第4話「逆襲準備ッ!」

 ドワーフ鉱山はパニックに陥っていた。


 次々に飛び込む危急を告げる報に、鉱山奥にある大工房の会議室では喧々囂々けんけんごうごうの大騒ぎ。


「──山頂の櫓が壊滅しただと? バ、バカな!」

 工房の長が大テーブルをブッ叩き、怒りをあらわにする。

 ドワーフらしい厳つい拳が叩きつけられテーブルが盛大に揺れ動き、悲鳴をあげる。


「落ち着け! 長が見っとも無いぞ!」


 がなり声をあげる工房長を諫めるのは、ドワーフ戦士団の上位に位置する、ドワーフ騎士団の長──勇者パーティに在籍していたグスタフだ。


 豊かな顎髭を撫でながらノンビリと構えている。


「……何を悠長にしているッ。報告にあった例の化け物だろうが!」


 ドワーフ族の最上位に位置する工房長は人間の組織で言えば王にあたる。

 その彼が怒り狂っているというのに、グスタフは涼しい顔だ。


「それがどうした。……いけ好かないエルフどもが焼かれ、帝都が陥落したと言うだけではないか。くくく。──むしろ、我らからすれば慶事ではないか」


 全く危機感を持たない様子で宣うグスタフに、工房長は更に怒気を強くする。


「それは、我らに牙が向かない場合だ!! 帝都と大森林を焼いた化け物は、次は我らを狙っておる! どうするつもりだ!」


 ばっぁぁん!


 それは暗にグスタフの責任を揶揄するものであった。


「……どうもこうもない。鉱山内部は平穏無事だ。表層の櫓が少々吹っ飛んだところで我らが山は揺るがん」

「そういう話ではない!──お前の口車に乗って、魔族討伐の兵を出したおかげでこの様だ! ええ?!」


 思いっきり名指しで批判されればさすがにグスタフとて黙ってはいられない。


「なんだと? 俺が悪いと言うのか?! そもそもがとるに足らない資源を欲した、お前のせいだろうが!」


 実際、燃える水やオリハルコンなどの希少鉱物などを欲していたのはドワーフ族全体の意思でもある。そして、ドワーフを統括するのはもちろん工房長だった。

「なんだとぉぉ……!」

 帝国以上に、彼らは物欲が強い。この山にない資源となればなおさらだ。


 ……しかし、罵りあいに意味はない。

 今でこそ、悠然と構えてはいてもグスタフとて内心の恐れはあるのだ。


 歯噛みしつつ、テーブルを挟んで睨み会う二人。周囲はおろおろするばかりだ。

 その一方でグスタフは冷や汗をかいていた。


(くそ……まさか、本当にあの女なのか?)


 鉱山襲撃。その犯人が、エミリアの仕業であると知ればなおさらだ。

 あり得ない事態なのだ。だが、最悪を予想するのが国の仕事。

 ……だから、エミリアが帝都を襲ったという情報が流れて以来、ドワーフ鉱山をはじめ、近隣諸国は情報収集に努めていた。


 ──いたのだが……。


(まさか、冗談や噂の類だと思っていたが、これほどとは……!)


 ギリリと、戦槌を握る手に思わず力がこもる。

 いや、グスタフだけではない。


 ……帝都を襲うよりも以前───リリムダが壊滅して以来、ドワーフはもとより、エルフたちをはじめ、世界中で誰もが正体不明の敵の正体を掴もうと奔走していたのだ。


 しかし、一歩間に合わなかった。


 実際の事実が判明したのは、帝都の陥落と同時期──情報収集に努めていたサティラが武器の買い付けに来た時のことだ。


 ねちっこいあの女が、執拗なまでに調べものに固執している──。

 その時点でグスタフとて訝しんではいたのだ。だが、今となってはもう遅い……!


 そもそも、諜報など大雑把で鉄と火にしか興味のないドワーフ族にはない習性だったのだから仕方ないともいえる。


 それでも──……!

 それでも────!!


「やかましぃ!! 資源も何も、オリハルコンもミスリルも燃える水も、全く流通にのらないではないか!!」


 グスタフの反論に長達らが真っ向に反論した。


(ちぃ……! そんな議論をしている暇はないというのに!)


 まったく状況が分かっていない長たちにさすがい苛立ちを隠せなくなるグスタフ。


 第一、工房長ときたら、魔族領から産出される各種鉱物資源に目を付けたドワーフ族は帝国に進言し、かの領土侵攻を強力に推し進めた経緯があったがその事実はスポーンと抜けているらしい。


 そもそも、それを、今さら蒸し返してどうなるというのか……。


「それは、先般──帝国が負けたからだ! 聞け工房長!!……今こそチャンスなのだ! 戦士を引き連れ、我らの手で魔族領を奪い取ればよい!!」

「そんなことができるわけが───」


 話題が全然違う方向に逸れていることにも気付かず言い合いを始める長たちとグスタフ。

 一方、他の戦士団の長や、工房の幹部たちはどうしたものかと頭を抱えるばかり。


 そこに────。


 バン!!


 舌戦を繰り広げる会議室の中に伝令が飛び込む。

 一瞬静まり返る会議室の雰囲気に彼は「うっ」と怯むも、職務を思い出し大声で述べる。


「し、至急伝ッ! は、発───街道上の要塞より。……我、壊滅す、以上です!」




   ……………………………は?




 一瞬、ポカーンとした会議室の面々。

「……お、おい貴様! それだけか? それでは、なにもわからんではないか!!」

 ズカズカと伝令に歩み寄ると、その首根っこを掴んで睨み付けるグスタフ。


「じ、自分は職務を果たしただけで───」


 ええい! 使えん!!


 ──ぶん!! と伝令を投げ捨てると、

「誰か、まともに状況説明できる奴は居らんのか!?」


 グスタフと工房長はイラつき、会議室に詰める連中に絡み始めるが、鉱山内部に引きこもっていては分かるものも分からない。


 伝声管は先ほどからピタリと黙り込み、何も情報が入ってこないのだ。

 念のため、昔ながらのやり方を踏襲し、斥候を放ってはみたものの未だ報告はない。


「……か、街道で何かあったとみるべきでは?」


 そこにオズオズと口を挿んだのは、ドワーフ族の戦闘下部組織、ドワーフ戦士団長だ。


 街道警備や、哨戒拠点の管轄は戦士団にある。

 それが故に、壊滅の報を聞くたびに身を切られる思いでいたらしい。


 そして、ようやくそんな当たり前のことに思い至り、ハタと動きを止めた工房長とグスタフ。


「ぬ……。つまり、街道上を魔族のクソッたれが攻めてきたということか」


 顎を撫ですさり、フムフムと頷くグスタフの独り言を聞いた工房長は真っ青な顔になる。


「ど、どうするのだ?! 櫓の被害ではすまんぞ!……ええ、グスタフ!! 貴様、どう責任を取るつもりだ?!」


 ギャンギャンと喚く工房長に内心苛立ちを感じながらも、グスタフは余裕を崩さずにいう。


「どうということはない。攻めていくというならくればいい。……我らが備えは万全よ───だが、街道に敵は排除せねばなるまいて──。……戦士団長!」


「ハッ!」


 ガタリと椅子から立ち上がり威儀を正す戦士団長。


 そこに、

「貴様は戦士団を引き連れ、街道を警備せよ。異常があればすぐに報告をよこせ───いいな?」


「お、お任せください!」


 ドワーフにしては丁寧な戦士団長。

 普通なら、豪放磊落なドワーフ族は「おうよ!」とか、「ガッテン」なんて返しをするのだが……。


 この戦士団長は几帳面すぎるのだ。まぁいい。


 こうして、鉱山内にいるドワーフ戦士団は武装し出撃することになる。

 だが、彼らは知らない───……。




 そう。立ち向かおうとする敵の正体を……。

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