帝国への道のり
第1話「はじまりの街」
ざわざわざわ……。
わいわいわい……。
帝国最辺境の街。通称「最北の街、リリムダ」
ここはにわかに沸いた戦争景気で潤っていた。
以前は小さな商店と稀に来る行商が高値で品を売るくらいの街だったのだが、つい最近集結した「魔族討伐戦争」のお陰で活気づいていた。
帝国の最北の人類領域ということで、ここに当初は大規模な補給処と軍の集結地が設けられていたのだ。
そのため、軍人やらそれらに商いする酒保商人やらで一気に経済が膨れ上がり町の規模は三倍以上に膨れ上がっていた。
そして、戦争が終結してそれで終わりかと言うとそうではない。
さらなる経済圏が北に生まれたのだ。
元魔族領───北の大地が帝国の支配地域に含まれることとなり、その地域の開拓のための中継地点としてリリムダは更にさらに潤っていた。
未だ旧魔族領を往復する軍人も多数いるし、気の早い商人やら、資源探索の山師らが大挙して押し寄せていた。
建物は増築に次ぐ増築。
商店は開店に次ぐ開店。
人足はいくらいても足らず、また彼らに提供する食料品の増産と提供で経済がグルングルンと周り、様々な店も増える。
そして、建築資材は供給しても供給しても追いつかず、旧魔族領に分け入り木を切り倒すものを出る始末。
未だ魔族の残党が出没する危険を冒してでも、稼ぐ価値はあるのだ。
人々の顔は明るく、軍人達も勝利の余韻で朗らかだ。
人の気持ちが明るく鳴れば財布の紐も緩くなる。
女を買うものもドンドン金をばら撒くし、ばら撒かれた金は街の隅々にまで行き渡る。
人々は言った、
「あーーーーー!! 戦争万歳!!」
帝国の辺境。最北端の見捨てられた街リリムダは息を吹き返し、北の土地では一、二を争う規模の街へと変わろうとしていた。
まだまだ、まだまだ!
まだまだこの街は発展する。
魔族の地は新資源の宝庫。
燃える水、オリハルコン、ミスリル。
希少な資源が唸るほど眠っているそうだ。
だが、悲しい出来事もある───。
時折取引していた魔族の商人は全て捕らえられ、魔族の奴隷もすべて処分された。
あの美しいダークエルフや、可愛い可愛いサキュバスといった種族も街の隅でひっそりと殺され骸を晒している。
帝国のお達しなのだから仕方がない。
行方不明になっていた『至高のエルフ』で、この世界で唯一ハイエルフ様も率先して魔族を処分せよとお達しを出している。
彼女は魔族の地に囚われていたというのだから、憎しみもひとしおなのだろう。
だから、町の人間は悲しみながらも奴隷を処分した。
お気に入りもいたので実に悲しい……。
北の大地で暮らすもの同士。
本来なら、魔族と距離の近いこの街ではさほど魔族に対する忌避感はなかったのだが、仕方ない……。
あぁ悲しい。
娼館にいた魔族の奴隷らは、無茶苦茶に使い潰されてから───ボロクズのようになって用水路に棄てられている。
どうせ処分するならと、娼館やら奴隷商人は安値で街に供給した結果だ。
長く保持できないので、本当に捨て値で売られた。
今も、街のあちこちで魔族の女たちや商人の悲鳴があがる。
あぁ、悲しい……。
人々は笑顔のまま悲劇を語り、今日も明日も発展すると心に決めた──────。
そう、今日のこの日を迎えるまでは……。
※ ※
「ん?」
引っ切り無しに出入りする人のチェックしていた門番は、妙な気配を感じ川を見た。
その方向には北の大地から流れる大河がある。
水は美しく、魚が多い。
豊かな恵みをもたらす命の川だ。
「おい、なんだあれ?」
「あん?」
ポンポンポンポンポンポンポン……。
耳慣れない音が上流から近づき、大きな塊が流下してくるようだ。
その塊が向かう先には町の門がある。
陸用の門と、河川用の水門だ。
このリリムダの街にはいくつかの門があり、それぞれ主要な街道と接続されている。
南北に広い街の出入りを司る、それ。
それが帝国首都に繋がる「南門」と旧魔族領に近い「北門」だ。
そして、街の中心をぶった切る様に流れる大きな河川にも当然のことながら門がある。
河川の流れ───それを塞ぐようにしてある水門式の河川交通路。
どちらも街の経済の中心だ。
陸路は、徒歩と馬で軍人と商人を運び。
水路は、舟と風で軍人と商人を運ぶ。
そして、たまに哀れな魔族が駆け込んでくる───。
戦争被害から逃げてきたという連中だ。
少しなりとも、魔族と交流のあったリリムダの街なら助けてくれるかもしれないという、微かな希望に縋って……。
もちろん、助ける義理はない。
男ならその場で処分し、見目のいい女は安値で娼館に卸され使い潰される。
だが、まぁそれも途絶えてきた。
旧魔族領で活動する帝国軍の掃討作戦は、かなりうまくいっているのだろう。
それはそれで結構なことだが、魔族の女を犯したり、最安値で買うこともできず、ついでに彼らが必死で担いできた家財を奪うことも出来ないのは少し残念……。
そういえば、昨日捕まえた魔族の難民の女はたったの一人。
そいつは門番連中で楽しみ、今はそこの草影で冷たくなっている。
イイ女だったよ?
でも、やっぱり数が減ってきた───。
それはそれでつまらない……。
やっぱり、あの女をもう少し生かしておいても良かったかもなーと、門番の男達はそう考えていた。
ポンポンポンポンポンポンポン…………。
そうこうしているうちに、川から近づく塊がドンドン近づいてくる。
かなりデカそうだ。
それにしても、川からとは珍しい。
デカい塊は、不安定に触れるでもない様子で真っ直ぐに街に向かって来ていることから、船だろうとあたりがつく。
帝国軍のものではないし、帆も立てていないので魔族の難民がのった避難用の
ツルンと下表面からして、なにか布のようなもので船体を覆っているようだ。
「おい! 見えるか! ありゃなんだ?」
「分からん!! デカいぞ、かなり」
ポンポンポンポンポンポンポンポン……。
水門上の見張りが目を凝らして確認している。
万が一に備えて門番たちは増援を呼び備えておいた。
明らかな不審物に対しては順当な考えだろう。
経済規模が膨れ上がったがために、不埒なことを考える連中も多い。
盗賊やら、傭兵崩れやら……。それに魔族軍残党の可能性も無きにしも非ず……。
「矢をつがえておけ! 魔法使いも呼んで来い!」
水門上に上がった門番長が険しい顔で、川の上を睨んでいる。
魔王使い? そんなに危険な事態か──これ?
若い門番たちは事態が全く深刻だとは考えていないらしい。弛緩した様子で槍に寄りかかり、雑な感じで入門者と出門者をチェックしている。
「見ろ! 川岸で停止したぞ───…………誰か出てきた!」
目に見えるほどの距離に近づいたそれ───。
のっぺりとした船体は鋼鉄の輝きを誇っており、尖った船首とそこから船尾まで盛り上がった小山の様に上部を覆う鉄のキャンバスを被った妙な──────船だった。
負のの上部からは煙突の様なものが伸びており、そこから黒煙を吹き出し「ポンポンポンポン!」と軽快な音を立て続けている。
「な、なんだありゃ?!」
「わ、分からん───ま、魔法使いを呼んでくる!」
さすがに異様な事態に気付いた門番のうち何人かが自警団事務所に飛んで帰り魔法使いを呼びに戻った。
───決して逃げたわけではないと思う。
アレが何かは知らないが、さすがに郊外に駐屯している帝国軍に出張って来てもらうほどの事態ではないはずだ。
リリムダの町の門番が、水門とその横にある陸用の門の前でワイワイと騒いでいるうちに、船から一人の小柄な人物が出てきた。
フード付きの帝国軍のマントをスッポリかぶった─────……子供?
「止まれ!!」
「何者だ!!」
帝国軍のマントとはいえ、鎧を着ているわけでもなく帯刀しているわけでもない。
マントだけの不自然な人物───。
線が細く小さな人影。
不意に、揺れるマントが体にピッチリと付いた時に、布地の部分から女性特有のふくらみが浮かび上がった。
(女───?)
槍を構える門番を無視して、そいつはテクテクと歩き、スゥ……とフードの奥からリリムダの街を見た。
「そこを退いて───……門を開けなさい」
スとマントから伸びる手が水門を差す。
開けろと言うのだ。
マントから出た手は小さく、まるで少女の様に細い。
そして、特徴的な褐色肌……。
(こいつ……魔族か?)
(多分な、ダークエルフか何かだろうさ)
(ちょいとガキっぽいが、女か───悪くないかもな)
ヒソヒソと話す門番たち。
ダークエルフは美形が多いのだから、考えつく事は全員似たような物だ。
そのうちにゲスな思考に囚われたらしく、ニヤニヤと厭らしい笑いを浮かべ始めた。
彼らからすれば、魔族なら最終的には殺してしまおうと……、女で見目のいいものなら隠してしばらく「飼おう」と考えていた。
クソを食わして、散々に犯しつくしてやろうと……。
だから重要なのは「
「怪しい奴! フードをとれ!」
「……いいから、門を開けなさいッ」
少し強めの口調で詰問しても、開門を要求するのみ。
「野郎、舐めんじゃねぇぞ!!」
らちが明かないと判断した門番は、槍の穂先でフードを剥ぐと言う暴挙に出た。
一歩間違えれば、槍で顔を傷つけてしまうと言うのに───。
バサッ!!
乱暴に剥ぎ取られたフードの下。
そこにあったのはやはりダークエルフ!!
───そう、エミリア・ルイジアナだ。
赤く濁った瞳は三白眼。
灰色で油じみた髪は白さが際立つ。
目の下には深い隈が刻まれ、とれない。
長い笹耳はあちこち擦り切れており痛々しい、よく見れば顔も酷い暴行を受けたのか傷が多く、目の上も少し腫れている───。
体つきは少女と見まがうほどに貧相で不健康そう。
だが、エルフ基準的にはさほど美人ではないのだろうが、人間基準で言えば実に美しい部類だろう。
怖気を振るうほどに冷たい目つきを気にしなければ、十分に門番たちの獣欲を満たしうる───。
(お、悪くねぇ!)
(うまそうじゃねぇか!)
(小さいのも好きだぜ、俺ぁよぉ!)
ヒヒヒヒと笑う男たち。
すぐに捕まえるか、騙してどこかの家屋に連れ込むか───その二択しかない。
今殺す理由は特に見当たらず、まずは味見がしたいと門番たちは舌なめずりをした。
だが、すぐに捕まえるのは危険かもしれない。
なにせ、ダークエルフの膂力はドワーフに次ぐと言われるほどだ。
死に物狂いの抵抗をされてしまえば、門番たちにも被害が出る。
それくらいなら親切顔で騙してやれ───。
どうせ、こいつもこの小汚い様子を見れば難民だとアホでも気づく。
それにどうみてもガキだ。チョロいぜ……。
門番たちは顔を見合わせると、コクリと頷き合う。実に手慣れているのだ───。
「これは失礼───。最近盗賊が多くてね。お嬢さんの様な人なら問題ない」
「ようこそようこそ、どうぞリリムダの街へ」
「長旅でお疲れでしょう。こちらの休憩所でお休みになりますか?」
休め……そして、二度と解放しないけどな!!
たっぷりと可愛がってやるぜ!!
ぐひひひひひひ。
そう男達は笑っていた。
魔族の連中は、未だリリムダの街で受け入れられると思っているらしい。
旧魔族領では帝国側の情報が一切入らないのだろう。
だから逃げ込んでくる。
この少女も同じこと───。
だが、
「………………酷いことを───」
あ!
しまった……!
少女が屈みこみ、草地で冷たくなっている魔族の女性の目をそっと閉じていた。
まずいことになったと思ったが、そのころには門番たちはすぐに方針を変更した。
いっそ、とっ捕まえてやれ、と。
少女が屈んだ際に捲れたマントの下には、何も来ていないらしく───瑞々しい体がチラリと見え思わず喉が鳴った。
もう、我慢できないと───。
「ち! バレたみたいだぜ!」
「いいさ! 今やっちまえ!」
「ぎゃははははは! 可愛い子ちゃん! リリムダへようこそ、歓迎してやるぜコッチでなー!」
貧相な
だが、エミリアは門番たちを無視して、死んだ女性の手を重ねてやり、簡単な祈りをささげる───。
「ごめん……。もう死者の声は聴こえないの───……少なくともそっちは平穏でありますよう」
~~~♪
美しい旋律の祈り。
一瞬、聞き惚れていた門番たちは、自分たちが無視されたことに気付き、ハッと我に返る。
「こ、このガキ!!」
「大人しく捕まれッ」
はやった門番が槍を手にエミリアに掴みかかる。
が、
「───門を開けろと言ったぁぁあ!」
スパパパン!!
