第2話「魅了の果てに」


 人類と魔族の最終戦争は終盤局面に差し掛かっていた。


 最強の戦士を欠いた魔族にはもはや抵抗の力はなく、ただただ狩られていくのみ。


 城塞は落ち、

 砦は焼け、

 陣地は奪われる。


 残すところ僅かな土地と、古びた魔族の城のみ。


 だが、ここで再び戦線は膠着していた。


 険しい地形と、魔族軍の徹底抗戦により遅々として進まぬ戦線。

 死に物狂いで戦う魔族に手を焼き、さらには最後の難関が突破できずに、帝国軍と勇者パ―ティは一進一退の攻防を繰り広げていた。


「ちくしょー!! 橋を落としやがった」


 奈落の谷底に消えていくのは、城へと続く橋。

 遅滞戦術の一環として、橋を破壊するのは常套手段だ。


 落差何百メートルもある谷を繋いでいた、唯一の橋が消え去った。当然、それがなければ乗り込めない……!


 橋を架けなおそうとしても妨害される。

 魔術で飛べば狙撃される。


 他にも空を飛ぶ術も、なくはないのだが───無防備な空中はいい的でしかなかった。


 ならば、陸路───谷底から迂回路を探してみるも、どこにも迂回路もなければ渡河点もない。



「あーちくしょう! どうしろってんだよ!!」



 最後の最後で足止めを食らった勇者は、いきり立っていた。


 短期決戦を考えていた帝国軍は補給力が弱い。

 しかも、魔族の地では現地徴発も容易ではない。

 元より生産力の低い土地ゆえ、補給線の伸び切った帝国軍は困窮していた。


 日々貧しくなる食事に腹を立てている勇者たち。

 帝国軍の兵よりも、相当に優遇されているとは言え、豪華絢爛というわけにはいかない。


 勇者とて、人間。

 飯も食えばクソもする。


 そして、女も抱く。


 膠着した戦線の陣地では、魔族としての抵抗を一切やめ、勇者に言われれば何でもする───ほとんど人形のようになったエミリアが、勇者の寝室の一カ所で飼われていた。


 彼女は無私となり、勇者の言うことを何でも聞く。

 何でもする──────何をしても不満を言わない。

 

 だって愛しているから───。

 だから、日々の苛立ちをベッドの上でぶつけられても、勇者への愛を妄執するエミリアは一切の不満を言わない。


 それもこれも全て愛ゆえ。


 ……愛する勇者。

 エミリアだけの勇者───。

 

 エミリア役目は後方要員として、勇者シュウジの臥所ふしどの相手をすることだけ。


 それに良い顔をしないのは、森エルフにドワーフくらいだろうか。

 あとは帝国兵の男ども。


 魔族最強の戦士、死霊術士のエミリアは帝国軍にとって悪夢のような敵だったのだから、そう簡単に許せるわけはないと───。


 最初からエミリアに対しては、敵意剥き出しの帝国軍ではあったが、今のところ勇者の愛人であるということで、目こぼしをされていた。


 だが、

 蔑む視線。

 好色染みた視線。 

 明らかに敵意を持った視線────。


 元は魔王軍死霊術士────……最強のダークエルフ、エミリア・ルイジアナ。


 殺しも殺したり────。

 散々、侵略者である帝国軍を薙ぎ払っていたのだから、相当に恨みも買っていよう。


 エミリアからすれば、人類の尖兵たる帝国軍は、侵略者同然。ゆえに謂れなき怒りではあるが、立場が違えば考え方も違う。……今は、勇者パーティの一員だから生かされているだけ。

 その庇護から外れれば、エミリアを貪りつくそうと喜んで帝国兵が群がってくるだろう。


 その視線に辟易としながらも、勇者パーティと共に行く。


(だけど、変わらないのは勇者様への愛だけ…………)


