第19話「穴倉のエルフ(前編)」
ああああああああああああああああああああ!
あーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!
来る!
来る!!
来るぅぅぅ!!
「エミリアが来るぅぅぅぅうううう!!!」
神殿に飛び込むと、サティラは半狂乱になり、奥へ奥へと逃げ込んでいく。
その途中途中で、不安そうな顔の神官や見習いたちが顔を見せるが、一切構っている余裕がない。
激痛に痛む顔と、ドロドロに汚れ切った全身を隠すことも出来ずにサティラは走る。
そして、ただただ恐怖に震える。
圧倒的な力。
そして、圧倒的な怒り。
なによりも、圧倒的な恐怖に!!
精鋭は消えた。
あっという間に消えた。
グリンもいない、神官たちもいない、侍従長もいない。
もう、だれもいない!!
あああああああああああああああああああああああ、でも、ああああああああああああああああああああああ!!
「どうすれば、どうすれば、どうすれば…………!!」
小娘の様に震えるサティラ。
神殿内にいた非戦闘員がヒソヒソと話し合っている。
彼らの猜疑と嫌疑がサティラに突き刺さる。
だがどうしようもない。
もう撃つ手は全て尽くした──────。
残る兵力は何もない。
非戦闘員は女子供に老人ばかり。
多少残る騎士たちも、多少は多少だ!!
もう、に、逃げるしかない──────!
「そうだ。逃げよう……!」
逃げてしまえないい!!
あんなの勝てるわけがない。
元々、エミリアには手も足も出なかったサティラ。
それが、多少の兵力をバックボーンにしたところで覆るはずもない。
死霊の軍勢を率いたエミリアにも、勇者パ―ティは敗北した───勇者ただ一人をのぞき。
「そうだ!!」
勇者さま───……!!
勇者シュウジなら、勝てる!!
エミリアを討ち滅ぼせる!!
行こう!!
今すぐに行こう!!
「今すぐに!!」
「あ、あのサティラさま?」
ガバッと体を起こしたサティラに若干ひきつつも、護衛の騎士がオズオズと話しかける。
「こ、これからどうすれば?!」
「徹底抗戦よ!」
そうとも、徹底抗戦だ。
徹底的に戦ってもらわねば困る。
「我々は敗北しました。主力は壊滅───しばらく立て直せないでしょうね」
「で、でしたら!!」
いーえ。
「ですが、敵にもかなりの痛打を浴びせることに成功しました。ですから、あとはこの神殿に寄って戦います」
「そ、そうなのですか? わ、私に目には敵にはいかほどの痛痒も───」
その通りである。
まさにかすり傷一つ付けることなく全滅した。
神殿の目の前で迎撃戦を繰り広げたのだ。
そりゃあ、結果なんて誰もが見ている。
「何か? 私を疑うとでも?」
「い、いえ、あ、はい。……いえ、ですが、」
サティラは騎士の肩を軽く叩きニコリとほほ笑む。
折れた鼻が酷く傷んだが、我慢我慢───。
「大丈夫。すでに、帝国と、ドワーフどもに援軍を要請してあるわ。安心なさい」
「おお! それは本当ですか!」
「もちろんよ。私がドワーフどもに武器を買い付けに行ったとき、すでに帝国にも言い含めてあるの。安心なさい」
おお……よかった!