クルン! とムーンサルトを決めると、オーバーヘッド気味に美しい蹴りを放ち、門番の意識を掠め取る。
ヒュンヒュンヒュン! と回転し、空を舞った槍をパシリと掴み取ると、マントがバサリとめくれ上がり、しなやかな裸体を衆目に晒される。
だが、その体の痛々しいことといったら……。
傷だらけで、明らかに複数人から暴行を受けた証が刻まれている。
一瞬だけ見えた背中にも、思わず顔をそむけたくなる拷問の跡。
皮膚は焼かれ、剥がれ、刺され、千切られていた。
背中の傷が特にひどい……。
そこには、
『ア&%$#』
痛々しい刺青のあとがボンヤリと輝き、光の尾を引く───。
だが、そんなことは門番には関係がない。
仲間が伸されて、武器を奪われた───それだけだ。
敵対したなら、あとは数で圧殺するのみ。
お楽しみは、そのあとだ!!
「この野郎!」
「おい、増援を呼べ───!!」
「魔族だ!! 魔族がいるぞぉぉぉぉおお!!!」
わらわらと集まり始めた門番。
市内を警邏していた自警団もやってきた。
どいつもこいつも下卑た笑い───。
「───……そう。もう、私達の安息の場所はないのね」
魔族は滅亡した。
ここは全て人の世で、魔族の居場所はもうどこにもない───。
安息の地など─────────ない。
「ならば、」
そう……。ならば───。
「ならば、安息の地を作り出そう」
すぅぅ、
「───お前たちを滅ぼしてなッ!!!!」
「んな!!」
「こ、こいつ!!」
「魔族の軍人だな、てめぇ!!」
色めき立つ門番ども。
ふふふふ……。
獣相手に会話をしようとしたのが間違いだ。
勇者たちを優先しようとしたのが間違いだ。
そうとも、そうとも。
「帝国」も、敵じゃあないか。
魔族を殺し、家族を殺し、ダークエルフたちを殺した。
はははははははははははは!!
そうだ、そうだ。そうだった。
「お前らも帝国だったな。忘れていたよ、私としたことが───」
全て敵。
この世の全てが敵だ。
上等。
上等だ。
上等だぁぁぁあ!
「あははははは! まずは、手始めにこの街から始めようか」
すぅ……。
思い知れッ、人類!!
帝国民であるだけでお前らは、罪だ!!
「構うこたぁねぇ!!」
「ぶっ殺せ!!」
「死体でもいい! 穴さえありゃなんでも同じよ!!」
「「「「「殺せぇぇええ!!」」」」」
ワッ!
一斉に飛び掛かる門番ども。
が、とんだ素人だ。───槍の握りもなっちゃいない……。
しょせん、弱者を甚振ることしかできない連中。
「ふ。実に人間らしいね──────クズどもがッ」
はなから、遠慮などいらない。
サッと手を掲げたエミリア。
その動きに合わせて、彼女が乗船していた船が動く───。
ゴギギギギギギギギギギギ……!
「な、なんだ、ありゃ?!」
「う、動いて───?」
「で、でけぇ……!」
そう、それこそがリリムダの街で惰眠を貪る愚民どもに見せる悪夢の顕現であり!
帝国に鉄槌をくだす怒りの体現者!
それが、彼女の召喚した──────。
───ブゥン……!
アメリカ軍
Lv0:合衆国海軍(南北戦争型:1864)
スキル:バージニア級
※(
※(
備 考:南北戦争で活躍した装甲艦を装備。
バージニアは1862年に沈没した。
世界初の装甲艦同士の開戦を経験し
のちに数多の戦訓を残す。
同乗している海兵隊は精兵。
当初より廃止と新設を繰り返すも、
精強な兵の集まり。
そうとも!!
彼らは最強のアメリカ軍。
───USネイヴィである!!
それこそ、人類に対する真っ向からの宣戦布告。
エミリオの慟哭───!
彼女の、凱歌の号砲!!
召喚せし、アメリカ軍────装甲艦バージニア級の産声だぁぁぁああ!!
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