第5話「終わりすら許されない」

 ゲラゲラと、ゲラゲラと下卑た笑い声が響く。

 エミリアは男たちに甚振られ続け、今は壊れた人形のように地面に放りだされていた。


 身体は傷だらけ、

 激痛と恐怖と絶望で、糞尿と涙と涎でドロドロだ。


 そこにドロドロとした他人の体液がぶちまけられ、もはや汚物と変わらない。

 散々、帝国を手こずらせたエミリアは、帝国兵の手によって死ぬまで甚振られ続けていた。


 もう、何人に犯されたのかすら分からない。

 どこを刺され、どこを潰され、どこを焼かれたのかすら分からない。


 殺さないように、死なないように、丁寧に丁寧に執拗に執拗に甚振られる日々───。


 刺青が壊され、死霊術を行使できなくなったエミリア。

 それだけでなく、彼女はいつしか死霊の声すら聞こえなくなり、……全てを諦めた。


 ただただ、死ぬまでの僅かな時を帝国兵の供物となり過ごすだけの時間……。


 その間に、帝国軍と勇者たちは、まるで効率のいい狩場で効率のいい獲物を淡々と何時間も狩り続けるが如く、魔族をことごとく殲滅してみせた。


 一部の奴隷を残して、ほぼすべての魔族がこの世から消えたことだろう。

 そして、刑場と化した古い魔族の城で、ボロクズのように打ち捨てられているエミリア。


 散々弄ばれた後、ちょっと小休止と言わんばかりに兵どもは去っていった。


 どうせしばらくすれば、水をぶかっけられ───再開だ。


 ───もうどうでもいい……。


 両親も、里の皆も、すべて……殺され晒された。

 残酷なまで現実を見せつけるように、彼女の傍にはダークエルフ達の死体の山がぁぁぁ────あああああああああああああ!!!


「……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 もはや、エミリアには何も残っていない───……。


 何一つ──────。


 いや…………。

 あったか───。


 たった一つ残ったものがある。


「シュウジ……」


 シュウジ…………!

 シュウジぃ───!!


 そう、こんな状況・・・・・になってもエミリアの心には勇者への愛があった。


 もはや、異常だと自分でも気づいている───。

 ここ・・までされて初めて気づいた。

 それ───。


 多分、エミリアは何らかの洗脳を施されたのだろうと、そう結論付けていた。

 だが、それが分かってもどうしようもない。


 今も絶望と諦観の先に、勇者に対する熱い思慕がある。


 彼に抱かれたい。

 彼と共にいたい……。


 愛して欲しいと───。


 ふ、

 ふふふふふふ……。


「狂ってるね…………」


 そうだ、エミリアは狂っている。

 死霊術を奪われ、大勢の汚い男たちに凌辱され、両親と里の仲間と魔族すべてを殺された。


 しかも、義妹ルギアに裏切られてだ──。


 これでも、まだ。

 そうだ。これで、まだ勇者を愛しているなんて本当に狂っている。


 ……今だからわかる。


 勇者がエミリアを生かして捕らえたのは、彼女が美しいからでも、ましてや強いからでもない……。

 ただ、珍しいダークエルフだったから。


 ───そして、世間知らずの頭の悪いガキだったから。


 チョロっと優しくしてやれば落ちると思ったのだろう。まさにその通り。

 ルギアと顔見知りだったのは、本当にただの偶然だ。


 そして、

 「───悪いけど、お前きったないからさー……もういいべ?」そう言って、勇者たちは城を去っていった。


 残ったのは、エミリアを許さない帝国軍と、魔族の生き残りを掃討する連中だけ。


 だけど、信じている。

 きっと勇者が助けに来てくれると───。


 エミリアを迎えに来てくれると、信じている。


「シュウジ───」


 本当に狂っている。

 こんな状況になっても、エミリアはまだシュウジを待っていた。


 会いたい。

 会いたい。

 会いたい──────! と。


 そう。

 唯一残った、この思い・・・・だけで生きていた。


「シュウジ──────……会いたいよ」


 両親も里も魔族も、もうない。

 何もない。


 エミリアには、かの勇者への愛しかない─────。 


「おい! 何寝てんだよッ! 起きろッ」


 バシャ!

 凍える北の大地であっても容赦なく水を駆けてくる男達。

 ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべていることからも、これからもまた酷いことをしようと言うのだろう。


 まだまだ終わらない。


 なにせ、城に残ったのは後処理を任せられた一個大隊程度の連中。

 多分……。コイツらが満足するまで、エミリアは死ぬ事すら許されない。


「いやいや、隊長───こいつ起きてましたよ?」

「あん? 知るか。きったねーから、洗わないとな」


 そう言って、ザバザバと冷たい水をかけ続けてくる。

 どんどん失われる体温に、思考すら覚束おぼつかなくなる。


「ちょッ!───や、やり過ぎると死んじゃいますって、もうちょい生きててもらわないと……。こんな僻地で玩具おもちゃを失うなんてゾッとしますよ」


 当然、隊長を止める兵士とてエミリアを気遣ってのことではない。

 むしろ、甚振るため───長く苦しませるためだと言うのだからよほど質が悪い。


「で? なんだって?───シュウジに会いたいだぁ?」


 しっかり聞こえていたらしく、小馬鹿にする兵士達。


「ばーーーーか。お前みたいな小汚いダークエルフを勇者様が欲しがるわけないだろ?」

「ははは。しばらく飼われてたもんだから、情が沸くとでも思ったんだろう」


「ありえねーありえねー!! ぎゃははははは!」


 大笑いする兵士達に何か反論したいと思うも、思考がバラバラでうまく言葉にできない。


 だけど、

「………………し、シュウジは来てくれるッ」


 そうだ。

 愛してるって言ってくれた───。


 そして、エミリアも愛している。

 ───だから!


