして


「えっと……昔の僕ってなにかしら? 確かに泣いたわ。そして申し訳ないと思ってる。でもそれは繁がなくしたいなんて思っていないことだったはずの記憶のことで泣いてしまったからよ。たまたまアルバムを見つけてね。眺めていたら私はその写真の当時のことを覚えているけれど繁は忘れてしまったんだって思ってね。その頃の思い出を持っているのは私だけなのね……って思ったら涙が出てきてしまって。だから記憶喪失になりたくてなったわけじゃない繁に申し訳なくて……ちょっと不安になっていたわ。ただ……ね。繁が言う昔の僕っていうのはわからないのよね。昔も今も繁は繁。何も変わらないわ。記憶をなくそうとも……私の可愛い息子よ? 」


 と母親は一気に事を話してくれた。


 母親は昔の思い出を覚えているのが自分だけになって寂しい気持ちで泣いていたんだと僕は理解した。昔の僕と今の僕が違うからと泣いていたわけじゃなかったんだって理解した。母親は記憶を失う前と後で区別していたわけじゃないってことを理解した。


「……ごめんね。それだけは僕もどうしようもなくて。本当に申し訳ないけれど」


 ただ、記憶がないことはどうしようもなく思わず母親に謝っていた。


「ううん。仕方がないじゃない。それにあの後……なくした分これからまた思い出を作ろうって思ったから。これからも付き合ってくれる? 家族の思い出を作る作業を」


 そんな僕に母親はこれからまた作ろうと僕に声をかけてくれた。そんな優しい母親に僕は


「うん。これから……つくりたいね。僕もほしいから」


 と笑って母親にそう伝えるのだった。僕の心も落ち着きを取り戻しながら。もう悩む必要がないと思いながら。


 そして僕は僕なんだと感じながら。




 そんな事を考えながら笑っている僕に母親は


「父さんも本当はあなたといろんな思い出つくりたいはずなんだけれど……」


 と父親の話を持ってきた。うん? ほとんど話もしなかった父親。本当は僕と関係を持ちたかった? 僕がキョトンとした顔をして母親の話を聞いていると


「あのね。今だから言うけれど繁とお父さん。以前揉めてね。繁が父さんを避けていたのよ。記憶をなくして覚えていないかもしれないけれど……それで父さん、今になってもあなたに声をかけるのをためらっているのよ」


と続けて母親は言葉を紡ぐ。そしてその言葉で僕が覚えていない父親と僕の関係が判明するのだった。




 その言葉に僕は笑ってしまった。なんだ、そんなことだったのかと。そんな僕を見て母親はちょっと怒った顔をして


「何がおかしいのよ。父さんには結構深刻な話なのよ? 」


 と僕に詰め寄ってきたけれど、僕は


「ごめん。ここにも問題があったんだって……本当に僕は外ばかり考えていて大事な自分や家族のことをおろそかにしていたんだって今更気づいて……本当に馬鹿だなあって思ったらおかしくなっちゃって。わかったよ、母さん。今度父さんに声をかけてって言っておいて。僕から声をかけるのもいいけれど急にかけられると困るかもしれないから。準備できたら……その時話そうって」


 僕は母さんにそう笑い顔から真面目な顔になって伝えていたのだった。


 

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