閑話1「それはお口の天敵」

 海軍工兵隊シービーのブルドーザーが走り回り帝都を更地にしていく。

 まだ瓦礫に下には、ロベルトのばら撒いたホムンクルスによって蠢く死体もありそうだが、瓦礫ごと撤去してしまえば関係ない。

 

 エミリアはその様子を、皇城の基部に腰かけてノンビリと眺めていた。


 身体にはいつもの黒いマントだけを羽織っているだけなので、薄い体のラインが浮かび上がっていた。


 そして、彼女の傍らには美麗な装飾の施されたオリハルコン製の大剣だけが寝かされている。


「───♪」


 時折その刀身を撫でながら、エミリアは「ふわわ~……」と小さく可愛らしい欠伸を浮かべる。


(いい天気───……)


 抜けるような快晴の中。

 帝都は未だ艦砲射撃の影響でくすぶり、先日までは黒い雨が降り続いていた。

 おかげで大方は消火できたものの、まだ所どころが燃えている。


 だが、そんなことは知らぬとばかりに、海軍のブルドーザーは、帝都の瓦礫や死体を容赦なく堀や港、そして帝都郊外へと押し出していく。


 その牙に引き潰されそうな哀れな民衆も、もはやここにはいない。


 瓦礫に下にいた住民たちは、エミリアがホンの少し眠った隙に大半が逃げ出したようだ。


 ……別に追いかける気もない。


 今のエミリアの目的は、ルギアだ。

 奴、ただ一人───。


 そして、最後に勇者シュウジに至る。


 そう、エミリアの頭には、ルギアとシュウジしかいない。

 残りの勇者パーティも帝国もただの添え物だ。

 もちろん許しはしないものの、人類をどうこうすると言うのは、最終目的でもなんでもない。


 ただの過程。


 シュウジに至るまでの障害でしかない。

 それよりも───だ。


 帝都で見つけた大きな地図。

 それを地面に広げたエミリアは、几帳面に作戦計画を立てていた。


 そこに刻まれているのは、燃えカスの炭で描かれた真っ直ぐの矢印が示す侵攻方向。


 大森林を抜け、その先───ルギアが居を構えると言う太古の森を一路指し示す……。


「ふふふ……。その前に懐かしい顔にも会いに行かなくちゃね」


 大森林のサティラ。

 そして、ドワーフ鉱山のグスタフ。


 ちょうど進行方向だ。


 そのついでに用事を済ませても、罰は当たるまい。


 実に、楽しみだ。

 ニィと美しい唇を歪めてエミリアは笑う。


「うふふふふふふふ……!!」



 ───カタカタカタッ!

 

 エミリアの興奮を諌めるように、傍らのポットが湯気を噴き上げていた。


 ───おっと、お湯が沸いたみたいね。


 帝都から拝借したヤカンや五徳、そしてカップを準備してニコニコとほほ笑むエミリア。

 ついでに言えば、火も帝都の焼けた廃材から使っている。


 さぁ、頂きましょうか。


 紙箱に入ったそれを開封すると、

「───いただきます」


 開けて一番に目を引いた大きな缶詰めを取り出す。その他にも小さな缶詰めや調味料なども並べていく。


 そして、まずは傍らの缶詰容器を引き寄せると、エミリアは器用に缶切りを使って開封しはじめた。


 うーん……たまらない!!

 この匂い! そして、中身!!


 ほら、見て見て!!


 エミリアがウキウキして開けているのは『Cレーション』とやら。

 よくわからないけど、携帯性を工夫した軍人達の食べ物らしい。


 知識としてはアメリカ軍を理解するうちに、エミリアに馴染んでいくのだが、如何せん元の知識量が違い過ぎる。


 武器なら扱いが分かっても、機械類はチンプンカンプンだ。

 

 でも、それでもいい。


 愛しきアメリカ軍と繋がっているという安心感があれば、それでいい。


 キコキコ……、カパンッ──────!


 大型缶を開け切ると、中からビスケットとキャンディーから転がり落ちた。


「おっと、三秒ルール、三秒ルール!」


 そのうちのビスケット一つとって口に含むと、「サクッ!」とよい触感───そして、なんという甘さと、クリスピーさ!