 そんな時だ。

 膠着した戦線を覆しかねない状況が発生した。


 勇者に飼われているエミリアの元にも、彼らの会話が聞こえてきた。


「内通者?」

 勇者の元へ帝国軍の男が耳を寄せ何かを話す。

「えぇ。抜け道があるとのことです。本当であれば一気に戦線は動きます───我が軍の勝利ですよ」


 将軍格らしい初老の男性は勇者に間違いないと告げている。


「信用できるのか?……罠の可能性は?」

「あり得ません───魔族を……そして、ダークエルフを忌み嫌っているハイエルフ様からの情報ですよ」


 その言葉に勇者が目を剥く。


「───マジか? で、伝説のハイエルフの?!」

「えぇ。魔族領を偵察中に行方不明となっていたらしいですが……無事に生き延びて、魔族に通じておられたようです」


 その事実だけで勇者は決意したようだ。

 エミリアもボンヤリとその会話を聞いていたが、特に興味を感じられなかった。


 ただ、戦争が終わるんだなーと……。


 そこで、チラリと帝国軍の将軍がエミリアを見る。

「───ただし、内通の条件として…………」


 ボソボソボソ……。


「マジかよ……。まぁ、最近飽きて来たからいいんだけどよ、ちょっと惜しいかなー」

「代わりなどいくらでも居りますよ───良いのを見繕いましょう。こんな貧相なガキよりもずっと、」


 グハハハハハ、と豪快に笑った後、簡単な打ち合わせを終えた後帝国の将軍と勇者は去っていった。


 その間、餌の様に置かれた乾いたパンをもそもそと食べ、勇者の帰りを待つエミリア。

 栄養不足ゆえ、ドンドン痩せてきている気がする。


 でも、戦争が終わればきっと良い暮らしができる。

 勇者様と結婚して───……。


 人も魔族も平和に暮らせる世が来る────。






 そう、妄信していたのに……。






 いつもならそろそろ勇者が戻ってくるであろう時間。

 それはきた───。


 バァン!!


「──死霊術士アンデッドマスターのエミリア!! 貴様を拘束するッッ!」


「────え?」



 ※ ※



「は、離せッ! 何の真似だ──!!」


 勇者以外の男に触られる───?!

 その嫌悪感で必死になって抵抗するエミリアに、帝国軍は容赦なく刃を向けてくる。


 勇者に飼われているエミリアにだ!

 曲がりなりにも、勇者パーティとして認められているはず───!


「放せぇぇぇえ! わ、私は勇者様の仲間だぞ──それを、」

「うるさいッ。その勇者殿の命令だ! 神妙にせいッ」


 え? い、今なんて────。


「えぇい。さっさと捕らえい!!」


 一瞬、聞き捨てならない言葉を聞いて呆けてしまったのがいけなかったらしい。

 隙を突いて帝国兵の強打を受けてしまい崩れ落ちるエミリア。


 薄れ行く意識のなか。誰かに乱暴に引き摺られていくのだけはわかった。


(ちくしょう…………)


 ズルズルと、ズルズルと、随分長い間連れ回されたらしい。


 引き摺られながら、ようやくボンヤリと霞む意識が覚醒したエミリア。

 彼女が覚醒して最初に目にした光景───…………。


「ぎゃあああああ!!」

「やめろッ───降伏したじゃないか!」


「「「うわぁぁぁああああ!!」」」


 ……そこは、すっかり変わり果てた魔族の古い城───最後の拠点の中であった。


 バタバタと足音も高く走り回る帝国兵たち。

「───本国から輜重隊を寄越せッ! 大至急だ! 勇者様たちの私物も忘れるなよ」


「おい、お前───処刑場はそこだ! 売り物と混合するなよ!」

「何人か来いッ! 向こうの塔を掃討しろ。まだ隠れてるやつらがいるかもしれん──!」


 わーわーわー。

 わー!!


 騒がしいのは、城の前庭。

 植生の乏しいこの地方ゆえ、庭は木々の類ではなく石畳と綺麗な苔で整えられていた。


 そして、そこかしこで忙しそうに動き回る帝国軍の兵士・・・・・・達。

 本来の主である魔族達は、あろうことか拘束され、順繰りに処刑されているではないか?!


(な、なにが?!)


