第20話「暗愚の神官」
「はぁ……助かった」
隠し通路の入り口を閉ざし、その壁に背を付けると、ズルズルと滑りへたり込むサティラ。
暗い空路は埃っぽかったが、それだけに誰も侵入した物がいないことの証左であった。
「いけない……急ぎましょう」
いつまでも安全とは限らない。
パラパラと、天井から土や誇りが落ちてくることからも、連中相当荒々しく神殿を掃討しているのだろう。
あの爆発するものを使われたら、頑丈に閉鎖した入り口をぶっ飛ばされるかもしれない。
「確かこの辺に───……」
あった!
ランタンと共に、隠された小部屋がある。
「精霊よ───我に光明を」
ふわっと、火の精霊が舞い降り、温かさと明かりを提供してくれた。
その中に浮かび上がったもの───。
小さな部屋に所狭しと並べられた金銀財宝と武具、そして、ゴーレムの依り代となる先祖の遺骨。
ここは歴代神官長たちの隠匿物資の集積部屋だ。
金はもちろん、貴重な文献やら、表ざたにはできない魔法の品物をある。
古くはあるが、効果の高い薬などもあり、サティラはためらうことなくエリクサーを飲み干し、魔力と傷を回復していった。
「いたた……。くそ……覚えていろ薄汚いダークエルフ!」
休息回復で体の節々がギシギシと悲鳴を上げたが、なんとか満足に動けるまでに回復した。
そして、エミリアへの復讐を誓うと同時に、ここからの脱出する算段を練り始める。
まずは夜陰に紛れて脱出し、川に沿って上流へ上流へと……。
古の森へ至るまでに、まずはドワーフ鉱山へ。
いけ好かないドワーフだが、今となっては共通の敵がいるのだから手を結ぶことは難しくない。
なんなら連中が好む金だとか、燃料となる木々を差し出してもいい。
大森林の土地をいくつか割譲すれば連中とて首を縦に振らざるを得ないだろう。
そして、ドワーフを尖兵にしたて、エミリアとぶつける!
ドワーフ鉱山の戦力と兵器があればエミリアと言えど、無事ではすまないだろう。
その間にサティラは古の森へと至り、勇者たちと接触。そして、エミリアを駆逐するのだ。
そう、難しい話ではない。
サティラは物資をまとめつつ、頭の中で対エミリアの戦略を組み上げていった───。と、その時。
「すんすん……。なんだろう? この匂い──────うッ!」
嗅いだこともないようなツンとした匂いに気付いて顔をあげると、何やら白い煙が脱出口から溢れ出てきている。
しかも、嗅いだ途端に粘膜を刺激する激痛を感じ涙が止めどなく溢れてきた。
「な、なんなのこれ! つ、通路が───」
小部屋から飛び出てビックリ。
隠し通路の全てを白い煙が覆いつくし、外へと続く脱出口までびっしりだ。
「ゲホゲホ! い、燻すつもり? でも、タダの煙じゃぁぁ……」
ゲホ、ゴホ!!
猛烈な勢いで鼻水と涙が溢れ始め視界がまともに聞かなくなってきた。
しかも、煙が肌に触れるだけでピリピリと酷く傷む。
これはマズイ……!!
毒の霧だ!
エミリアの仕業だ!!
「おのれエミリア───!!」
布で口を覆いつつ、物資を積めたものを引っ掴むとサティラは慌てて外へと向かい、閂を外すと一気に外へと逃れた。
まだまだ日差しが眩しく、森の空気が新鮮なまま。
神殿からそう離れた位置でもない、ちょっとした泉の畔の祠がこの脱出通路の出口だった。
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ……はーーーーー……。苦しかった」
「そう? 悪いことしたわね」
コロンと、目の前に金属の缶を転がされビクリと震えるサティラ。
「ひぃ! エミリア───」
「口、閉じといたほうがいいよ」
ボン!!
ブシューーーーーーーーーーー!!
