第21話「カタパルトパンチ(前編)」

 ザザーーーーーーン……。


 ザァァァッァァッァ……。


 ザザーーーーーーン……。



 潮風と波しぶき───。

 帝都の香りに、ロベルトの意識は覚醒した。


「───う…………。こ、ここは?」


 薄っすらと開けた目に飛び込むのは、強烈な太陽光。

 遮るものもないここは海岸だろうか?


 やけに波の音が近い。


「お目覚め?」


 え、

「───エミリア?」


 ヨロヨロと体を起こしたロベルト。

 ようやく光に慣れた目に、黒いマントを羽織ったダークエルフの少女の姿が映る。


 海岸のそれでいて、どこか高い場所にいるらしく、風がバタバタと強烈だ。


 彼女のマントがはためき、薄い彼女の肢体をあらわにしている。


「おはよう、大賢者さん」


 どうやら、鋼鉄の建物にいるらしく、よく見れば周囲にはゴテゴテと硬そうなものばかりで覆われている。


 そして、エミリアはと言えば、ロベルトに顔を向けるでもなく、灰色の髪を海風に流して波を見ていた。


 はためくマントと、風に流れる髪────赤い目のダークエルフ。


(う、美しい………………)


 勇者のペットをしていた時は何も感じなかったが、今の彼女は───あの夜に勇者パーティを圧倒した時の死霊術士のエミリアそのものだった。


 陽光の元と、月光の元。

 そして、帝都の海岸と魔族領の奥地と──当時とはまったく逆のシュチュエーションだが、それが故になお、だ。


 綺麗だ。

 エミリア……。


「うん…………? え、エミリア? こ、これは───どういうことですか?」


 立ち上がろうとしたロベルトだが、どうやら拘束されているらしく、鉄板の様なところにグルグル巻きにされていた。


「見ての通りよ。拘束させて貰ったわ。うふふ、……私の勝ちね」


 クスッと小さく微笑み、エミリアがロベルトを見つめ返す。


「そのようですね…………。参りました。まさか、あの死の縁から蘇り、帝都を滅ぼしてしまうなんて───この大賢者、感服いたしました」

「あら? 殊勝ね? もっとこう───」


 肩をすくめるエミリア。だが、ロベルトは言葉通りに感服していた。


 それはそうだろう───。


 世界最強国家に真正面から立ち向かい、たった一人で打ち破ってしまったのだ。

 そんなことができるのは、勇者ただ一人だけのはずだった。


 魔族とて、何千年も成しえなかったのだから。


 いや、今思えば……帝都を滅ぼすなど、勇者ですらできるかどうか───。


「はは、負けは負けですよ。アナタは強い───そして、美しい……あぁ愛しの君よ」


「うん。キモイからやめて───。父と母を解剖しておいて、よくもそんなことが言えるわね」


 すぅ……と空気が冷えるような怒気を感じる。


 だが、それも仕方のないことだろう。


「あぁ……そうですね。死者の尊厳を傷つけるとは、愚かなことをしたものです……」


「なぜ? どうしてあんなことを?」


 どうして?

 あんなこと───???


 何を言っているのだ、この小娘は。


「───あの日の、アナタに……。たた、近づきたかったのですよ」

「あの日??──────あぁ、あの夜ね」


 死を覚悟して戦ったあの夜。


 戦い、戦い、戦い。

 そして、勇者に敗れ───彼を愛した、あの夜。


 なるほど……。


「アナタの強さ、そして美しさに見惚れました……。それが死霊術の姿なのだと」


 だから、

 そう、だから───。


「だから、私は死霊術を研究し、アナタに至ろうとした。エルフのごとき長命を得て。エミリア・ルイジアナに───私にとっての唯一無二の神へと……!」


 あぁ。そうだ───。

 死霊術は素晴らしい!


 とても、とてと素晴らしい……!!