そういった空気が周りで起こる。どうやら、全員が不安で仕方なかったのだろう。
ちなみに真っ赤な嘘である。
「なので、しばらくは時間を稼ぎましょう───大丈夫。この神殿は不滅よ」
「わ、わかりました! おい! 防衛準備だ!」
「「はい!」」
この名も知らぬ騎士が留守番の取り仕切りらしく、サティラの方針を聞いてキビキビと指示を出していく。
「いいわね。防衛戦は任せるわ。全力で戦うの、女子供にも何か武器を」
「は! お任せください───精霊のお導きがあれば、邪悪な死霊などこの神殿に一歩たりとも踏み込めないでしょう」
「その通りよ───……では、私はこれで」
どちらへ? という視線を躱し、治療に行くとだけ告げてサティラは去っていく。
神殿の奥の奥へと───。
「……は。馬鹿どもめ───せいぜい時間稼ぎをしてちょうだい」
その間に遠くに逃げ切ってやる。
まずはドワーフ鉱山……そして、その先───ハイエルフの住まう地「古の森」へと。
ニヤニヤと厭らしく笑い、たった一人で助かるために森エルフを死兵にしたサティラ。
彼女は神殿奥の限られた者だけが知る、隠し通路を目指していた。
人気の少ない区画に差し掛かった頃──────。
ダダダダダダダダダダン!!
と、けたたましい音が響いてきたことに気付く。
「くそ! もう来たのかッ!」
野蛮な声が銃声の後に続き、エルフ達の怒号と悲鳴が交じり合う。
バンバンバンバンバン!! と連続した炸裂音に、神殿を揺るがす程の爆発音。
その後に訪れた静けさに、恐ろしい想像が掻き立てられた。
「ま、まさか───もう、全滅ッッ?!」
神殿入り口の方では濃密な人の気配、微かに聞こえる呻き声と、子供たちの鳴き声───……。
まずい!!
まずい、まずい、まずい!!
そして、
「サーーーーーーーーーティーーーーーーーーラァ♪」
ひぃ!!
「たったこれだけぇぇぇえ? 違うわよね? 奥に秘密兵器とか、飼いならしたドラゴンとかいるのよねー?」
あははははは! と楽し気にサティラを嬲るエミリアの声が近づく。
それだけでもう漏らしてしまいそうだ。
そんな中───。
「サティラさま、サティラさまぁぁあ!」
「助けて! 助けてください!!」
大量の子供と幼子を連れた神官が駆け込んできた。
もう少しで脱出口だと言うのに!!
「───あ、あなたたち、ここは聖域ですよ! 神官長以外の立ち入りは認められていないのです!」
「そ、そんなことを今……?!」
ガシリとサティラの服を掴むと、離さないぞという確固たる決心。
「ええそうです! 今でも、後でも変わりません!! 即刻立ち去りなさいッ!」
「無茶言わないでください!! アナタが前に出てくれないと、私達だけではぁぁぁあ!!」
ち……。
騒ぐなよ───気づかれる!!
どうする……。
どうする───。
「……分かりました。私が戦います。アナタは子供たちを連れて奥へ───あ、」
「はい?」
幼子を抱えた神官に、サティラは言う。
「───武器がありませんね。何か……。そう! 私に部屋に神官用のメイスがあります。私が精霊に力を授けてもらう間に、それを取って来てくれませんか?」
「そ、そうですね。武器がなければ───わかりました。この子をお願いします」
「任せなさい」
そう言って幼子を受け取ると、笑顔で神官を送り出す。
その姿が神殿の私室の方に消えたのを見計らって、
「さぁ、あなた達。精霊様にお祈りして───そして、この子を連れて神像の前まで、ね」
優しく子供たちに語り掛けるサティラ。
子供たちは先ほどの神官に指示と違うことに戸惑っているようだが、神官長のサティラの言う事だ。
基本的には従うもの。
一番大きな子に幼子を渡すと、彼らの姿が見えなくなるまで見送った。
そして、
「ペッ。バーカ。二度と帰ってくるかよ───」
そのまま素早い動きで奥まで来ると、小さな祭壇の細工を動かす。
神殿内に祀られているハイエルフの神像と同じ顔をまつった小さな祭壇。だが、今それが音を立ててスライドし、その先にぽっかりと暗い通路を見せた。
あとは、そこに体を潜り込ませて通路を防ぐだけ───。
ゴゴゴゴゴゴ───と、通路が閉まる音の向こうで微かに悲鳴と銃声が聞こえた気がしたが、サティラにはもうどうでもよいことだった。
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