第21話「カタパルトパンチ(後編)」

 か、カタパルト?


「かたぱると? それはなんですか? それに、せ、戦艦とは───こ、ここここ、これが船なのですか?!」


 こんなに巨大な鉄の塊が?!


 驚愕するロベルト。

 まさか、鉄が浮かぶなど信じられないのだろう。


 今は座礁して砂浜に突き刺さっているが、その気になれば、この艦は28ノットの快速で海上を疾駆できる。


「うふふふ。凄いでしょう?」


 拘束を解かれたロベルトは、縛られた後を痛そうにさすりながら立ち上がる。


「い、いたたた……。いやー、それにしても素晴らしいですね───これが貴女の力?」


 エミリアに許されたとでも思っているのだろうか。


「───で、ね。色々考えたのよ」


 ロベルトの質問には答えず、ニコリと笑うエミリアはロベルトを見つめて言う。


「うーん。主砲に入れてぶっ飛ばすか。対空砲で蜂の巣にするか。はたまた、スクリューでズタズタにするか色々考えたの───」


「すくりゅー? お、おおお! よくわかりませんが、それでは私と共に───」


 黙れ。


「……結局、これがいいかな、と。ね♡」

 コンコン! と、カタパルトの鉄板を叩くエミリア。


「ふふ。やっぱり、私自身がアンタの骨を砕く感触を得ないとスッキリしないと思うのよ──で、わかったらその先まで歩きなさい」


 ゲシ!!


 無造作にロベルトを蹴り、鉄板の端に歩かせる。

 その先で、解放してやると言って……。


「ほ、ほほほほほほ、本当に開放してくれるのですか?! し、信じますよ───」

 ロベルトが細目を精一杯に開けてエミリアに懇願する。

「私は、嘘はつかない───ほんとよ?」


 そうとも、薄汚い魔族でも、小汚いダークエルフとでも、好きに言えばいい。


 だけど、お前ら人類と我ら魔族が決定的に違うのが、『誇り』があると言う事。


 騙し打ちはしない。

 戦いにおいて、嘘などつかない。

 女子供を皆殺しなど鬼畜の所業!!

 


 戦うなら、正々堂々戦って見せる───。



 …………だから、嘘はつかない。


「ぐ……! し、信じますよ。愛しの君よ」


 ロベルトは渋々と鉄板の先まで歩いていく───。

 いや、正確にはカタパルトの射出レールの先端まで……。


 そこから下を見下ろすと、なんと高いことか!!


 海面まで何十メートルもある。


「ひ、ひぃ! こ、こここ、こんなところで解放されても死んでしまいますよ───!」


「そうよ───開放してあげるの。アナタをそこから……。そして、その体から、」


 そ、

「──そんな?! それじゃぁ嘘と同じだ!この嘘つき売女! 薄汚い魔族がぁぁあ!」


 ぐおおおおお!!


 拘束を解かれたのを幸いに、ロベルトがエミリアに掴みかかろうとする。


 だが、そんないとまを与えるほど、

「───私は優しくないわよッ」


 シィィ……!! と、凶悪な笑みを浮かべるエミリア。


準備よしステェンバァァイ!!』

問題なしノープロブレム


 そこに、カタパルト操作要員が親指を立てて合図。

 そして、エミリアもそれに返す。


 スリーツーワンナァウ!!


『───発進コンタクト!!』

発進よしッコンタァァァック!!」


 エミリアは射出用の台座に乗り、グググと力を籠めて体を固定する。


 足の力だけで体を支え、顔は正面───ロベルトを睨み、拳を作るッッ!!


「こ、この、ダーーーーーーークエルフがぁぁぁぁああ!」


 ボロボロの身体でロベルトが突っ込んでくると同時に、ガシュン!!! と火薬式カタパルトが作動ッッ!


 そうよ?

 私はダークエルフ。


 ……それが、何か??



 ──────ガシュン!!!!



 ズドン!! と、エミリアの体ごと台座を射出し、猛烈な勢いでロベルトにぃぃぃいいいッッッ!!


「んんなぁぁぁぁぁああああああ?!」


 あ、そうだ。

「最後に聞きたかったんだけど───……」

「ひいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 ……アンタの細目、


「───開いてるとこ見たことないけど、あるの?」


「や、やめろぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 あっそ。

 別にいいわ。

 

 じゃ、

「───この拳に聞いてみようかしらぁぁぁあああ!!」


 おらぁぁぁぁあああああああああああ!!


 物凄い勢いで発射されたそれは、強烈なGを生み出し、エミリアの小柄な体が悲鳴をあげる。


 だが、知らぬ!!


 この拳を、振り抜くまではぁぁぁぁぁぁあああ!!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」



 これが、


 カタパルトパンチだぁぁぁぁぁぁぁああ!



 カタパルトからの射出速度と、エミリアの膂力りょりょくと、体重と、怒りと、怒りと怒りと怒りと怒りをのせてぇぇぇぇええ!!


「ブッ飛べやぁぁあああ!!!」


 エミリアの拳が物凄い速度で命中する瞬間、ロベルトの目が驚愕のあまり、これでもかと、見開かれる・・・・・ッ!!



 ひ、


 ひぃぃい!!


 ひーーーーーーーー!!


 メリィ…………。


「ひでぶーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」




 メリメリメリメリメリメリめりめりめりめりめりめりぃ…………………と、ロベルトの顔面にめり込んで行くエミリア拳!!


 骨が砕け、鼻が折れて陥没し、顔という顔をぶち抜いていく感触──────!!


 あーーーーーーーーーーー♡♡♡



 快ッッッッッッ感よぉぉぉぉぉおおおお♪



 ───ぶわぁぁあッッきぃぃいんんん!!


 そして、殴り抜くッッ!!


 ぶっ飛べ、ロベルトマン!

 ならぬ、ロケットマーーーーーーーーン!




「あーーーべーーーーしーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」




 殴り抜いた勢いそのままに、顔面が陥没したままのロベルトが、ギュンギュンと回転し遠くの海面に飛んでいく。


 エミリアは空中でクルンと、体をひるがえすと手足を広げて空気抵抗を楽しむ。


 瑞々しい肢体が、陽光のもとでキラキラと輝く。


「さようなら、ロベルト───」


 ひゅーーーーーーーーーーーーーーーーん、…………ざっぱぁぁぁん!!!


 と、ロベルトが水面に激突し、さらに水切りの要領でバウンドしていく。


 そして、あっけなく波間に消えた。




「あはははははははははははははははは!」




 ひとしきり笑った後、エミリアは水面に飛び込んだ。


 ぞぅんッッ!


 と、水が泡立ち音が遠のく───。

 そして、温かく、優しい海水に包まれる感覚。


 あっ。


 海…………。


 初めての海──────。

 海水って、こんなに綺麗で、温かくて、しょっぱいんだ……。


 ま、

 まるで涙のように──────。


 う、

 うううううう……。


 うわぁぁあああああああああああああ!!


 父さん、

 母さん、

 皆!!



 仇──────討ったよ!!



 まだ、たったの一人だけど……。

 討ったよ。


 討ったんだよ!!


 ざぱぁ……。

 水面を割り顔を出したエミリアは、顔に張り付く灰色の髪を拭うことなく太陽を仰いで慟哭する。


 う、

「うわぁぁぁぁぁぁぁあああああああん!」


 あああああああああああああああんん!!


 子供のように、いつまでも、いつまでも、いつまでも……。


 


 エミリア・ルイジアナは慟哭した───。

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