「うん。うん。うん!!」

 サクサクサクサクサクッ。


 もっもっも、と口の中でビスケットを何度も何度も噛む。


「えへ♡」

 ペロリと口の回りの粉を拭いとると、さっそく二枚目!


 味を変えてみようと、そこに同封されていたチーズスプレッドを取り、たっっっっぷりとビスケットに掛けて、まぁた一つ口へ……──────。


 サクリ…………しゃくしゃくせさゃく。


「ん~~~~~~~~!! 美味しいッ!」


 チーーーーーズの、風味が堪らないッ!!

 さらにジャム缶まであるのだから、至れり尽くせり。


 ベリーの甘酸っぱい味のジャムも、これまた旨ーーーーい!!


「ジャムだけ食べちゃおっと」


 指にタップリジャムを取ると、チュプンと口に含んで舐めとっていく。

 両親が見ていたら、きっと怒るだろうなー───と、ふと思い出し少しセンチな気分になる。


 でも、甘い──────……美味しい!!


 すぐに破顔すると、今度はジャムをビスケットに乗せて幸せそうに頬張るエミリア。


 ジャムの甘さと、ビスケットのサクサク感の罪なことヨ───。


 大満足で腹に落とすと、ちょっとしたことを思いつく。


「えへへ。チーズとジャム一緒に乗せちゃお~っと」

 たっぷりのジャムと、たっぷりのチーズスプレッドをビスケットの上にテンコ盛り。


 チューチューと余ったチーズスプレッドを容器から吸いつつ、悪戯っ子のような顔でビスケットを眺めると、大きく口を開けてパクンと一口──────……旨ひッッ!!


 旨い! じゃないよ!

 旨ひ!! だよ。だよ!!


「もっくもっく…………ごっくん─────おいひーーー!!」


 両手で頬を支えて幸せに浸る。

 こ、こんなおいしいビスケットがあるなんて……!


 ペロペロと残ったジャムを食べつつ、ちょっと塩気の欲しくなったエミリアはもう一つの缶詰を開ける。


 食べている間に、お湯に浸しておき温めておいた奴だ。


「あち! あち! あちちち……!」


 手で保持するのが大変なくらいの熱さだが、中身へのワクワクが止まらない。


 キコキコキコと缶切りを入れるのももどかしく感じるが、一開け目でプシュウと温かい空気が抜け、そこに豊かな肉と豆の香りが漂う。


 それだけど、体が早く早くと中身を求める。

 ちょっと待ちなさいってマイボディ──。


 なんとか、かんとか、缶を開け切ると──なんということでしょう?! 中身は茶色のスープがひたひたに!


 すごーく食欲をそそる香りが、辺りにたちこめた。


 ゴクリ……。


「さ、さぁ、食べるわよー!」


 同封されていたスプーンを使い、大きく一掬いッ!


 そして、パクッ!!!


 

 ッ!!!



「これ───!!」



 ちょ、これ!!!



「うまッッッ!!!」


 なにこれ!?


「ちょー美味しいんですけどぉ!!」


 パク。

 パク、パク、パク。

 

 パクパクパクパクパク!!

 

 んーーーーーーーーーー止まらないッ!!


「なにこれ、なにこれ!!」


 お肉、そして、お豆!!


 それをなにか、とっても深い味のするスープで煮てる?


 美味しすぎるぅぅぅう!!


「あ、ダメ! これは駄目かも!!」


 凄いこと思いついちゃった!

 これを──────……。


 そーっと、お肉だけ掬い上げて、ビスケットの上にIN!!


 アーンド、お口へパックン…………!!


「ぐは─────────最ッッッ高!!」


 何このクオリティ!!


 おいひーよー!!