「ばーーーーーーか。このガキ、勇者様の能力に完全にやられているな。やっぱりコイツは『アホ』だ」

「はははは。そんな『アホ』にいいことを教えてやろう───」


 ニヤニヤと笑う男達。

 しかも、段々数が増えてきた。……気に入らない。


「残念だけどよ~。お前の勇者様はな───」


 くくくく……。


 含み笑いが響き渡る。


「ぎゃははは! 勇者様はな、この地で救いだしたハイエルフ様とご結婚なさるとさ!」


 …………………なッ!? ま、まさか───?!


「ブハッ! 見たか今の顔!」

「見た見た! まさか、って顔だぜ───ブハハハハ」


 ぎゃははははははははははははははは!!


「ひーひー! 受けるッ。こいつ、自分が勇者様と結ばれるとか本気で考えちゃってたんだぜ!」

「ひゃはははは! バーカ。お前みたいな薄汚いダークエルフなんて、誰が助けに来るかよ」 


 しゅ、

 シュウジ……。

 シュウジ……。


 シュウジ──────!!


 私の勇者さまッ!!!!


「……ど、どうして───」


 どうして、ルギアなんかとぉぉぉおおおお!!!!


 うあ、

 うあぁぁ……。


「うああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 聞きたくない聞きたくない聞きたくない!!

 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!


「嘘だぁぁぁぁああああああああ!!!」


 ぎゃははははははははははははははは!!


「お、おもしれー!」

「スゲー反応いいぜ!」

「ひゃははは、こりゃいい。最近ほとんど無反応で飽きてきたとこだったんだよ!」


 大笑いし、囃し立てる帝国軍のクズ野郎ども。

 彼らはまだ気付いていない──────。


 切ってはならぬ物を切ったことに……。

 彼女の…………エミリアの最後の希望・・・・・・・・・・を無慈悲に切ってしまったことに───。


 この瞬間、エミリアは心は本当に死に、そして着いてしまった……。


 復讐の業火という、恐ろしい炎が!


「シュウジ───……シュウジ……シュウジ!!」


 あぁ、

 あぁ、


 あぁ、そうか。


 そうか……。

 そうか……!!


 そーーーーーだったのか!!!


 私を裏切り、ルギアを選んだのか。

 私を裏切ったルギアを選んだのか。


 よりにもよって、あのルギアを!!


 ルギアを!!!!


 ゆ…………………………許さない。


 許さない。

 許さない。


 許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。


 許さない!!


 絶対に、許さないぃぃぃぃぃぃいいい!!


「お、おい。コイツどうした?」

「あん? 何が?」


 さて甚振ろうかと、エミリアに手を掛けた帝国兵がビクリと引き下がる。

 いつもと違うエミリア。


 ボロボロで無抵抗で、小さくてか弱い、アホなダークエルフのエミリア──────だったはず。


 だけど、どうだ?

 一人怯えた兵は、少しだけ利口だったのだろう。……少しだけ。


「いいからどけよ。ヤんねぇなら、先に俺が───」


「…………殺してやる」


 ん?


「殺してやるッッッッッ。シュぅぅぅうううううううううううジぃぃぃぃいい!!!!」


 エミリアを組み敷こうと覆いかぶさった兵が───ボン!! と上空に吹っ飛ぶ。


「ごぎゃあ!」


 エミリアの渾身の一撃を喰らった股間が体から分離し、離れた位置に湿った音と共に落ちる。


「な!?」

「こ、コイツ───!!」


 一気に色めき立つ帝国軍だが、ほとんどが帯刀していない。

 そりゃあ、自由時間・・・・に剣を持ち歩くような面倒なことはしないものだ。


 そして、彼らは忘れている。

 ボロボロで小汚かろうが、散々甚振っていようが──────彼女はエミリア・ルイジアナ。


 ダークエルフ……。いや、魔族最強の戦士だと言う事を!


 もちろんそれは死霊術ありきではあるものの。それでもエミリアは勇者に敗れる最後まで戦い抜いた歴戦の兵士。

 凡百の帝国兵に敵う存在ではない。


「ふっざけんな! ガキぃぃい!」

「よくもやりやがったな、ぐっちゃぐちゃに───チャ?!」


 グチャぁぁああ───!!


 ドワーフに次ぐと言う膂力が、兵士の顔面を打ち砕く。


退けッ! 汚らわしいクズども! 私に触れるなぁぁぁあ」


 肩を掴んできた帝国兵の腕をもぎ取ると、それを武器にして周囲の兵を薙ぎ倒していく。

 栄養失調と不眠と低体温と陵辱の果てに、万全どころか、死にかけていたエミリアを突き動かす怒り───。


 心に残る勇者への愛が、怒りへと昇華されていく。

 怒りが上塗りされれば、湧き上がってくる帝国への───そして、人類への怒り!!


 家族を、里を、ダークエルフたちを、魔族を殺され、理不尽に奪われた怒り───!


 そして、愛する勇者を奪った可愛い憎い可愛い憎い可愛ぃいにっくき義妹───ルギアへの怒り!!



 ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!



 瞬く間に群がっていた男達を薙ぎ倒したエミリア。

 打撃によって呻く男どもを、一人一人ぶち殺していったあとは裸体を晒したまま空に向かって吼える──────!!



「ルーーーーーーーーーーギーーーーーーーーーーーアーーーーーーーーーー!!!!」














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る