第3話「絶望の言葉すら生ぬるい」

「るーーーーーーーーーぎーーーーーーーーーーーあーーーーーーーーーー!!」




 コイツは……。

 コイツは生かしておけないッ!


 こんな奴がいるなんて信じられない!!


 恩を、

 大恩を、

 

 命の恩人に対する敬意を!!


 ───返せとは言わないッッッッ!!


「だけど、仇で返す必要がどこにあるのよぉぉぉおおおおおお!!!」


 コイツは殺す!!


 今すぐ殺す!!!


 いや、

 お前ら全員ぶっ殺してやる──────!



 ブチブチブチ、バッキィィィイン!!



 拘束を引きちぎり、どこにそんな力があったのか自分でもわからないほど。

 それでも、エミリアは駆けだす。



 元最強の戦士──今は……。

 今は元勇者の愛人・・・・・・・・で、今はタダのダークエルフのエミリアとして駆ける!!


 死霊術士のエミリアとして駆ける!!


 ダークエルフを守るため。父と母と里の仲間を守るため。───駆ける!!



 ──勇者の愛人?

 ──勇者に心酔し鞍替えした裏切り者?

 ──勇者と共に魔族を滅ぼそうとした恥知らず?



 知るかッ!!


 知るかッ!!


 知るかッ!!



 私は、私の信じる道を進んだだけ!!


 ただ、勇者を愛しただけ・・・・・・・・!!!



 結構ッ!!

 何とでも言え!!


 私を倒し、一度は殺すチャンスがあったにもかかわらず、私を受け入れてくれた勇者シュウジを愛している!!


 

 ───今もッ!!



 それの何が悪いッ?!


 私には帝国も人類もどうでもいい!!



 ダークエルフの里と家族!

 そして、今は勇者様ッ!!



 どちらも愛して、どちらも愛したッッ!!!



「───ルギアぁぁぁぁぁぁああああ!!!」



 この女だけは殺す。

 いや、この場にいる全員を殺す───!!


 出来ないと思ってるのか?

 私が無力だと思っているのか?!


 舐めるな……。

 舐めるな……!!


 舐めるなよ!!


 勇者に飼われて牙が折れたと思ったのか!


 否。

 断じて否ッ!


 私は……、

 ───私はアンデッドマスター死霊術士のエミリアだ!!



「こいッ」


 来い……!


 来い…………!!


 ここに処刑大量の死体があるということは周囲には浮かばれぬ霊がいくらでもいると言う事だ。

 いくらでも。

 いくらでも!!


 いくらでもいる!!



 だから、来ぉぉぉいい!!


「愛しき死霊たち……。私のアンデッド!」



 身体はボロボロ。魔力は枯渇しきっている。

 だけど、まだだ。


 まだ終わらないッ!!


 依り代はある。

 虚ろなる魂たちはここにいる。


 アビスは近いッッ!!


 裏切り者ルギア目掛けて駆け抜けながら、エミリアは地面の血痕を撫でていく。

 まだそこに魂があると感じるために──────。


 皆……。

 皆いるよね?


 まだここにいるよね?


 来たよ。

 勇者の愛人に成り下がったエミリアが来たよ。


 私が憎いよね。

 私は殺したいよね。

 私を引き裂きたいよねッ!



 ジワリ……。


 地面に滲みこんだ血が動いた気がした。

 エミリアの死霊術の刺青が怪しく輝く。


 背中の『アンデッド』が淡く儚げに輝く……。


 ざわざわざわざわざわ……。


 ひそひそひそひそひそ……。


『冷たい……』

『痛い……』

『寒い……』


 どこからともなく聞こえる冷たい声。

 耳元で、遥か彼方で……。


『裏切り者ぉ……』

『エミリアぁ……!』

『魔族最強のくせにぃ……!』


 あぁ、聞こえる。

 死者の声が私に死霊術を通して聞こえる……。


 えぇ、そうよ。

 私が弱いせいでみんな死んだ。


 だから、私を呪っていい。

 憎んでいい。

 恨んでいい!


 だから、だから今だけは力を貸して──────!!