 多少見目の良い者やら、サキュバスやダークエルフら一緒くたにされて拘束されている。

 首には縄を打ち、不衛生な柵の中に閉じ込められるその姿───。


 どう見ても家畜扱いだ。


「な、何が起こっているの?! は、離してッ! 勇者さまを、シュウジを呼んでぇぇえ!」


 そこに黙れとばかりに帝国兵が次々に暴行を加えていく。


「ぐ! き、貴様らぁ! ゆ、勇者さまがこれを知れば───」

「よう、エミリア」


 帝国兵をキッと睨み付けるエミリアの目の前に、勇者が現れた。

 その姿に救われたような思いを感じたのも束の間。


「シュウジ……勇者さま────! こ、こいつらが私を!!」

「おせーんだよ。雑魚兵士ども───ダークエルフのガキを拘束するのに、いつまでかかってんだ!」


 カィン! と帝国兵の兜を小突き嘲笑する勇者。

 どう見ても、エミリアを拘束したことに対する叱責ではない。


「ゆう、しゃ───さま?」

「悪いなぁ、エミリア───こういうことだから、さ!」


 言い切るや否や、猛烈に振りかぶった拳をエミリアの腹に突き落とす勇者。

「───ごひゅう!!」

 手加減なしの一撃がエミリアを吹き飛ばす!


 クルクルと舞うエミリアを見て、ゲラゲラ笑う勇者パーティと帝国兵たち。

 そして、落下してきた彼女に勇者とパーティがよって集って暴行を加えていく。


 顔を中心に、腹、下腹部、心臓と、およそ女性に与えるべきではない暴行の数々!


「うぐぇぇえ……! げふ、勇者、様───?」


 グチャグチャになった視界。

 顔面は腫れ上がり、瞼がふさがりそうだ。


「うわ。エミリア──お前ブッサイクだなー。こりゃ二目と見れねぇわ」


 ニヤニヤ笑いながら、エミリアの顔を小馬鹿にする勇者。

 自分達で殴っておいてその言い草。


 それでも、エミリアは勇者を愛しているので、その言葉に反射的に赤面してしまう。

 こんな顔じゃ、勇者様に・・・・嫌われてしまう・・・・・・・と────。


 いや、──────そうじゃない!

 こんな時まで、私は何を考えているッッ。


「ここまで来りゃわかるだろ? 魔族の皆さんの最後の抵抗も虚しく、拠点は陥落───あとはミナゴロシ・・・・・。悪いな、エミリア───」


 というわけで、だ。


「エミリア───……。魔族のお前も、当然あっち側だ」


 グイッ! とエミリアの髪を掴むと、ブチブチと引き抜きながら無理やり顔を向けさせる。


 あっちって────……。

 あっちって……。


 ───あっち・・・のこと?!


 エミリアの視線の先にある「あっち側」……。

 まるで作業の様に、淡々と殺されていく魔族達。


 拘束され身動きができない中、断頭台に乗せられ斧で───ドンッ、ドンッと、次々に切り離されていく。


 それが、あっち側────人間たち正義の味方魔族たち悪者たち


 そして、エミリアは────あっち処刑される側だという……。


「───そ、そんな……。ど、どうして?」


「今だから話してやるけどよ。内通者がこの拠点までの間道を案内してくれてな───その内通者から出された条件が、」


 まるで、クイズでもするかのように、クルクルと指を回すと、ピタリとエミリアを指した。


「───お前を徹底的に痛めつけて、魔族の中でも一番最後に殺せってさ」


 え…………?


 勇者はそれだけ言うと肩をすくめる。

 まるで、お気に入りのケーキが売り切れでした───くらいの軽い気持ち……。


 そ、そんな……。

 そんな事って───……。


「わ、私を愛してるって、」

 愛してるって、言ってくれたじゃないか?

 

 ───あ、あんなに、愛し合ったじゃないか?!


「ど、どうして私まで! 私はアナタの恋人なんじゃ───」

「はッ! 恋人だぁ?! バーカ、お前はタダのペットだよ───だから、諦めろよ。それともなんだ?……自分だけ助かろうってのか? 大好きな魔族の皆を差し置いてさぁ!」


 ち、違うッ!


