第2話「銀翼のガルダ」

 ニヤリと笑うサティラ。

 

 だが、長老たちはそれに安易に追笑することはできない。


 なぜなら、彼らは帝国という国の巨大さを知っている。

 かつて、帝国と争った経験すらある長老たちは、人間の国家の恐ろしさを身をもって知っていた。


 そう、

 排他的なエルフをして、逆らってはならないと思うほどに───。


「し、しかし、帝都は落ちたとはいえ、まだ帝国各地には健在の軍団がたくさん居りますぞ。まだ滅びたと決まったわけでは……」


「そうですぞ───下手に帝国と事を構えて、森を焼かれでもすれば……」


 長老たちは渋い顔だ。


「そうね……。言いたいことは分かるわ。だけど、今結界を解き、帝国兵を迎え入れれば、の者の侵入を許すことになるかもしれないわよ? それでもいいのかしら」


 まさか、そんな!?

 長老たちはあり得ないと首を振る。


 だってそうだろう? 帝都からここまでどれほど離れていることか───。


 敵がいくら精強であっても速すぎるだろうと───……。


 しかし、サティラは遠慮などしない。

 得ている情報を開示し、長老たちを説得していく。


 そうでもしないと、長老どもが怯えて帝国兵を受け入れてしまうかもしれない。

 

 そんなことをすれば、結界の効果が薄れてしまう。

 ましてや、帝国兵に紛れてエミリアが侵入する可能性もある。

 いや、きっとそうするだろう。


 伝え聞くに、帝都の戦いでは、エミリアは帝国軍の裏をかいて海から現れたと言う。


 その速度たるや想像を絶する、と───。


 魔族領から進発し、リリムダを陥落させてからの南下速度も尋常ならざるものだった。


 そしてなにより、エミリアの武器は死霊術だということ。


 小柄なあの少女がこっそりと単身侵入しさえすれば、あとは骨なり、なんなりで屍の軍団を作り上げればいいのだ。


 今でこそわかるが、本当に死霊術は出鱈目だ。

 軍を必要とせず、補給の必要もない。


 神出鬼没の死霊の軍団───……。


 あの夜のエミリアを思い出し、ブルリと震えるサティラ。


「とにかく、帝国兵の受け入れは禁じます───。少なくとも、の者が滅びるまでは接触も避けるべきでしょう」


 帝国兵に混ざるエミリアを選り分けるのは、実質不可能だ。

 ましてや、無差別に受け入れれば帝国兵どもとてなにをしでかすか───。


 そのことを理詰めで解けばようやく長老たちも理解したようだ。

 青い顔でコクコクと頷いている。


「わ、わかりました!」

「集落にも、近隣───いえ、大森林のエルフ全てに通達を出しておきましょうぞ」


「えぇ、そうしなさい。それと兵を集めて。大至急よ! 弓の使える者、魔法の使える者──いえ、戦えそうな者・・・・・・は根こそぎよ!」


 キッと鋭い目つきで長老たちを見据えるサティラ。


 しかし、長老たちは戸惑うばかり───。


「な、なにを恐れると言うのですか? ここは、貴方のお陰で安全な結界がありますし───」

「そ、そうですぞ?! それに全員分の武器なんて、我らには持ち合わせが……」


 無理だ無理だ、という雰囲気を醸し出し始め長老たちにサティラは内心苛立ちを募らせながらも、努めて冷静に説く。


「あの女を見くびるな……。エミリア・ルイジアナはダークエルフとはいえ、エルフ族の端くれ───結界に受け入れることのない様に精霊には交渉しましたが、絶対とは言い切れないッ」


 そう、精霊にはダークエルフとエルフの見分けがつくか、どうかが分からないのだ。

 それに、エミリアが強引に結界を突破しようと試みないとも限らない。


 強力な結界とはいえ、人間の感覚を狂わせう程度のもので、排除する力はない。

 そして、それはつまり道そのものがないわけではなく、あくまでまやかしに過ぎないということ。


 やり方次第では踏破できなくもないのだ。


 さらに、エミリアには死霊がいる………。


 帝都で補充したであろう、無数のアンデッドの軍勢を一斉に森に進ませるだけでいい。


 死霊に精霊の言葉など通じるはずもなく、狂うはずの感覚もない!


