エルフの森を焼く
第1話「森のエルフたち」
次は───サティラ!!
「───うおぉぁああああああああ!!」
エミリアの怨嗟の声が空に響いた頃──。
エルフの大森林では大騒動が起こっていた。
※ ※
エルフたちの暮らす森林の奥深く。
巨大な木々の下に、小さな小屋掛けを作って暮らすエルフの集落では多数のケガ人が運び込まれていた。
右往左往する住民たちは、家中から毛布や包帯、薬───そして精霊魔法の使い手をかき集めて治療に当たっている。
「おい、こっちだ! 治療士、早く来いッ」
「包帯が足りないぞ! カゥバの木の皮でいいから剥いで、持ってきて」
「た、大変───この人、息してないよ!」
集落の空き地が、まるで野戦病院が
濃密な血の匂いに、呻き声。
立ち込める死の気配に、泣き出す子供たち───。
人手を集めて対応しても物資が足りない……。
集落にある治療院に入れたのは身分の高いものが優先で、それ以外のものは外で毛布に寝かされているのみ。
いや、毛布が当たる者はまだマシだ。
どうにも、こうにも、何もかもが不足しており、地べたに直接寝かされている兵士もいる始末。
そう、傷つき、高熱にうなされ、死の淵をさ迷っているのは兵士だった。
黒き鎧を身に纏った最強国家の兵士──。
それらのケガ人の全ては、黒い鎧を着た帝国のエルフ兵達だった。
帝国の支配する世においては、協定によりエルフ達も森から兵を派遣しているのだが、───先日、彼らが血だらけになって大森林に帰って来たのだ。
曰く───。
「「「帝都が落ちた?!」」」
ケガ人の治療をしながら、長老たちは顔見合わせて疑わし気だ。
若いエルフ達の妄言だというものもいたが、それからも次々に帝国へ行っていたはずのエルフ兵が帰還し始める。
しかも中には酷いケガを負ったものもたくさん含まれており、悲惨な状況が情報として続々と集まり始める。
帰還した兵士の皆が皆、口々に帝都陥落を伝えるのだから、さすがに嘘とも思えない。
指揮官クラスのエルフですら、帝都陥落を叫んで憚らない。
……そもそも、まだ彼らは任務中のはずだ。
帝国に、何の断りもなく彼らが軍を離れるなど早々あるとは思えない。
もし、帝国に伝えることなく軍務を外れていたなら、それはすなわち脱走なのだが、いくらなんでも数が多すぎる。
仮に大量脱走だったとして、なぜ帝国は放置している?
少なくとも大量の脱走兵を出していることになるというのに、その割に帝国からは何のお咎めもないというのだから……。
延々と、続々と、鬱々と───いつまでもいつまでも敗残兵の如き黒い鎧のエルフ兵達の姿は途切れない。
皆が一様に疲れており、ほとんどの装備を失逸している。
そして、徐々に明らかになる全貌。
命からがら大森林に逃げ帰って来た彼らは、庇護を求める人間やドワーフの同僚を大森林の中でまいてきたのだという。
大森林は精霊に護られた森───。
エルフ以外の種族は許可なく立ち入ることができず、強引に分け入っても精霊の導きを得ること叶わず、必ず道に迷い遭難するか、いつの間にか入口に戻させるのだ。
そのことを知っているにも関わらず、帝国軍は帝都から脱出を図り、いくつかの部隊は、大森林に逃げ込むエルフ兵達の後に続き、庇護を求めた。
だが、自分が逃げることに精一杯のエルフ兵達は精霊との交渉の
帝国軍の人間やドワーフの庇護は長老たちに委ねられたが、彼らにも判断のしようがない。
「ううむ。困ったな」
「さよう……帝国に歯向かう気はないが、我らの聖域に敗残兵を迎え入れると、いらぬ軋轢を生む」
「そうさな。だが、見殺しにするわけにもいくまいて」
あーでもない。
こーでもない。と長老たちは角突き合わせて議論に次ぐ議論。
「あー。そういえば、帝国の使者が、先日あたりに来ておっただろ? たしか、北部の街が魔族の生き残りの───ダークエルフの侵攻を受けたとか?」
「おう。それよ───しかし、帝都に進軍中と聞いたのはつい先日だぞ?」
「帝国側からも、一応警告されていたな。大森林の方に向かわんとも限らんから、部隊を派遣しようか? と」
うううむ……?