 おいひーよー♡♡


 缶を傾け、中身のスープを残さず飲み干し満足げかつ、幸せそうな吐息をホゥ♡ と吐く。

 肌がほんのりと赤く染まり、何処か色気すら漂わせたエミリア。


「おい、しぃ…………♡」


 ボーっと、余韻を楽しむように、缶から出てきた簡易飲料のレモネードのパウダーを水のカップに溶かし、啜る───。

 それはもう、余韻にひたたったまま機械的な動作で──────……。


 ジュゾゾゾゾ……。


「あ───!!」


 そして、意識が現実世界に返ってきたエミリアはビックリしてカップを見る。


 黄色に染まったカップの中身に驚愕。


「すっごい! 口の中サッパリ───」


 肉の余韻と油でコテコテになった口が、リセットされる。

 これは凄い!!

 旨い! 最高!!


 最高よぉ!!


「あーもう、レーションってば、最高ッ!」

 

 装甲艦の上で食べたハードタックも悪くはなかったが、いかんせん硬くて硬くて……。


 それがどうだ、このCレーションの中身のすばらしさ。


 残るビスケットをレモネードと一緒に食べきると、ケプッ───と小さなおくび・・・を漏らす。


 食後の楽しみに、とキャンディを一つ口へ放り込み、その甘さに目をトロントロンに蕩けさせるエミリア。


 ニコニコ顔のまま、残りのキャンディをマントの内ポケットに入れて満足気。

 これは、あとで食ーべよ♪


 じゃ、お次は───。


「やっぱり食後はこれよねー」


 同封されていた粉末コーヒーを取り出すと、カップに落とし、そこにお湯を注いだ。


 コ、ポポポ…………。


 ホワァ……と、コーヒーの香りが漂いうっとりとする。


「砂糖もついてるなんて、ほんと至れり尽くせりなこと……」


 別に配られたアクセサリーパックを取り出し、中から砂糖とガムを取り出すと、ガムはポケットへ、そして砂糖は全部コーヒーの中に注ぎ入れた。


 そこに、さっきのスプーンでかき混ぜると、ショリショリとカップに当たり砂糖が溶けていく感触。

 少し、スプーンについていた肉の油が浮かぶが構うことはない。隠し味、隠し味。


 まだまだ、熱いのでジュズ───と一啜りで止めておく。


 うん、あつい!!!!


 けど、

「──あぁ、なんだろう。ホッとする……」

 

 コーヒーの中に含まれる「かふぇいん」という成分のせいだろうか?


 よくわからないけど、疲れも吹っ飛ぶようだ。


「そして、これ───コーヒーといったら、これよ!!」


 じゃん!

 とエミリアが効果音つきで満面の笑みで取り出したのが、『特別に───』という名目でアメリカ軍から無理を言って貰った『Dレーション』だ!!


 ウキウキとしながら包装をバリバリと開封していく。


 中身はなんと『ちょこれーと』というやつだ。


 焦げた茶色のレンガのような代物だが、なんともいえない甘さと苦さの中間のような複雑な香りがして自然と頬が緩む。


 これがまた、コーヒーに合うのよ!!


「えへへへ……。デザートは別腹です」


 あーーーーーーーーん。ガブッ!

 

 豪快に噛り付くエミリア。

 口の端に茶色の汚れが付着するけど、気にもしない。


「おっきくて入らないよぉ───♡」


 とか言いつつ、3分の一近く噛み切るとモッシャモッシャと口の中でたっぷりと味わう。

 

「ん~~~~~~~~~~~~~」


 甘くて、苦くて、

「おいひーーーーーーーーーー!!」


 もう、何て言っていいのだろうか。

 苦いのに甘い。甘くて苦い───うん。わけわからん!


 だけど、おいひーーーーよぉぉぉぉおお!


「そして、すかさずコーヒー!!」


 クピクピクピッ……。


「ほぅーーー……」


 温まるしぃ、苦さと甘さが調和するぅぅぅ……。


 あ、ダメ、ダメ、ダメダメダメ!!

 ダメ──────言っちゃうぅぅう!!


 け、


「チョコレートぉぉお─────────結婚してぇぇぇぇえええ!!」


 あーーーーーー言っちゃった!!

 だぁぁあって、甘いんですものぉぉお!


 もう駄目、この甘さに溺れていたい。


 こう……。チョコレートの海があったら。ピョーンと飛び込んじゃう!