 違う!!

 違う、違う、違う!!


 違うッッッッ!!


「───断じて違うッ!!」


 一人だけ生き残りたい何て言わない。

 私はそんなに恥知らずじゃないッッッ!!


 誇り高き魔族の戦士───死霊術士のエミリアだ!


「……なら、大人しく死ねよ?」


 ──────ッ!


 勇者に尽くし、愛し、純潔を捧げても、なお───魔族として死ねという。


「───くくく……。エミリアよぉ。本当は、最後までお前を手放さないつもりもあったんだぜ? いくら、パーティや帝国がギャーギャー言おうともなッ」


 じゃ、じゃあなんで!?


「さぁな? お前の知ってる誰か・・・・・・・・・が内通してくれたのかもなー。───城への抜け道をよ!!」


 ば、ばかな……!

 ばかな!!!


「馬鹿なッ!!!」


 魔族に、内通者がいたというの?! 殺されることが分かっていて内通を?


 あり得ないッッ!


「はは。エミリア───探偵ごっこしてる場合じゃないぜ。見ろよ」


 淡々と処刑されていく、魔族の兵士達───。

 その彼らの目を見たエミリア。


「ひッ!」


 濁った暗い瞳……。


 裏切り者。

 裏切り者。

 裏切り者……!


 彼ら魔族とて知っているのだ。

 その内通者とやらが吹聴したのだろう。


 ……エミリアが勇者に魅了されて帝国に降ったことを。

 快楽に溺れて、魔族を顧みなかったことを───!


 だから、帝国軍に処刑されるまでの短い時間を、せめて───裏切り者のエミリアを呪う時間に費やしているのだ。


 魔族を裏切った・・・・・・・エミリアを、恨みの籠った目で睨む……。


 睨む、睨む、睨む……。


 身体から切り離された目ですら、エミリアを睨む。

 抜け出た魂ですらエミリアを睨む。


 生者も、死者も、エミリアを責める。


 彷徨う魂が、死霊術を通じてエミリアを苛む。


 やめて。

 やめて……。

 やめて────!


「やめてぇぇぇえ!!」


 私をそんな目で見ないで!!

 そんな声で、ののしらないで!!


 わ、

 わ……。


 私は皆のために……。


 皆の、ために戦った────。


 だから、今も戦うッ!!


 今こそ戦うッ!!


 今なら……。今なら出来る。

 この怨嗟に満ちた空間なら、死霊術の独壇場だ!


 今なら────……。


 行けッッ!

 私のアンデッドたち──────!


「あーあーあー……。下手なことを考えるなよ? ダークエルフの里は、とっくに帝国軍が制圧した。この意味わかるな?」


「なッ!」


 ま、まさか────。

 あの隠れ里がみつかるはずが……。


「……へへ。黙っちまったな? アホなお前にも分かりやすく言った方がいいか? つまりよ。ダークエルフが、魔族かどうかってのは微妙な線引きだよな。オークやゴブリンでもないし、魔人でもない──ちょっと色素が違うだけのエルフだと、俺は思っている・・・・・・・


 つまり────。


「何が言いたいか分かるか? ダークエルフ達の生き死に・・・・はお前次第さ。黙って大人しく殺されるか、今ここで死霊術とやらで派手に暴れるか、」


 ───選べぇ……。


「ま、ここの連中を始末するまで、大人しく見てろって───」

 お前は運がいいんだから。と───。


 そう、勇者はのたまう。


「───知ってるか?……処刑される奴はさ、」


 くくくくくく……。


「処刑列の一番最後に並ぶためなら、親でも売り飛ばすらしいぞッ……ぎゃはははは!」


 だ、だからなんだ?!


「それを、感謝しろって言うのかぁぁあ!?」

「そうだよ。感謝して欲しいね───……お前は、一番最後なんだぜ!! もしかして、途中で俺が心変わりしたり、奇跡でも起こって助かる可能性が万に一つでもあるかもしれないからな」


 ぎゃははははははははははははは!!