帝国とエルフ、そしてドワーフはかつてはいがみ合ったこともあるが、現在では非常に良好な関係を築いている。
そのため、互いに兵を出し合い、いざその時となれば相互防衛すらありうる。
もちろん腹の底では互いにイチモツを抱えているわけだが、少なくとも表面上は上手くやっている。
また、先の魔族領侵攻にはエルフやドワーフも多数の兵を出し、魔族殲滅に尽力していた。
「帝都が陥落し、……その矛先が、我らに向いたということか?」
「帝都の次は、我らがエルフ───……怨恨の類じゃな」
「魔族領侵攻の恨みを晴らすと言ったところか───何者かいの?」
帝都を陥落せしめたという魔族。
その正体やいかに?
ざっざっざ……。
やいのやいのと議論中の長老たち。
時に脱線し、時に会話が戻りと、全く進展している様子はない───。
そこに、
「…………そいつの名は、エミリア・ルイジアナ──────魔族の死霊術士で、薄汚いダークエルフの女よ」
長老たちの議論の場に突如現れたのは、妙齢の女性───。
「こ、これはサティラ様! このような所にワザワザ」
「いいのよ。……騒ぎは聞いたわ」
憂慮しています、と言った顔つきで、サティラが衣擦れの音を立てて長老たちの間に割って入る。
圧倒的美貌と、カリスマ。そして、神聖性を纏わせた森エルフの神官長だ。
権力者の登場に長老たちは、たちまち泡を食って対応にかかる。
「そ、それにしても、ダークエルフですと?
い、忌々しい……!」
「ええ。まったく───。さっさと殺しておくべきだったわ」
森エルフ一の権力をもつサティラの登場に冷や汗を流す長老たち。
サティラは大森林にある精霊をまつる神殿の神官長。
そして、森の結界はサティラが精霊と交渉して施しているものだから、実質的な防衛力の要はこの女一人にかかっているのだ。
つまり、大森林の護り手───それがサティらと言う女だ。
それは、下手な金持ちや王族よりも大きな発言力を有しているということ。
そのサティラが言うのだ。
ダークエルフが敵だ、と。
間違いではないのだろう。
いや、間違っていても間違いではなくなるのだ。
サティラが言えばそれは真実なのだから。
とはいえ、サティラの狂言でないことは、長老たちにもわかる。魔族領侵攻に貢献した勇者パーティのことは長老たちも知らされていた。
好色男───……もとい、降臨した勇者『シュウジ・ササキ』の愛玩動物として飼われていた───エミリアというダークエルフのことも。
「して、やはり
豊かな髭を撫でつけながら、長老の一人がサティラに訊ねる。
「そう、間違いなくね───。そして、この私自身も」
「な、なんと!! 我々の神官をつけ狙っているというのですか! 愚かな……!」
大森林を守る精霊と交渉できる神官。そのトップが神官長のサティラ。
彼女は、森の奥の神殿に居を構え、森とそこに住む民の安寧をただひたすら祈る神聖な乙女───それが、エルフに敬愛されるサティラだ。
大森林の安全で平和な暮らしは、精霊と交渉し他種族を近づかせない結界を張らせているサティラのお陰なのだから、長老たちが狼狽えるのも無理はない。
「でも、大丈夫───あの薄汚い女は、決して我が結界を越えることはできないわ。私がそれを許しません」
その言葉に長老たちは息をついた。
ダークエルフとはいえ、一応エルフだ。
現在の森の結界の制約はそこまで厳しくないので、エルフであれば無条件に越えられてしまう。
しかし、すでにその制約は塗り替えたとサティラは言った。
彼女の御技により、『ダークエルフの越境を許可しない』という非常に強力なそれに。
「おお! これで一安心ですじゃ!」
「いや、良かった良かった! 安泰じゃな」
胸を撫で下ろしている長老たち。
だが、サティラの話はそれで終わりではなかった。
「そして、」
長老の顔を見渡すサティラは、
「森に逃げ込んだ帝国軍について───彼らは森と一つになってもらいましょう」
「「「な!?」」」
森と一つになる……。
つまり、森の中で見殺しにするという事だ。
しかし、そんなことをしたら───。
「帝国軍にかつての力はないわ。忌々しいけど、あのダークエルフによって相当な被害を受けたのは間違いないわね」
だから……、
「───そろそろ、帝国との決別のときじゃない?」
ニヤリと笑うサティラ。
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