 溺れたいのよぉぉおお!


 もうーーーーーーーーーー!!


 誰ッ!? 

 誰なの?!

 こんなおいしいもの作った人ぉぉおお!!


 ああああああ、もう!!

 罪!!


 有罪!!


 作った人は、有罪です!!

 そして、主文を言い渡す!!


 判決、エミリア・ルイジアナと結婚し、チョコレート料理を毎食作ること!!


 以上──────!!


「あー……美味しかった───」

 まるまる一本のDレーションのチョコレート?バーを食べきると、

 うにゅ~~~ん、とだらしなく地面に寝っ転がり、お腹をポンポンとさする。


 デザートのチョコレートは、あっという間に消えていた。


 あとは、カップに残ったコーヒーをジュズズズ……と啜りながらゴロンと転がり海軍工兵隊の仕事を眺める。


 帝都の残った瓦礫はあらかた片付いたらしく、今は整地作業をしているようだ。


 帝都の痕跡など露とも残さず──────まるで、そういわんばかりの徹底さ。


「凄いわね……この光景───」


 あれ程威容を誇った帝都が消えていく。

 帝国の象徴が消えていく───。


 そこに何の感慨もない。


 もっとこう胸のすく思いがするのかと思ったが……。


 それよりも、なによりも、アメリカ軍のトンデモ無さのほうが圧倒的だ。


 ブルドーザーが片付けた場所をグレーダーがタンデムを組んで一斉に均していく。

 さらには、ダンプカーが何やら穴の開いた鉄板、マーストンマットとかをガチャガチャと敷き詰めていく───それをなんともなしに眺めながら、食後の余韻に浸るエミリア。


「ダメねー……。美味しいものって、人を弱くしちゃうみたい」


 もう少し、ゴロゴロしていたかったが、このところアメリカ軍に貰う糧食が美味しくって美味しくって、ちょっとお腹周りが……。


 シュウジに会いに行くんだから、ちょっとは見栄えも気にしなきゃね───。


 バサッと、風を含んだ音を立てて、黒いマント一枚でエミリアは立ち上がる。


 のんびりと散歩のつもりでゆっくりゆっくりと、整地されていく帝都を歩いていく。


 きっと本当ならここに花屋があって、服屋があって、食堂があって、酒屋や冒険者ギルドなんかもあって大勢の人でにぎわっていたのだろう。


 そして、街の向こうにはいけ好かない貴族や、軍人どもがひしめき合って─────。


 フッ……。

「でも、もう夢の跡よ───」


 うふふふふ……。


 マントのポケットからガムと取り出すと、ポイッと口に放り込む。

 さわやかな風味のガムは、食後のお口の健康にいいらしい。


 それよりもなによりも、楽し気で何となく好き───。

 ずっと、クチャクチャ噛んでいられるし、なんなれば……ほら───。


 ぷくーーーーーーー……パンッ!


 あはははははははは!


 袋魚みたい!

 たーのしい!!


 くっちゃくっちゃ、ぷくーーーーーー、とエミリアはなーーーーーーーんにもない、帝都の更地を、ブーラブラと歩いていく。


 忙しそうに動き回るアメリカ軍に気を使って、なるべく帝都の端へ端へ───。




 そして、来た──────。




 翼を休める銀の怪鳥─────…………。


「綺麗───」


 そっと、シルバーに輝くそれ・・を撫で、エミリアはそうっと呟く。


「待ってなさい……」


 大森林……。

 そして、森エルフの神官───ダークエルフを喜々として殺したクソ野郎ッ!



 ロベルトは始末したわよ……。


 だったら、次は誰かしら───??


 うふふふふふふ……。


 決まってる。もう決まっている。





 オリハルコンの剣を手に取ると、ギュンギュンと頭の上で振り回し───……!!


「次は─────────サティラ!! お前だ!! せいぜい、その首を洗って待っていろッッ!」 


 ブォン───!! と太陽に向かって一振り。





 すぐ行くさ、今すぐ行くさ───!

 飛んでいこう・・・・・・じゃないか、サティラぁぁぁあああ!!

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