第4話「激突の時、迫る……」
ポルダムから帝都に続く街道は無数の帝国軍で埋め尽くされていた。
歩兵、弓兵、騎兵、魔法兵と、あらゆる兵科が揃っている。
さらには、重くて移動が困難な各種攻城兵器や面の制圧兵器も揃えられているらしく、
予備部隊も潤沢で、街道を進行してきた部隊は何重もの縦深をもった帝国軍とぶつかることであろう。
さらには、空───。
時折、太陽の光を遮る何者かに兵らが空を見上げれば、無数の
帝国軍最強と名高い航空戦力。
飛竜部隊『ドラゴンライダーズ』だ。
そして、敵の進行が予想されるリーベン川には堰を作り、ガチガチの防御壁とした水上要塞と、ダメ押しのリーベン川を埋め尽くす戦闘艦艇の群れ。
おまけに帝国の切り札である、水辺に強い人魚族が傭兵として詰めていた。
人魚族は帝国発祥の地である南の島群ではよく見られる種族で、帝国とは非常に良好な関係を築いている。
彼らの持つ三俣の銛が、ギラギラと水面と陽光に輝いていた。
それは、過剰戦力とも思えるほど。
もはや、帝都には万全の備えが揃い、エミリアを迎え撃とうとしている。
そう、誰にも傷つけることのできない最強国家の都。
それが帝都だ。
ちなみに、帝都は多数の河川が注ぎ込む水の都。水運と陸上輸送の中心地でもある。
もともとは、帝国とは別の大陸国家の中心都市であったが、遥か昔に占領され、島国出身の帝国が遷都し、帝国の新しい首都となった。
その背には母なる大海を抱き、美しい
目視できる距離には、豊かなエルフの大森林が迫り、遠くにけぶる山は荒々しきドワーフの大鉱山を抱いている。
そして、砂浜には、多くの漁師が漁船を並べ、その空き地では若者たちが波と戯れていた。
───浜から少し行けば、もう帝都の大都会が目に前に迫り、喧騒が潮騒に負けじと響き渡る。
どこもかしこも発展に次ぐ発展。
戦争を繰り返し、他民族を征服し吸収し、ときには滅ぼした。
エルフ、ドワーフ、人魚族。魔族を除くあらゆる人種が集まる都市は、帝国という国の象徴がたさに帝都であった。
余談ではあるが、旧帝都は南の島嶼群にある商業国家を発祥の地としている。
さて、軍団の中を見て見よう───。
大軍団のなかほど、近傍の大農家の家を挑発し仮設の司令部とした中に、ギーガン大将軍と、大賢者ロベルトはいた。
地図を広げ、軍の配置を満足げに見たかと思うと、あーでもない、こーでもないと議論する二人。
もっぱらの議題は敵の進路だ。
ギーガンは陸路の街道を固めることを主張し、ロベルトはリーベン川沿いの進路を警戒していた。
一度は水軍の壊滅を疑ったロベルトだが、集まった情報から壊滅したことを認めざるを得なかった。
つまり、ロベルトは敵の主力が水上戦力にあると説いたのだ。
「見なさい。人魚族は私が私費を
「大賢者どの……。傭兵を雇う時はご一報ください。水上要塞の兵は戸惑っておりますぞ。連携訓練もしていない兵を、急に連れてこられても困ります」
「おだまりなさいッ! 今はできる手は全て打つべきです。あの売女は、腐っても魔族最強の戦士───不意をつかれれば、陛下のお膝元が傷つきかねません」
「ま、まさか。そんな……全部で10万の大軍団ですぞ!」
「侮ってはいけない……。できることなら勇者殿にも来ていただきたいくらいだ!」
そう、今の帝都に勇者は不在なのだ。
新婚旅行だか、お披露目だか知らないが、ハイエルフ様を連れて各国周遊中なのだとか。
あの好色男は、本当に使い辛い……!
だが、強さは本物だ。
魔族領の奥地で、あのエミリアと激突した時のことを今も時々思い出す───。
地の底から響く死霊の声……。
大地を埋め尽くす死者の群れ。
それらを率いる褐色のエルフ。
月夜を舞い、月光を受けて輝く赤い目と白い髪…………。
あぁそうとも───。
恐怖したさ、見惚れたさ……。
エミリア・ルイジアナは、美しさと強さを持つ紛れもない本物の戦士だった。
あの時、間違いなくロベルトは彼女の儚さと、頑なさと、美貌に一目惚れした。
勇者のペットになるまではな!!
くくくくくくくく……。
軍人どもは『アホ』だ。
エミリアに、散々痛い目をあわされておきながら、まだ分からないらしい。
あの売女相手に油断などしてはいけない。
死霊の軍勢は不滅の軍勢───。
対抗するには、数ではないのだ。
ガツン! と強力な戦士をエミリアに直接ぶつけなければならない。
ロベルトの魔法だけでは心もとないのは百も承知。
だから、用意した。
大賢者としての切り札を──────。
(精々戦争ごっこをやっていろ、大将軍殿)
川だ、陸だ! という議論すらバカバカしくなったロベルトはさっさと仮設指揮所を去った。
もう、あとは軍の好きなようにやればいい。
念には念をと思い、既にやんごとなき皇帝には帝都を避難していただいた。
彼の者の発祥の地───南島国……旧帝都へ。
「──さて、あなた達分かっていますね?」
指揮所を出たロベルトの下に音もなく近づく小集団があった。
いかにも歴戦の戦士たちと言った容貌の者。
大剣を携えた戦士、怜悧な雰囲気のエルフの弓兵、双剣を弄ぶ獣人、錫杖を持つ虚無僧風の神官。
大金を
クラスは最高級のSランク。
ロベルトの見立てでは、勇者に匹敵する戦力だ。
先の魔族領侵攻時には、何処かのダンジョンに潜っていたがために雇えなかったものの、今回は違う。
「金は貰った。任せな」
「安心しぃや、兄ちゃん」
無口なエルフと虚無僧に代わって、大男と獣人が答える。
大賢者相手になめ腐った口調だが、力では勝てないので放置するしかない。
「……いいでしょう。では、皇城に戻ります。私の研究室の守りを固めてください」
「へーへー。畏まり」
「ビビり過ぎだぜ、賢者さんよ」
へへへ。と笑う男達。
イラッとくるものの、ここは堪える。
だが、事実でもある。
ロベルトは恐れているのだ……。
敵がエミリアであったという事実に──。
彼女は許さないだろう。ロベルトも、サティラも、グスタフも──……そして帝国も。
だから、わかる。
彼女の目的は復讐だ。
そして、帝都に向かっているのは帝国への復讐もさることながらロベルト自身への報復もあるのだろう。
あの月夜の彼女を思い出し、ブルリと震える。歓喜か恐怖かそれとも……。
「エミリア・ルイジアナ……」
かつて、勇者に敗れたとはいえ、ロベルトもサティラもグスタフもあっと言う間に圧倒されたあの力───。
死霊術とダークエルフという、この上ない最悪の組み合わせ……。
あの悪夢が再び。
ドクドクとなる動悸を押さえ、ロベルトは急ぎ足で皇城へ向かう。
大丈夫……。
大丈夫、私には切り札があると───。
しかし……。
読み違えていたのは、ギーガン大将軍だけではない。
大賢者ロベルトも決定的な読み違いをしていた。
エミリアがロベルトと帝国に復讐のために来たのは大正解。
だが、エミリアはもはや死霊術士ではない───。
彼女はもう、愛しいアンデッドの声を聞くことはできない。
そう、今のエミリアは──────。
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