「けれども、私は考えを改めました。───そう、帝都で戦うあなたの姿を見てッ!!」


 そして、


「そうです。のアメリカ軍!! あぁぁぁぁ、なんて素晴らしい力。───欲しい! 欲しい! その力が欲しいッ!!」


 ───君が、欲しい!!


「エミリア・ルイジアナ!!───そうです、私と結婚しましょう!! 子を成し、育て、一緒にバラバラにして『アメリカ軍』の秘密へと至るので、びゅばひゅ───」


 はぶぁ……?


 え? グーで……殴った?


「喧しい……。囀り過ぎだロベルト」


 ちょっと、優しくしてやれば、


「私はね………………」


 ボキボキと、拳をならしエミリアがロベルトに迫る。


 そして、


「───無茶苦茶怒り狂ってんのが分からないのか、このあほチンがぁぁぁあああ!!」


 ドスゥゥ!! と腹に、イイーーーーー一撃いちげきをぶち込む!


「えべろばれべべべべべええ!!」


 ゲロゲロゲロゲロゲロ───……。


「…………拷問し、入れ墨を潰し、何度も何度も犯し、帝国兵の玩具にし、魔族を……ダークエルフの里の皆を殺害し、あまつさえ、父と母の骸を解剖したお前に私が微塵でも好意を抱くことがあるとでも思ってんのかぁぁぁぁああ!!」


 その、素チンでぇぇぇええええ!!

 ほざくなぁぁぁあ!!


「おらぁぁぁぁあああ!!」


 思いっきり足を振り上げたがために、マントがまくれ上がるも、裸体を晒らすことなど今さら構わず、エミリアは踵をロベルトの股間にぃぃい──────突き落としたッ!!


 ズドンッッッ!!

 ぷち…………。


「──────────────かッ?!」


 あ、

 あ、

 あーーー!!


「…………あげぇぇえええええええええあああああああああああ!!」


「はぁはぁはぁはぁはぁ…………!! 返せ……」


 返せ……。


「父さんを返せ……。母さんを返せ……」


 魔族を返せ……。

 ダークエルフを返せ……。


 私の愛する人々を───。


 そして、

 私の愛しき死霊たちを返せッッッ!!


 あああああああああああああああああ!!


「返せぇぇぇぇぇぇぇええええ!!!!」

 踏み潰した足を思いっきり捻るエミリア!


「いぐぁぁあああああ──────ひぃぃぃぃいいいいい!!」


 ぶりぶりぶりと脱糞しつつ、痛みと恐怖で顔中をドロドロにしたロベルトが絶叫する。


「あああああああ!!! わ、私だけじゃない!! 私だけじゃないだろう!! グスタフもサティラも勇者どのもぉぉおおお!!」


 当たり前だ……!!

 奴等にも応報を受けさせる!!


 そして、

「───まずは、お前からだぁぁああ!!」


 ひいいいい!!!!


「ま、まてまて。待って!! え、エミリア───聞いてくれ! こ、こうしよう!」


 そうだ。

 そうだ!


 良いことを思いついたんだ───。

 だから、聞いてくれ!!!


「───か、家族だ! 家族になろう!! もう一度、家族を作るんだ!!」


 ───なぁ!!


「それがいい! 私と一つになろぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!」


 なるわけ、


「───あるか、ボケぇぇぇええええ!!」


 バク転からのぉぉぉぉぉおお!!


 ───踵落としぃぃいッッ!!


 ブチュ─────────……!!


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 ロベルトの絶叫──────!


「どう? これでもまだ宣うのかしら? アンタの二つあったものは、ナクナリマシタ」


 ひ、

「ひーーーーどーーーーいーーーーーー!」


 ウワァアアアアアアン!!


 激痛と、玉無しのせいで泣きじゃくるロベルト。


「これじゃあ、私とアナタの子供が作れないじゃないですか───!!」


「そんな選択肢は、万に一つもない!!」


 もう、お前の繰り言を聞いているのはウンザリだ。


「本当に大賢者なの? どーーーーーーーーー見てもタダの『アホ』でしょ?」


 そのアホに『アホ』と馬鹿にされたのだ。

 私の、死霊術を愚弄された。


「ひいいいい…………。ひどい───」


 ボロボロと涙を流し、情けなくもメソメソと。

 ハッ! 同情を誘うつもりなのか?!