 勇者に追笑するように、勇者パーティと帝国兵がゲラゲラ笑うのだ。


 人とはここまで残酷になれるのかというほどに……。


 ゲラゲラと、ゲラゲラと───。


 帝国軍は、ここまで苦戦させられた鬱憤を晴らすかの如く───……。

 勇者パーティは、間抜けなエミリアを小馬鹿にするために───……。


「あースッキリしたぜ。じゃ、次のイベントと行こうぜ───」


 パチンと勇者が指を弾くと、

「な、なにを…………」


 ボロボロのエミリアは霞む視界の先に多数の人影を捉えた。

 エミリアと同じ褐色の肌。長い笹耳───。白銀の髪…………。

 

 え?

 あれって───まさ、か……。


「そ、ダークエルフの里の皆さんだぜぇ」


 ちょ、

 ちょっと……。


 ちょっと、待ってよ───!



「しゅ、シュウジ───! だ、ダークエルフの皆だけは……」

「ん~? 何か言いたそうだな」


「おおおお、お願い!! お願いします!」


 なんでもします!

 どんなことでもします!


 なんでも食べます!

 泥でも、糞でも、他になんでもするから!!


「お願いします! どうか! どうか、ダークエルフの皆だけは!!」

「んん? 聞こえないなぁ?」


 もったいぶる勇者に必死で懇願するエミリア。


「お願い!! お願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願い! お願いします!!」


 どうか!!

 どうか!!


 どうか! ダークエルフの皆だけは!!


「お願いしますーーーーーーーーーー!! どうか、皆だけは許してぇぇえええええ!」


 詰る勇者の足に縋りつくエミリア。


「抵抗しなければダークエルフの里は見逃すって……」

「ん~そうだったっけ?」


「い、言った! 言ったじゃないか! 死霊術で抵抗しなければ───」


 必死で懇願するエミリア。


 ダークエルフの里だけは!!……父さん、母さんだけは!! 

 そして、ルギ───


「───誰もそんな約束をしてないわよ。義姉さん」


 ……え??

「る、ルギア───??」


 不敵に笑い、ダークエルフを追い立てていたのは、白い肌と、長い笹耳、金髪と碧眼の女性───ルギア。

 ルギア・ルイジアナ───エミリアの家族だった。


 え?

 ええ?


 な、

 なんで?

 なんで、アナタがそこに?


 さ、里に隠れていない!


 そんな所じゃ、殺されてしまうわよ。早く逃げなさい──────。


「ルギアッ!!!」


 愛しい家族のルギア。あぁ、錯乱しているのね?


 だけど、今なら逃げられる。

 勇者たちがアナタを拘束していないのがいい証拠───。


 きっと、見た目からダークエルフじゃないと判断されたのよ。

 だから、早く逃げ───……。


「気を付けッ!!」


 バシン!!


 帝国軍が一斉に起立。

 そして不動の姿勢───。


 処刑も一旦停止……。


「あら、いいのよ。作業中の者は作業を続けなさい──」

「ハッ! 作業に戻れ」


 そうして、処刑再開。

 帝国軍は作業・・に戻った。そこかしこで繰り広げられる、魔族にとっての地獄絵図……。


 その地獄から少し外れた輪にいるのは、残った勇者たちと──────ルギア。


 い、いや、ちょっと……。な、なんで、ルギアが帝国軍に指示を出してるの?


 る、

「ルギアだよね?」

「お久しぶりね、義姉さん。活躍は聞いているわ」


 ふふふ。と見たこともない妖艶な笑みを浮かべてシャラリシャラリと歩く───。

 着飾っているものの、記憶の中のルギアに間違いない。


「ふぅ。長かったわ……。ちょっとしたミスで魔族の地で過ごすことになったけど……本当に長かった」


 そう言って、エミリアに近づくと、優しく顎を撫でる。


「でも、それも今日で終わり───……。しかも、長年の悲願であった穢らわしい魔族が消滅するのよ……本当に嬉しいわ」


 何を……言っているの?