『憎い……』

『苦しい……』

『妬ましい……』


 負に染まった悪意が地面から滲み起こる。


 シクシクとすすり泣きが響き、そして、急激に気温が───……。


「な、なんだ?」

「ひぃ! 今誰かが俺の足を!」

「お、女の声が───!!」


 蠢く地面に浮足立つ帝国軍。

 そして、勇者パ―ティも……。


 その隙をついて、エミリアがルギアに襲い掛かるッ!

「ルギア────……この裏切り者ッッ」


 お前は殺す!!

 ここに浮かばれぬ魂がある限り、アンデッドは不滅だ!!


「あは。往生際が悪いわね───義姉さん」


「死ねッ!! お前は死ね───!!!」


 ルギアの顔面にダークエルフの膂力でもってパンチを…………。



 え?……なんで?



「エミリア?」

「エミリアか?!」


 ルギアに拘束された、両親の姿があった。


「義姉さん───まだ、抵抗するのですか?」


 呆れた表情のルギア。

 彼女はあろうことか、両親の首に両手を掛けてエミリアに突き出した。


「る、ギア……!」

 苦しそうに呻くエミリアの父。

「ルギア───どうして?」

 悲し気に呟く母───。


 その姿に、思わずエミリアの拳が止まる。


「どうして?…………あなた方が不浄だからですよ───汚らわしい」


 数年一緒に過ごし、一緒の釜の飯を食べたというのに───本物の愛情すら注がれていたというのに、ルギアはそれを微塵も感じていないらしい。


 養ってくれた両親という感覚すらないのか、まるで家畜のように父と母を引き摺ると、エミリアを見下ろす。


「さようなら、お義父さん。お義母さん。最後に肉壁として感謝を──────お世話になりました」


 ペコリ。と、美しい所作で一礼すると、



 ボキリ──────。










 あ──────────────────────────────…………。











『エミリア……』

『エミリア───』


 死霊術を通して、微かに聞こえた死霊の声……。

 父さん、母さん……の声。


 茫然としたエミリア。

 彼女の時はその瞬間、止まる─────。


『エミリア……おかえり、元気でいて……』

『エミリア……息災でな───』


 そして、父も母も冥府へと旅立つ───。

 アビスゲートの先へと……。



 周囲では帝国軍の虐殺が続き、阿鼻叫喚の断末魔が響き渡る中、エミリアはもはやピクリとも動けない。


 あまりのショックが体を貫き、感情と心と心と心が───死んだ。


 ルギアがゴミのように両親の死体をポイっと投げ捨てて、その体がバウンドして横たわる瞬間にも、微塵も動けない。


 薄っすらと見える、二人の死霊の影がエミリアに寄り添い、抱締めても───それを感じる余裕もない。


『もういい……誰も憎むな───』

『生きて……。生きて、エミリア───』


 その彼女を、誰かがそっと撫でた気がした───。

 優しい気配に心が温まり、少しだけ穏やかな気分で彼女は覚醒する───。


 覚醒するんだけど、だけど……。

 だけど、首が反転し口から一筋の血を垂らしピクリとも動かない両親の死体と、その瞳に映る自分の姿を見たエミリア。


 誰かの霊魂が彼女に語り掛けてくれたものの……、


「う…………」


 守る。

 守りたい。

 死んでも守りたい大切なもの。


 何のための死霊術か……。

 誰のための最強なのか……。

 もはやどうでもいい……。


 守りたいもの、守るべきもの───。


 それが──────。


「あ、うう、う───」


 う、

 ううう、

 うぁぁああ……。


「あ──────…………」


 うぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!


 慟哭するエミリア。


 心が、心が壊れていく───。


「あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 エミリアの絶叫が響く。

 目をそらしていたい事実を、まざまざと見せつけられて叫ぶ。


 死んだ……。

 死んだ……。


 父さんが死んだ。

 母さんが死んだ。


 死んだ……。

 殺された──────。


 ルギアに殺された───。


 勇者たちに殺された……。


 帝国に殺された──────。



 人類に殺された───………………。



 どこかで嘘なんじゃないかと、

 全部悪い冗談なんじゃないかと、


 誰か言ってよ…………ねぇ?