 まっっっっっったく、同情の余地もないけどね。


「ロベルト……。アナタには二つ選択肢がある」

「うううう……ひっく。───え?」


 急に泣き止みやがった……。

 あ、コイツこっそり回復魔法使いやがったな。

 エルフの高位神聖魔法でもない限り、欠損部位は直らないが、傷を塞ぎ、痛みを取るくらいなら出来る。


 ……つまりは嘘泣き───。


 まぁいい。


「け、けけけ、結婚してくれるのですか? 夫婦に!?」


 何でその発想になる!!

 コイツ頭いかれてるのか?


「…………情報を吐いて、あっさり死ぬか。情報を中々吐かないで、痛めつけられて死ぬか───……どっちがいい?」


 ニコリ。


 そ、

「───け、結婚で」


 ドゴォ!!!


「げぶぉぉおお!!」

「ふっざけんな!!! どうせ回復魔法使うんだろうがぁ! だったら、何発でもぶん殴ってやるぁあ!!」



 おらぁぁぁああああああああああああああ!!!


 オラオラオラオラオラオラオラオラオラ!


「あぎゃああああああああああああああああああ!!!」



 それからしばらく、ノースカロライナ級の甲板では二人の声が途切れることなく続いていたとか……。


 そして、


「───はぁはぁはぁ!…………し、知らないなら、そういいなさいよッ」

「言っでまず……。言いまじだよね?!」


 回復が追い付かないのか、顔面をパンパンに腫らしたロベルト。

 そして、肩で息をするエミリア。


 暑苦しくなって、既にマントは脱いでいる。


 今さらコイツに裸体を見られることに、何の抵抗もないエミリアは、汗で濡れる体を海風で冷やす。


「──────もういい……。ルギアの居場所が分かっただけで良しとしよう」


 結局分かったのは不確かなことのみ。


 ルギア・ルイジアナ──────本名はどうでもいい。

 あのクソ野郎は、この世界唯一のハイエルフとして、エルフの大森林よりも、さらに奥地にある太古の森に居を構えているという。


 勇者シュウジの諸国周遊に付き合った後は、そこに戻る可能性が高いと───……。


 ならば、シュウジは?


 …………それが、誰も知らない。

 愛しい私の勇者・・・・・・・は、常に動き回っているらしい。


 ゆえに、シュウジに繋がる情報はルギアに聞くしかないと言う事だ。


 妻として娶られたルギアに────……。


 ギリリ……。

「シュウジ──────……」 


 ギュウ……! と、胸が締め付けられるこの思いッッ。


 洗脳でもなんでもいい───。


 今のエミリアは、シュウジへの愛を感じている。


 ピクン、ピクンと感じている。


 ……だから、戦える。

 ……だから、追いかける。

 ……だから、人類を滅ぼせる。


 だから、

「──────必ず会いに行くよ」


 シュウジ───。




 そして……。


 そして、ルギア!!!




 ルギア!

 ルギア!!

 るぎあ!!!


 お前だけは、絶対に許さないからな……!


「え、エミリア? この際、ゆ、勇者どののことは諦めて私と───」


 ゴン!!!


 うっざいロベルトをぶん殴って黙らせると、奴が縛り付けられている鉄板の上にあがり、ロベルトの上に跨る。


「おぉ、エミリア! 私とひとつに、」


 な、わけあるか!


「───大賢者さん、知ってるかしら? この場所を」



 この場所?



「鉄の───城ですか?」

「いーえ。これはアメリカ海軍の戦艦。ノースカロライナ級。そして、あなたが今いるここは、艦載機を射出するカタパルトの上なの───」





 カタパルト?

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