「義姉さんも、もう無理はしなくていいのよ。魔族最後の一人として見納めて、お逝きなさい」

「ルギ、あ……。アナタ何を言って───」


 ヨロヨロと手を伸ばすエミリア。

 だが、それをパシリと払いのけると言ってのけた。


「汚らわしいダークエルフ。……一緒に息をしているだけで気が狂いそう。勇者───早く終わらせなさい」

「へーへー。ハイエルフ様のお召の通り───」


 え?

 は、ハイエルフ・・・・・??


 見れば、森エルフのサティラが慌てた様子で勇者にしな垂れかかるのをやめ、片膝をついている。

 帝国軍に混ざるエルフの兵士も恐縮しきっている様子が見えた。


「ふふふふ……。いつ魔族を滅ぼしてやろうかと思ってウズウズしてたの。今か今かと待ち遠しくて、ちょっと遠出のつもりで魔王領を偵察にいったら、不死鳥乗り物がドラゴンに驚いちゃって、私は雪の上へ───」


 「あとは知ってるでしょ?」そう、ルギアは言った。


「あぁ……辛い日々だったわ。汚らわしいダークエルフに優しくされて、温かい食事に、義理の父さん、母さん、優しくって優しくって、」


 ───反吐が出るかと思った。


 ペッ!

 美しい顔を歪めてルギアはエミリアに顔に唾を吐きかける。


「挙句の果てに、仲良く遊んでくれた優しくて口下手の義姉ときたら、禁忌の死霊術士───毎日殺意を押さえることに苦労したわ。何度家に火を放とうと思った事か」


「る……ぎ、あ」


 知らなかった。

 知らなかった───。


 コイツのことを知らなさ過ぎた!!


「オマケに里の連中と来たら千年の間にあんなに数を増やしちゃって……あの昔に殺しておけばよかったわ───でも、よかった。千年前のやり残し、今日で終わりそうね」


 里での日々が脳裏にフラッシュバックするエミリア。

 不安げな顔で両親に預けられた時のルギアを思い出し、ぎこちない笑みで迎え入れられた日。


 名前も覚えていないと言い。記憶喪失だという───。

 そうして、見た目年齢の近さから義理の姉となり、時には仲良く遊び───時には少し喧嘩もした。

 戦いに赴く日には、涙を流して抱締め合った───。


 ルギア……。

 ルギア───。


 愛しい私の家族……。


「あぁ、心が漉くよう……。温かい里のみんな。種族の違いも気にせず接してくれた優しい温かいダークエルフの里の皆」


 すぅ……。


「ありがとう! 心の底からありがとう!! そして、」


 死ね。


「───ダークエルフは、死ね」


 ニッコリ。


「ル、ギ、ア!!!」


 このイカレ女ぁぁあ!!


「恩を……。恩を仇で返しておいて、アナタはそれで平気なの!!」

「平気よぉ───ずっっっっっと、ダークエルフのこと、殺したくて滅ぼしたくてウズウズしていたんですもの───」


 あぁ、そうか。

 そうか、そうか、そうか。


 そうか!!!


 内通者は……。

「ゆ、勇者パーティに情報を流したのは───」

「そーよ。私───。間抜けな魔族にトドメを刺してあげたの」


 あはははははははははははは!!

 あーーーーっはっはっはっは!!


 美しく、醜悪に笑うルギア。


 いや、違う──────。今はルギアじゃない。

 ルギアなものか!


 こんな義妹いてたまるかッ!!


 こ、

「この裏切り者ぉぉぉおおおおお!!!」

「そーーーーーよぉぉお!! 裏切っちゃったぁぁぁあ! あははははははは! 里を売ったのも私よぉぉおおお! あーーっはっはっは!!」


 間抜けッ!

 間抜けな魔族達!


 そして、ゴミクズ同然の、ダーーーーーーーーーーークエルフ!


 死ね!!


 死ね!!


 お前たちは等しく死ね!!


「あはははははははははははははは! あはははははははははははははははは!!」


 あーーーーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!




「るーーーーーーーーーぎーーーーーーーーーーーあーーーーーーーーーー!!」


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