 そして、いくつかの集落を人海戦術ならぬ死霊戦術で探り当てれば、あとは芋づる式だ。


「いいかしら? あの女は、魔族最強の戦士───。そして、私と帝国───エルフという種に強い恨みを抱いている。きっと──。……いえ、必ず来るわ」


 そうとも、あの女が諦めるものか───。


 敗北が迫る魔族の中であっても、孤軍奮闘、たった一人で奮戦し───。


 かの勇者パーティを一蹴せしめ、

 あの月夜に敢然と立ち塞がった、

 その薄汚い女が、諦めるはずがない!!


「わ、わかりました! 幸い治療のため、この集落近辺にほとんどのエルフが集まっております」


「それは良いわね。あとは、森の出口に近いエルフの集落は、全て避難させて。ここか、神殿に───そして、ありったけの物資と武器を持つように伝えて!」


 サティラの狂気じみた指示にも、長老たちはようやく危機を知り動き始めた。


 それでも、遅いくらいだ。


「……忌々しいけど、帝都陥落の報をうけ、すぐにドワーフどもに武器を発注しておいたわ。足元を見られて粗悪品を大量にかなりの大金で売りつけられたけどねッ」


 そう言って、遅れてやってきた荷馬車を顎で示す。

 

 なるほど……。大量の武器だ!


 エルフの持つ弓だけでは心もとないと思い、機械式の重弩や、鋼鉄の剣───そして、ミスリルなどの鏃が大量に!


「とにかく、急いでッ!」

「は、はい!!───おい、」


 そう言って急かすと、長老は若いエルフを呼びつけ、すぐさま各地に走らせた。

 

「全員に行き渡る武器はないでしょうが、とにかく、戦える者は棒でも、竹槍でも、なんでもいいから武装して集結よ!」


 まだよ。まだ!

 まだ足りない───!


 だから、急いで!!


「わかりましたですじゃ! 薄汚いダークエルフなんぞに、我らが故郷を犯させてなるものですか」

「まったくですぞ! おおう──若い衆集まれ、いまから武器を配布す……──ん?」


 今から武器を配布し、指示伝達をしようと長老が席を立った時、それは起こった。



 いや───来たというべきか。







 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン






 空を圧する、空気の振動。

 そして、耳慣れない異音。


 これは、

 咆哮───?


 それとも、火山の噴火?



 いや、違う……。何だこの音は?

 


「な、なんですじゃ? あ、あああ、あれは?」

 長老の一人が音の方向に目を向ければ、何かが空に───。


 巨木の間と、緑の枝葉を透かして見えるもの……。


 と、

「鳥───?」


 キラッと高空に輝くのは、銀の鳥………。


 それに気付いたのか、ザワザワと俄かに騒がしくなる集落。


 起き上がれる負傷兵は空を見上げ、

 治療に当たっているエルフ達も空を見上げ、

 モクモクと仕事をしている職人たちも空を見上げ、


 サティラの連れてきた神官たちや、武器を運搬している作業員も空を見上げ、


 長老たちと、サティラもその空を見上げた─────。





 ゴオオオオオオオオオオン───ゴオオオオオオオオオオオオン……!!




 はるか遠くの空。


 そこにそれはいた───……。

 だんだん近づいてくる、それは、




「……銀の───怪鳥ガルダ?」




 誰ともなく呟く、言の葉。

 それの解答はない。


 ただ、悠々と空を舞う銀の鳥がそこにいるだけ……。


 そいつは、なんとも珍妙なことに雲を引いている──────。


 そう。

 と、鳥が雲を引いているのだ……。



 この世界にあって、初めて生まれたのであろう、二筋の細い雲の糸。




 そう、飛行機雲・・・・が………棚引く────。

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