「───あああああああああああああああああああああ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ………………。あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 だけど現実で───!

 現実で!


 残酷なくらい現実で───……!


 魔族も、父さんも、母さんも───。


 そして、今───ダークエルフ達も、



 たった今、コロサレタ──────。

 アイツらにコロサレタ……。


 なのに、



「ひゃはははははははははははははははは!!」

「ぎゃはははははははははははははははは!!」


 あーーーーっはっはっはっはっはっはっ!!


「み、見ろよ! みたかよ!」


「うひゃはははははははは! 見とる見とるぞぃ」

 笑い転げるドワーフの騎士グスタフ。


「うくくくくくくく……。こ、こんな分かりやすい絶望初めて見ましたよ」

 含み笑いを隠せない帝国の賢者ロベルト。


「ハイエルフ様の浮世離れして様は聞いていましたが、──……ひどい人ですねー。うふふふふ!」

 歓喜の表情を浮かべる森エルフの神官長サティラ。


 コイツラナニガオカシインダ?

 ミンナ、シンダ……。

 ゼンイン、シンダ──────。


 ナノニ、ナノに、


 ナのに、何でコイツ等はイキテイルンダ?



 茫然自失のまま慟哭するエミリア。

 その絶望を、あざ笑う勇者パーティ。


 仮初とはいえ、同じ釜の飯を食ったこともあったはず……。


 どうしてそれを、こんな風に笑えるのだろうか?

 そもそも、戦争だって……魔族が何をした? 勝手に悪と決めつけて帝国が仕掛けてきたもので────。


 私たちが、何をしたって言うんだ?


 あぁ……そうか。

 そうか……。

 そうか──────。


 そうだったんだ。


 私が知らなかっただけで──────世界は残酷なんだ……。

 私、エミリアは今日───世界を知りました。


 はじめまして世界。世界は残酷です──……。



 ダカラ、ソンナセカイハ、ホロボシテヤリタイトオモイマス───。



「────ね」


 ドロリと濁った目つきになったエミリア。その目で、人間どもを睨み付ける──。

 勇者達を睨み付ける────……。


 ルギアを睨む───……。


「死ね───」


 死ね、と───!


 血の匂いの充満する地面。割り砕かれた、魔族の骨の散らばる死体置き場────。

 エミリアの家族と魔族たちの慟哭の地。


 そこで願う。誓う。呪う。


 死ね、と───!


 お前ら全員、

「───死ねぇぇぇぇぇえええええ!!」

 そうだ。死だ。


 死だ! 死こそ日常───。


 死者渦巻く、こここそが私の空間。


 エミリアの日常だ────。

 死霊たちの渦巻く非現実の一幕。


 死霊術士の日常はここだっぁぁあああああ!!


 だから、

「────全員、死ねぇぇっぇぇぇぇええッッ!!」


 そうだ死ね。死ね!! 死ねぇぇえ!!

 死んでしまえ!! それができないなら、


 ……殺してやる。

 殺してやる!! 殺してやる!!


 ワタシがコロシテヤル!!!


「ぎゃあああああああああああ!!」


 ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!


 エミリアの元に次々に流れ込む魂の力。

 勇者たちは忘れていたのだろうが……。

 エミリアを魅了し、ペットとして『仲間』にしたことで、殺戮した魔族の経験値が一方的に彼女に流れ込んでいた。



 ───それも膨大な量がッッ!!



 殺しも殺したり……。

 勇者の業がエミリアに注がれていく───。


「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」


 ふははははははははははははははははは!!


「あははははははははははははははははは!」


 征けッッッ!!


 私の愛しき、

「───アンデッドぉぉぉおおおおおお!!」


 ブワ─────────!!


 あり得ない程巨大な死霊術の気配が周囲を包む。


 そして、地中から召喚門の「アビスゲート」が出現した。



 ブゥン!!!!!!



 直後、召喚ステータス画面が表れ───。



 アンデッドLv5→Lv6

 レベルアップ!!


Lv6:英霊広域召喚

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