缶が突如煙を噴き、それがサティラを直撃する。
もろに吸い込んでしまった彼女は聞いたこともないような絶叫をあげる。
「───%%&$%%$%#%)(’&!!」
おええええええええ…………!!
ゲロゲオゲロゲロ───べちゃべちゃ、と吐しゃ物を撒き散らし転げ回る。
「ひぃぃいいいいい、うげぇぇぇぇええええ」
「うわ、ばっちぃ…………」
ブリリリリッリリリリ……!!
と、下からも盛大に吹き出しドロッドロ。
「な、なにをしたのよぉぉぉおお!! おえええええええ」
「あははは。煙、効いたでしょ? 神殿にこれを投げ込んだのよ」
コンと良い音をさせて蹴り飛ばしたのは、毒性のマスタードガスを噴き出す化学手榴弾。
それをたっぷりと神殿の中に巻いて、入り口を封鎖。
そして、煙が漏れ出る箇所を監視していたというわけ。
「ぞ、そんな……うげぇぇえ」
涙と鼻水で顔中をドロドロに汚したままサティラがブルブルと震える。
せっかく逃げたと思ったのに、まさか捕まるなんて───。
「残念ねぇ、お陰で神殿見物できて私は楽しかったわ」
うふふふふふふ。
「さぁ、立ちなさい。サティラ───」
そう……。
「アナタには、まだ仕事があるのよ───」
「え?」
「森のエルフ達の、最期を見届けるという大事な仕事が」
それまでは、
「───それまでは生かしておいて、あーげーるーー!!」
あははははははははははははははは!!
「な、」
───舐めるなぁぁぁぁ!!
サティラは持ち出した荷物の中から万能薬を取り出し、一気に呷った。
そして回復していく視界の中、祖霊の遺骨を複数投げ捨てると、祈る───。
「馬鹿な女!! たった一人で私の前にたったことを後悔させてやる!」
そうとも、見た所あの死霊術はない!
ならば、勝てる!
一対一なら、薄汚いダークエルフなどの遅れは取らないッ!!
「あは♪ そーこなくっちゃ」
ニン! と口の端を歪めたエミリアは大剣をズラリと引き抜くとサティラに向ける。
そうして、向上を述べる───。
「元魔王軍所属───
「下郎に語る名前はない──────!! 祖霊たちよ!!」
サティラから、キラキラと輝く粒子の様なものが現れたかと思うと、地面に撒き散らかされた遺骨に取り付いていく。
「ふふふふふふ! 見なさい───禁忌とされた死霊術であっても、祖霊との交渉のためならこうして形を変えて残っているのよ!!」
うぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……。
不気味な骨の軋みをあげて遺骨が起き上がる。
頭蓋骨はそのままに、ないはずの骨の部位は草や木々や土塊がモリモリと盛り上がって骨の体を形作る。
実にカラフルなスケルトンがその場に現出した。
その数5体!!
「へぇ……」
懐かしいわね───。とエミリアは目を細めてスケルトンたちを見る。
「ハッ! 余裕ぶっていられるのも今のうちよ───! 彼らはかつての神官長のなれの果て、つまり!!」
バンと胸を叩き自らを強調するサティラ。
「───私が5人いるようなものだ!!」
ドォォォオン!! と効果音すら立てそうなくらいドヤ顔をして見せる。
だが、エミリアは?
そうとも───エミリアならどう反応す……。
「ぶはッ」
身体をくの字に折り曲げてエミリアが腹を抱えて笑う。
耐え切れないとばかりに噴き出して笑う彼女に、サティラが顔を真っ赤にしていう。
「何がおかしい?!」
「全部おかしいぃぃい!」
あははははははははははははははは!!
「いやいやいやいやいや!! アンタ───サティラってば、」
ブフーーーーーーーと噴き出すエミリア。
笑い過ぎて会話もできない。
「いや、ぷぷ。ごめん、ごめん。だって、アンタって───」
…………とんだ雑魚じゃん?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます