第55話 なにか勘違いしてないかな?
僕は母さんに気付かれないように静かに部屋へと戻っていった。そして僕はその日、アルバムのことは一切気づいていないように過ごすことにした。母さんは見られるのはやはり嫌だったのかしきりに心配しているようだったが。
でも母さん、昔の僕を失ったように感じても仕方がないよ。そんなに不安がらなくてもいいよ。だって当たり前だから。昔の僕と今の僕が違うように感じてもそれは仕方がない。記憶もない僕は全くの白紙の人間になってしまったのだから。
でもね……今の僕を必要とする人っているのかなと今更ながらに考えてしまう。だって周囲は以前の僕を知っている人……そんな人ばかりのはずだから。
母さんのように昔の僕のことを考えるような人ばかりだったらと……
その日の夜は結局ほとんど眠れない夜を過ごした僕であった。
翌日の学校でもどうも身が入らずぼーっとして一日を過ごしてしまう。そんな僕にきづく周囲だが僕は軽く躱して時間があればひとり屋上へと向かっていた。
僕は空を見上げるのが好きなようだ。記憶をなくして目覚めてからいつも空を眺めていた。なぜと言われてもよくわからない。なぜか空を見るのが好きだった。昔の僕はどうなんだろうね。空は好きだったのか?
昼休みも僕は風間先輩の勉強を断ってその日は屋上に来ていた。
「やっぱりここにいたのね」
そう言って屋上に現れたのは風間先輩。
僕が屋上にいることを予想して探しに来たようだった。
「ああ、風間先輩。今日は断ってごめん。僕が断るって駄目なんだけれどね。勉強が出来ないのは僕なんだから」
僕は見上げていた顔を風間先輩へと向けそう告げた。そんな僕の顔を見た風間先輩は
「なんだか顔色悪くない? なにかあった? 」
クラスのみんなは態度がおかしいことはわかっていただろうけれど顔色まで突っ込んでくる人はいなかった。なのでそう言われるとよくわかったなあと風間先輩に感心してしまう。
「……顔色悪い? 榊原にも金沢にも言われなかったけれど」
だから僕はそう風間先輩へと尋ねてしまう。そんな僕に
「うん。多分、榊原先輩も気づくと思うよ。ぜんぜん違うから」
と風間先輩は私だけじゃないと言いたげに榊原先輩の名前も出してそう告げてきた。そうか……わかるひとはわかるのかあと。
そんな事を言ってくれた風間先輩に思わず
「僕って必要なのかなあ……」
そう呟いてしまう。その言葉に風間先輩はとても驚いていたようだ。はははっ確かに今までまあいいかとか面倒くさいと軽く流す言葉ばかり吐いてきた僕からまさかそんな言葉が出てくるとは思わないだろう。
「……なんでそう思うの? 」
風間先輩は心配そうに僕を見つめながらそう尋ねてきた。
「だって昔の僕じゃないからね。今の僕は。ほとんどの人が昔の僕を知っていて……別に今の僕じゃなくても本当は良いはずだよ。榊原先輩も昔の僕を見てまず好きになってくれたはずだしね。母さんも昔の僕がいれば悲しむこともなかったはずだから……」
昨日みた詳しいことは話さずそんなことを僕は思わず口走る。それを聞いた風間先輩は
「なにか勘違いしてないかな? 」
そう風間先輩は少し怒った顔をしてそう言ってきた。そして
「悪いけれど私は昔の坂井くんを知らないわよ。それでも坂井くんを必要としているんだから。他に誰もそうじゃなくても私がそうだから。ねぇ……私だけじゃ不十分? 」
僕を見つめながらそう告げてきた。
そうだった。風間先輩は昔の僕ではなく今の僕と向き合って今の関係になっていたんだったと。
金沢と喧嘩をして呼び出しを受けて初めて会話したんだったと。そうか……今の僕だけを知って近くにいてくれる人がここにいたんだって。
「ううん。ひとりだけでもいい。今の僕だけをみてそばにいてくれる人がいるのなら」
僕は今までの暗い気持ちに一筋の光が差したような心地になっていた。
そして今、風間先輩がいてくれてよかったと心から思うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます